卵と雛と氷と炎
「あれが卵の魔物だったとして」
わたしは、短剣を構えながら巨大な雛を観察する。
「卵から生まれたら、もう卵の魔物じゃないよね」
孵化する前はあらゆる可能性があったはずなのに、生まれてしまえばあとは死ぬだけだ。
終わらない本がないように、死なない命はない。
そういう意味では、もうこの魔物の命は終わり始めているのかもしれない。
うーん。
たぶんこういうことなんじゃないか。
たそがれの魔女は魔物の魔法を手に入れるため、卵の魔物を使い魔にした。
望んだものを得たけれど、ある時、手ひどいしっぺ返しを受ける。
それが七年前の事件なんじゃないか。
魔女は体を失い、力を大きく落とした。
だから、いま、魔物の魔法を捨て去ろうとしている。
どのようにして?
使い魔にした卵の魔物を消し去ることによってだ。
「こいつの倒し方も、すでにヒントはあるはずなんだ」
「クルッ」
わたしは再び雛の魔物に向かって走る。
さっきとは逆サイドに回り込んで、短剣に込めた魔力の光を雛に向かって叩き込む。
「キキキキキキキキキキキキキキキキ」
雛の魔物が突然飛び上がって、短剣から伸びた白い光を避けた。
「まずっ」
そのまま巨体がこちらに向かって落ちて来る。
「動かないで!」
背後から聞こえてきた声に、反射的に足を止め、短剣を構え、防御の体勢を取った。
「キキキキキキキキ」
突っ込んで来る雛の魔物の前に、突然白い冷気が渦巻き、大きな氷の板が現れた。
巨体にぶつかって氷は割れたけど、その先にさらに同じような氷板が何枚もできあがっていく。
「はやく、こっちに!」
透明な板を数枚割ったところで、雛の動きが止まった。
あわてて距離を取って、声の主の元に駆け寄る。
そこには何か杖のようなものを構えたミカヅキが立っていた。
「ありがとうございます、ミカヅキさん!」
「良く事情がわからないんだけど、あれって何なの?」
ミカヅキが雛の魔物を睨みながら言う。
「部屋の真ん中にあった大きな卵から出てきたんです」
「あの卵から……」
そうつぶやいたミカヅキがあまり驚いていないのは、なんとなく予想が出来てたんだろう。
「ミカヅキさん。ロクサイを連れて部屋から出られませんか?」
これだけの魔法が使えるんだったら、身を守るくらいならなんとかなるかもしれない。
「あんたはどうするの?」
「わたしは、あの魔物を引き留めておきます」
ミカヅキは呆れたような目でわたしを見た。
「却下でしょ、そんなの」
「でもロクサイが……」
「よく考えなさい」
ミカヅキが手に持っている杖みたいなものが光を発し始め、それにあわせて頭の光の輪も強く回り始める。
「戦力を分けるなんて、兵法として下策も下策でしょ。ロクサイはまだ大丈夫。先にこいつを倒しましょ」
自分の使い魔だから、状態をよくわかっているのかもしれない。
そう思ってよく見たら、ミカヅキが手に構えているのはロクサイの角だった。
所々折れていて、シルエットが変わっていたから気付かなかった。
鹿の使い魔の角には魔力が貯まるって聞いたし、魔術具の代わりになるのかもしれない。
「来るよ!」
ミカヅキの声が聞こえるのと同時に、雛の魔物がこちらに突進を始めた。
わたしとミカヅキはロクサイを巻きこまないように気をつけながら、大きく横に避ける。
「これからどうします?」
「わたしが防御、あんたが攻撃」
「了解です!」
わたしは雛の魔物に向かって飛び出すと、魔力を纏わせた短剣を揮う。
雛の魔物は今度は攻撃を避けずに、大きな体がこちらに倒れ込んできた。
同士討ちでも構わないって考えなんだろう。
魔力の光が雛の足を大きく切り裂くと同時に、氷の壁が現れてわたしを守る。
雛の魔物は壁にぶち当たると、勢いを逸らされて横に滑り、そのまま地面に倒れ込んだ。
今回の氷の壁は、相手を正面から受けるんじゃなくて、微妙に角度をつけるように作られていたらしい。
「なるほど、なかなか上手いね」
魔物が倒れているうちにもう一撃入れようと、回り込むようにして近づく。
「キュッ」
突然、イナリが鋭い鳴き声を上げた。
同時に、雛の魔物が大きく回転するように飛び上がった。
あわてて避けようとしたら、目の前には黒い鳥の群れがいた。
壁際に追い込まれてる。
「しまった!」
一発食らうとして、雛の魔物と鳥の魔物の群れとどっちがましだろう。
そう思った瞬間、すぐそばで魔力の気配が膨れ上がった。
「おらあっ!」
大きなかけ声と共に、激しい炎がわたしと雛の魔物の間に割り込んできた。
黒い鳥の群れを切り裂き、雛の魔物の体を焼く。
「キキキキキキキキキキキキ」
甲高い声を上げて、雛の魔物が飛びすさった。
「なんだよ、あれでも仕留められないのか」
鳥の群の動きが乱れた隙に、アカツキが部屋の内側に転がり込んできた。
炎を纏った長剣を手に持っている。
前に勝負をさせられた時に見た炎の魔剣だ。
「アカツキさん!」
「みんな無事か……ってそうでもなさそうだな」
アカツキの視線の先はロクサイの方を向いていた。
魔物が下がった隙に、ミカヅキもこちらにやって来る。
「あんたも来てたんだ」
「まあな。それでどうする?」
とりあえず戦力が増えたし、出来ることも増えたはずだけど、このままやって勝てるだろうか。