卵が先か、魔法が先か
わたしは雛の魔物から少し距離を取った。
短剣で切りつけた傷はもう塞がったのか、さっきまで吹き出していた体液は既に止まっている。
どうにも攻撃から感じる手応えがない。
後ずさりながら周りの状況をうかがう。
壁際を飛ぶ鳥の魔物の群れはぐるぐる部屋を回っているだけで、今のところこちらに来る気配はない。
もしかしたら、ほんとに出口を塞いでいるのかも。
「クルッ」
首の周りに巻き付いているイナリが、何かに気付いたみたいに鳴いた。
「どうしたの?」
雛の魔物を視界から外さないようにして、イナリの視線を追うと、倒れているミカヅキがちょっと動いたように見えた。
もしかして、意識を取り戻した?
ロクサイに比べれば目立った傷もなかったし、自分たちの身を守れるくらいには動けるだろうか。
出来れば二人で脱出して欲しいところだけど、難しい気もする。
このままだときびしいな。
なんとかしないといけない。
解決が求められている。
根本的な解決が。
わたしは既に<ソレ>を使ってるんだから、なにか解決策が見つかるはずだ。
ただし全て円満にはいかないだろうけど。
いや、そうじゃない。
全て円満にはいかない、そんな解決策だけがあるはずなんだ。
考えないと。
一体何が起こってるのか。
これからどうすべきなのか。
たぶん、すべてのヒントはもう持ってるはず。
「キキキキキキキキキキキキキ」
突進してきた雛の魔物を避けつつ、なるべくミカヅキ達から引き離すような方向に誘導する。
そうやって時間を稼ぎながら考える。
「そもそもの最初から整理しよう」
「クルッ」
わたしは小声でつぶやく。
「これはたそがれの魔女の出した課題だよね」
「クルッ」
イナリが律儀に合いの手を入れてくれる。
「つまり、この状況はたそがれの魔女が望んだもののはず。なにか目的があるはずなんだ」
修業の為の課題。
その裏に、別の目的があるとしたら?
「わたしたちをここに来させて、何かをさせたかった?」
「キュッ」
雛の魔物の突進を避け続けているうちに、気がつけば壁際に近づいていた。
後ろには黒い鳥の群れ。
雛の魔物の飛びつくような動きをかわして、位置を入れ替える。
その隙に、雛の足に向かって斬りつけたけど、剣先がかすっただけだった。
短剣のリーチ自体が足りていない。
「わたしたちが来る前、ミカヅキはここで何をした?」
たぶん、部屋に入った時には、黒い鳥の群れはいなかったはず。
普通に考えれば、魔物でいっぱいの空間には立ち入らないだろう。
「もしかして、卵に穴を開けたとか?」
それが、たそがれの魔女がさせたかったこと?
どうして。
つまり、この卵はなんなのか。
考える手掛かりはそこか。
「いちおう、前もって思いついてたことはあるけど」
「クルッ」
部屋の中央に浮かぶ卵を見た時、一枚の絵が見えたと思った。
はじまりは、たそがれの魔女の過去とおぼしきお話。
それから、ミカヅキとロクサイの過去らしき物語。
どっちの本の中にも、卵が出てきた。
鳥の魔物の王から渡された、魔物の卵。
あと、魔女が使った卵の魔法だ。
始まりに卵があるなら、その物語の終わりにも卵が出てくるのは理解できる。
だからここで卵。
納得。
直感的に、そう思ったのだった。
「そうか。使い魔だ」
たそがれの魔女がミカヅキとロクサイにかけた魔法。
お互いを結びつけると、特殊な力がつかえるようになるらしい。
そもそも、たそがれの魔女は魔物の魔法を学びたがっていた。
もしかしたら、魔物の卵を使い魔にしたのかもしれない。
それで、魔物の魔法を手に入れたのかもしれない。
だから卵の魔法が使えるようになった。
でも、その魔法でロクサイを使い魔にしたんだから前後がおかしい。
卵が先か魔法が先か。
「ちょっと状況を変えたいところだね」
「クルッ」
わたしは魔力を短剣にどんどん集める。
前に一度やったやつだ。
雛の魔物に突っ込んで、直前で弧を描くように進路を変える。
ばたつかせた肉の翼を低い姿勢で避けながら、短剣を大きく揮う。
魔力の光が伸びて、雛の短い足を切りつけた。
「キュッ」
イナリの警戒の声に、反射的に飛び退くと、バランスを崩した雛がこちらに倒れ込んできた。
地面に手を突いて転ぶのを避ける。
雛がぬうっと頭を上げ、こちらをギロリと見た。
ミカヅキの位置を確認しながら、わたしは逆方向へまわりこむ。
「キキキキキキキキ」
雛が思ったよりも軽快な動きで立ち上がった。
「これ、けっこういけるかも」
「クルッ」
とりあえず。
魔法が先だと考えてみる。
卵を使い魔にした後で、なんらかのトラブルに見舞われる。
七年前の、たそがれの魔女が大きく力を落としたという事件。
体を失って人形みたいな姿になった原因。
何が起こった?
本の中で魔女は言った。
使い魔が死ぬと、魔法使いの生命力と魔力も弱まってしまう。
つまりそういうことなのか。
卵から出たくないっていってた、あの卵。
お話で読んだときは小さかったけど、この部屋にあった大きな卵がそのなれの果てなんだろうか。
あの大きな卵から生まれた雛が、たそがれの魔女の使い魔なんだろうか。
なんというか、これは妙な話だ。
あの雛はぼろぼろでも、まだ生きているように見えるし。
それに、普通たまごは大きくならないよね。
「もしかしたら、魔物の卵じゃくて、卵の魔物だったのかもしれない」
あれは何かの魔物の卵で、そこから魔物が生まれるって思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。
最初から最後まで卵。
卵であることが通常状態の、卵の魔物。
そういうものだったんじゃないだろうか。