たまごからあらわれたもの
鳥の魔物たちの動きが変わった。
部屋の中を渦巻いていた黒い流れは、気がつけばひとつにまとまり、大きな蛇のようなうねりに変化していた。
魔物の群れは部屋の壁沿いに、自分の尻尾を追いかけるみたいにぐるぐる廻っていて、わたしたちが外に出ないように囲んでいるみたいにも見えた。
部屋の中央の大きな卵からは、もう鳥の魔物は出てきていない。
全て出し尽くして品切れになったのかと思っていると、殻に入った罅がどんどん大きく広がっていく。
「キュッ」
イナリが鋭くひと声鳴いて、わたしの首に巻き付いた。
反射的に短剣を構えて立ち上がる。
白く大きな卵から、不気味な気配が吹き上がっていた。
「話が通じるやつだといいんだけど……」
宙に浮かんだ白い卵から、パラパラと殻の欠片が石畳に落ちていく。
できれば今のうちにミカヅキとロクサイを逃がしたいけど、この状況じゃ難しそうだ。
チラリと倒れている二人を見ると、ロクサイの角が両方とも脱落している事に気付いた。
片方の角が、少し離れたところに転がっている。
角が脱落すると魔力が弱まるって話だったから、どうにもタイミングが良くない。
「キキキキキキキキキキ」
何かが軋むような、妙な声が聞こえた。
次の瞬間、骨が折れるみたいな乾いた音がして、卵の殻が砕けた。
さっきまで卵が浮いていたあたりの空間から、何か大きな物がどしゃりと地面に落ちる。
「キキキキキキキキキキキキキ」
胸が悪くなるような腐臭が吹き付けてくる。
甲高い妙な声は、そいつが発していた。
「あれも、鳥?」
形自体は、鳥の雛みたいに見える。
ただし羽毛はない。
腐ったみたいに爛れた皮膚の、ぶくぶくとした肉の塊みたいな姿。
生まれる前に割れてしまった、卵の中身みたいでもある。
そいつが粘液にまみれた、翼になるはずだった腕をバタバタと動かす。
「ねえ! 君はたそがれの魔女が連れてた卵だよね!」
わたしが大きな声で叫ぶと、雛の魔物はクルッと首をひねってこちらを見た。
「わけあってここに来たんだけど、君の邪魔をするつもりはないんだよ! わたしもこの子達もたそがれの魔女の弟子でさ! 騒がせてもうしわけなかったけど、わたしたち、部屋の外に出て行ってもいいかな!」
交渉にすらなってないけど、とりあえずコミュニケーションが取れるか確認してみたかった。
「キキキキキキキキキキキキキ」
巨大な雛の魔物は大きな声で叫びながら、こちらに向かってよちよちと進んでくる。
「これは、話通じてないな……」
このままだと、ミカヅキとロクサイが踏み潰されてしまう。
わたしは雛の魔物を誘導するようにミカヅキ達から離れる。
幸いなことに、そいつはこちらに向かって進路を変えてきた。
「さて、どうする?」
「キュッ」
イナリの鳴き声は力強い。
完全にあの雛を敵認定してるみたいだ。
まあ、魔物だしね。
「キキキキキキキキキキキキキ」
突然、巨大な雛の魔物が加速して、こちらに飛びかかってきた。
思ったよりも脚力がある。
宙に飛び上がって、身体ごとぶつかってこようとしてきたので、慌てて方向転換して避けた。
「迷うまでもなかったかな」
もう戦って倒すしかないみたいだ。
この魔物がどんなやつかもわからないから、油断は出来ない。
「イナリ、行くよ!」
「クルッ」
わたしは短剣に魔力を集める。
さっきまではぼんやりと光っていた剣が、さらに強く光った。
「キキキキキキキキキキキキキキキキ」
再び突進してきた雛の魔物に向かってわたしも走る。
十歳の小さな身体でも、魔力で身体能力を上げているから、相手と変わらない速さが出せる。
「ハァッ!」
ぶつかる直前、マゴット家に伝わる歩法で進路を変えて、真横をすり抜けるながら短剣を叩き込む。
ぬるっとした妙な感触。
「キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」
素速く後を振り返ると、雛の魔物の脇腹辺りから、黄色い体液が吹き出ていた。
でも、まったくひるんだ様子がない。
「とりあえず刃は通るみたいだけど……」
このままやって倒せるのかどうか、ちょっと怪しいところだった。