迷宮のおわりと物語のおわり
「あいつも鹿もどうなってるかわからねえんだし、先を急いだ方がいいんだろ?」
そう言ってアカツキが迷宮の通路の奥を見る。
猿の部屋にロクサイのものらしき鹿の角が落ちてたことを考えると、たしかに現状には不安があった。
「そうなんですけど、ちょっと待って……」
でも、これって本の中の出来事なんじゃなかったっけ?
だったら本を閉じればいいような。
ほら、こんな風に。
そう思ったけど、世界はずっと迷宮の通路のままだった。
「クルッ」
肩の上のイナリが心配げに鳴いた。
顔を上げ、前方に目を凝らす。
視線の先には薄暗い通路が続いているけど、特に異常はない。
なんだか妙な気分だ。
おかしな考えがあたまの中を満たしているんだけど、いまはそれを忘れることにする。
とにかく目の前のことに対応していくしかない。
それだけがたぶん真理なのだ。
「何かあるかもしれないから、注意深く行きましょう」
急ぎたい気持ちを抑えて、わたしたちは慎重に迷宮の通路を進んだ。
魔力で作った光の玉に照らされて、石畳はてらてらと光り、影はより深くなる。
「始まりがあれば、たいてい終わりがあります」
不思議と言葉が口をついてでた。
手を動かして光の玉を送り、物陰に光を当てる。
「いきなりどうした?」
アカツキが手に持っている長剣で通路脇のガラクタを崩すと、大きなネズミがものすごい勢いで逃げ出していった。
「本の装丁には表紙と裏表紙がありますよね」
「まあ、そうだな」
暗い通路の突き当たりが、左右の分かれ道になっているのが見えてきた。
「それと同じように、お話にも始まりと終わりがあるわけです」
「当たり前じゃないか。いや……」
アカツキはしばらく何か考えるように間を開けた。
「でもさ、書いてる途中だったら、終わりはないだろ?」
アカツキが通路をのぞき込みながら言う。
「ほんとうにそうでしょうか」
手元の光の玉では、どっちの道も奥までは見えない。
話しながら、自分の考えをゆっくりと整理していく。
「始まりが書かれた時に、終わりはもう書き込まれているのかもしれない」
「書き込まれてるって、どこに?」
迷う意味もなさそうなので、アカツキと軽く目配せしてから、とりあえず右の通路に向かう。
「わたしたちの、つまり、読者の頭の中にですよ」
「いってることがめちゃくちゃだぞ。書いてる人間ならまだわかるけど、なんで読んでる人間の頭の中なんだよ」
通路を進むうちに、だんだん道幅が広くなってきた。
「わたしたちは本を読むとき、その物語の行き先を予想するからです。意識してることもあれば、無意識の時もあって」
「うーん、そんなもんかな」
アカツキはいまいち納得いかない顔だ。
「だからお話の始まりには潜在的にその終わりが含まれているんです」
「そうだとするなら、この扉の向こうがこのお話の終わりってことかもな」
わたしたちは今まで迷宮の中で見たなかで一番大きな、両開きの立派な扉にたどり着いた。
大きいといってもお屋敷の玄関扉くらいのサイズで、むしろ造りの重厚さが特別な雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
意識を集中させてみたけど、向こう側に魔力の気配があるのかはわからなかった。
とりあえず開けてみるしかなさそうだ。
「それじゃ、いくぞ」
アカツキがそう言って扉に手を掛ける。
わたしは少し離れた位置に立つ。
「どうぞ」
右手の短剣を構え直したところで、アカツキが扉を開ける。
すると、歯車が軋むような甲高い音を立てて、何か黒い物が大量に飛び出してきた。
「キュッ」
イナリが発する警戒の鳴き声を聞きながら、剣に魔力を集めた。
ぼんやりと白く光る剣を振ると、飛び出してきた何かがそれを避けるように飛ぶ。
「鳥だ!」
扉から出てきたのは大量の黒い鳥だった。
アカツキが慌てて扉を閉めようとする。
「ちょっと待って!」
「なんだよ!」
わたしは姿勢を低くして扉の中を見る。
「中に誰かいます! ミカヅキさんかも!」