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鹿と魔法つかい

 魔物は見上げるような大きさで、小さな女の子の力ではまったく太刀打ち出来ないのはあきらかでした。

 それでも震える足を力一杯踏みしめて、熊のような化け物の前に立ち塞がります。


「早く行って!」


 その姿を見なくても、足音や気配から子鹿の逡巡が伝わってきます。


「あんたが逃げなきゃ、あたしが逃げらんないでしょ!」


 さらに叫ぶと、背後から子鹿が茂みに飛び込む音が聞こえました。

 おどろいたことに、こんな大きな魔物の前で、女の子はほっとしました。

 子鹿が逃げてくれたことにほっとしたのです。

 前にもここから逃げ延びたことがあるんだから、きっと大丈夫。

 女の子はそう思いました。


「ねえ、あの時の親鹿はどうしたの?」


 思わずそんな言葉が口をついて出ました。

 子鹿が逃げるまで時間を稼ごうという考えでしたが、なぜかそんな話をしてしまったのです。

 この獣のような姿を見るに、言葉が通じるとはとても思えません。

 案の定、魔物は不気味なうなり声と共に、手にした斧を振り回して迫ってきます。

 その勢いになけなしの勇気もくじかれ、女の子は這うように逃げ出しました。

 ただ、その方向は子鹿が逃げたのとは逆方向です。

 魔物は女の子の方に向かって近づいていきます。

 そもそも小さな子供の足では、大きな魔物から逃げ切れるものでもありません。

 すぐに追いつかれ、右腕に握られた斧を振り下ろされましたが、勢いがつきすぎていたのか、幸いにして狙いを外れ地面に突き刺さりました。

 しかし、意図したものなのか、魔物の大きな足が倒れた女の子の足を踏みつけます。

 鈍い何かを押しつぶすような音がしました。

 口から悲鳴を上げながら女の子は逃げようとしましたが、足が動きません。

 絶望と共に、再び振り上げられた斧をただ見詰めることしか出来ませんでした。

 今にもそれが打ち下ろされようとした瞬間、何か衝撃を受け、魔物のからだがわずかに揺れました。


「だ、だめっ!!」


 魔物の太い足に体当たりしていたのは、逃げ出したと思っていた子鹿でした。

 女の子が思わず手を伸ばしたその時、魔物の持つ斧が子鹿を勢いよく弾き飛ばしました。

 甲高い悲鳴と共に、真っ赤な血が飛び散りました。


「いやぁぁ!!」


 気がつくと、女の子の口からも叫び声がほとばしり出ていました。

 地面に落ちた子鹿はピクリともしません。

 熊のような魔物が今度は女の子の方を向き、大きな斧を振り上げました。


「君を探していたんだ」


 突然、涼やかな声が森の中に響きました。

 魔物が動きを止め背後を見ると、そこには先程の美しい女の人が立っていました。


「だめ、逃げて……」


 女の子がかすれた声を上げましたが、美女の方は気付いてもいないかのように、視線を逸らさず魔物の方を見ていました。


「森に棲む精霊と取引をしてね」


 淡々とした口調で語られる言葉を聞くうちに、女の子はそれが自分ではなく魔物に向けて告げられていることがわかりました。


「君を消さなきゃいけないんだ」


 その言葉を言い終えた瞬間、魔物の大きな体が白い石のような物で覆われ始めました。

 魔物は暴れようとしましたが、白い石に固められ思うように動く事も出来ず、彫像のような姿に変わってしまいました。

 そうなってからも白い石は涌き続け、どんどん身体は太り、ついには丸い石のような姿になってしまいました。


「君はさっきの子だね」


 白い玉になってしまった魔物の横を抜けて、美しい女性が女の子の側にやってきました。


「おねがい、あの子をたすけて……」


 そう言って子鹿の方を指さすと、美女は子鹿と女の子を交互に見比べました。


「あの鹿はもう助からないだろう」


 女の子の横にしゃがみ込みながらそう言うと、潰れた足に自分のローブをかぶせました。

 足が急に冷たくなったかと思うと、ふっと痛みが消え去ります。

 気がつくと、潰された足が元に戻っていました。


「もしかして、魔法使いなの?」


 おどろいてそう言うと、女の人は顔を軽くしかめるように笑いました。


「そうかもしれない」


 まだ震える足でなんとか立ち上がり数歩進むと、おびただしい血の広がる中で、子鹿がピクリともせぬまま倒れています。


「だったら、この子もたすけて!」

「もう助からないだろうって言ったじゃないか」


 女の子が子鹿の背中に手を当てると、身体がどんどん冷たくなっていくのがわかりました。


「おねがい! なんでもするから、この子をたすけて!」

「なんでも、とは?」


 魔法使いの女が軽い口調で訊きました。


「なんでもって言ったら、なんでもだよ!」


 その答えを聞いて、女の人は頷きました。


「方法はなくもない」

「どうすればいいの?」


 魔法使いは女の子の横にしゃがみ込んで、顔を覗き込みます。


「君がこの鹿を助けるんだ」

「あたしが?」

「鹿と契約を結び、命を繋げる。魔法使い風に言うなら使い魔だけど、普通の使い魔とは多少違いがある」


 女の子はなぜだか体中の骨が冷たくなるような、不気味な感覚をおぼえました。


「そして契約をすれば、君も普通に生きていくわけにはいかなくなる。このまま家に戻り、家族と暮らすなんてことも諦めなくちゃならない。どうする? 全て忘れて家に帰るかい?」


 女の子は強くかぶりを振りました。


「わたしはどうなってもいいから、この子を助けて!」

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