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鹿と少女の生活と不安

 女の子は子鹿を連れて家に帰りました。

 ひとりぼっちになった小さな鹿を残したままで、森を出て行く気にはならなかったのです。

 不安げに時折立ち止まりながらも、鹿はちゃんと彼女の後についてきました。

 両親は帰りの遅い娘をたいそう心配していて、日が暮れてから戻った女の子を叱りましたが、事情を聞くと子鹿を飼うことを許してくれました。

 もしかしたら、他に兄弟姉妹のいない一人娘が、少しでもさみしさを感じないようにと考えたのかもしれません。

 ただし、鹿の面倒は女の子がひとりでみること、という条件をつけました。

 それからしばらく、女の子と子鹿は仲良く暮らしました。

 まるで妹の面倒でも見るかのようにかいがいしく世話を焼き、鹿の方も彼女にとても懐きました。

 一人と一匹はとても仲良しになったのですが、それでも鹿は時折ふらりといなくなることがありました。

 女の子が家の周りを探し回って、やっと畑の隅にいるのを見つけると、そういう時はいつも、子鹿は森の方をじっと見詰めているのでした。

 親鹿のことを考えているのかもしれない。

 女の子はそう思いました。

 あの時、親鹿は勝てそうにもない魔物に戦いを挑んでいきました。 

 無謀な行いでしたが、その結果を直に見たわけではありません。

 魔物を倒すことは無理だとしても、上手く逃げおおせることは出来たかもしれません。

 だとするなら、子鹿は森にいる親の元に返した方がいいのかも。

 女の子は時折そんなことを考えたりもしました。


 ある時、女の子は母親からおつかいを頼まれました。

 少し離れた場所に住む叔父さんの家に、羊を一頭届けるというものです。

 女の子はいつものように子鹿を連れて家を出ました。

 羊を引っ張って歩く彼女の周りを、子鹿がはねるような足取りで進みます。

 もしかしたら牧羊犬の役を買って出ているのかもしれません。

 あと少しで叔父さんの家が見えてくるという所まで来た時、いきなり羊が足を止めました。

 不安を感じているのか、子鹿も立ち止まってあたりをしきりに見回しています。

 何かあるのかと思って、女の子も周りに眼をやりましたが、何も見つかりません。

 それからしばらくの間は、結びつけていた綱をどんなに引いても羊はまったく動きませんでしたが、やがておずおずと歩き始め、お昼前には叔父さんの家に到着しました。

 羊を引き渡し、お昼ご飯をごちそうになってから、女の子は子鹿といっしょに叔父さんの家を出ました。

 帰り道の途中、森のそばにさしかかったところで、子鹿が突然立ち止まりました。

 先程とは違い、おびえた様子もなく、じっと森の奥を見詰めています。

 もしかしたら、森が懐かしくなったのかもしれない。

 女の子はそう思い、急に不安になりました。

 ここで鹿を追い立てて家に帰ることも出来るけど、そんなことをしたら逆にもっと森に帰りたくなってしまうかもしれない。

 だったら、今ちょっとだけ森に入って、子鹿に満足してもらった方がいいかもしれない。

 そんな考えが頭に浮かびました。


「ちょっとだけ、森に行ってみる?」


 女の子は子鹿の背中を撫でながら訊きました。

 鹿は森と女の子の顔を交互に見て、それから森に向かってゆっくりと進み始めました。

 女の子は子鹿がいなくならないように、横にぴったりと貼り付くようにして歩きました。

 ひさしぶりに入った森に戸惑っているのか、子鹿もあたりを見回しながら迷うような足取りで進みます。

 森は静かでした。

 他の鹿に出会うどころか、鳥のさえずりすら聞こえません。


「こんなところで何をしているのかな?」


 突然そんな声が聞こえて、女の子はおどろきました。

 あわてて後ろを振り向くと、すぐ側にきれいな女の人がひとり立っています。

 こんなに近くまで寄って来ていたのに、まったく気がつきませんでした。


「ちょっと散歩をしていただけです」


 とっさに女の子は答えました。

 もしかしたら子鹿は親を捜していたのかもしれませんが、ほんとうのことを話す必要もないと思ったのです。

 ちょっと冷たく見えるくらいに整った顔をしたその女性は、女の子の言葉を聞いて小さく頷きました。


「だったら、もう帰った方がいいね」


 彼女はなんでもないといった口調で、淡々とそう言いました。

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