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プロローグ


 ついうっかり死んでしまい、気がついたらこんな事になっていた。

 スモークがたかれた薄暗いステージ。

 そのステージの上に、大理石の白い階段が伸びている。


「命はいつだって風前の灯火! ここが最後の行き止まり、ジャッジメントTV!」


 唐突に、妙に張りのいい男の声が、陽気なテーマソングに合わせて響き渡り始めた。


「司会はこの人、ミスターJ!」


 音楽が一気に盛り上がり、三方向からスポットライトに照らされて、タキシード姿の渋い男が現れた。

 作り物っぽい、すごく感じの良さげな微笑みを浮かべて、手を挙げながら階段を降りてくる。

 そして、わたしの頭の上に眩しい白い光が降ってきた。


「そして本日の挑戦者、御幸かなえ嬢、奥山リカ嬢!」



 この奇妙な状況が、なぜか自然と理解できていた。

 三途の川とか、お花畑とか、閻魔大王とか、死んだ後に訪れるそういうやつだ。


「うーん。まさかわたしの臨死体験が、どこかで見た感じのレトロなテレビショーだったなんてねー」


 予想外の状況になんとなくどんよりしていると、ロマンスグレイな司会者が馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。


「良く聞いて、カナエ、リカ! これが最初で最後のチャンスだ」


 そう言って、男が片眉を大げさに上げる。


「成功すれば現世に戻れるが、失敗すれば……ははっ、わかるだろう?」


 どこからともなく観客らしき沢山の笑い声に包まれた。

 でも、周りには人っ子ひとりいない。

 なんというか、わたしたちの人生、軽すぎなのでは?

 そうしたら、隣で呆然としていたリカが、はっと我に返って、わたしの腕をつかんだ。

 司会の男を睨んでたけど、手が震えている。


「だいじょうぶ、大丈夫だよ!」


 お前が大丈夫なのか、という気持ちになるテンパり方だ。


「かなえちゃんは、リカが守るから!」

「落ち着きなさい」


 ガッツリと彼女の頭を両手ではさみ、正面から瞳を覗き込む。


「あんたが気合い入れるとろくなことないんだから」

「はぁ!? なにそれ! リカはいつでも完璧でしょ!」


 それ、どこの世界のいつだよ。

 わたしがリカのほっぺたを引っ張って変顔を作って宥めていると、司会の男が笑顔で腕を広げた。


「じゃあ、今日のゲストを迎えよう! さあカナエ、リカ、後ろを見て」


 振り向くと、ステージに白いペンキを塗ったみたいな木が沢山生えていて、その枝を伝って、小さな狐みたいな動物が二匹現れる。

 片方は赤茶色でもう片方は黒い。

 くりくりとした瞳がかわいい。

 口になにか丸い板みたいなものを咥えている。

 小刻みに揺れる尻尾もキュートだ。


「なにあれ、ネズミ!?」

「うーん、フェレットとかじゃない?」


 見ると、リカがちょっと涙目っぽくなっている。

 落ち着かせるために、軽く頭をかいぐりかいぐりしてみる。


「そうか、リカは動物苦手だったっけ」

「カナエちゃんは動物好きよね。なんかやたらとなつかれるし」


 リカが文句ありそうな眼でこっちを見る。

 いいじゃない動物。君だって動物だ。


「今回のチャレンジ、ルールは簡単。追いかけっこだ」


 司会者の男が、わざとらしい仕草で、大きく腕を広げて説明を始めた。

 追いかけっこって言ったよね。

 さっき挑戦者って言ってたのは、そういうことか。

 ここで、追いかけっこにチャレンジして、成功すれば生き返れると。

 隣のリカがすぅっと集中するのがわかった。

 いつもの場合だと、このモードになったらそれなりに信頼できる。


「このタイマーの制限時間以内に、ゲストたちが咥えている運命のメダルを獲得できれば現世に生還というわけだ。わかるね? じゃあ始めよう」


 ろくに心構えする暇もない。

 慌てて自分の格好を確認した。

 会社帰りのままのスーツ。タイトスカートとパンプスは動きにくそうだ。

 リカもいつも通り痛いゴスロリだけど、まだ動きやすいだろう。

 くそう、同じ会社で働いててもデザイナーはフリーダムで良いよな。


「ではスタート!」


 司会者が腕を大きくまわすと、陽気なBGMが流れ始めた。

 キラリと輝くメダルをこれみよがしに見せつけてから、二匹のフェレットが枝を伝って走り始める。

 動物を捕まえるんじゃなくて、メダルを手に入れると勝ちってルールらしい。

 どうしてメダルなんだろうって、ふと思った。

 もしかしたら、これは単なるゲームじゃなくて、魔術的な儀式のようななものなのかもしれない。

 つまりあれは、何か特別な力をもったメダルなのかもしれない。

 その所有権を手に入れる、そういうことなのかも。


「リカ、バラバラに追いかけると難易度上がりそうだから、二人で一匹ずつ捕まえよう」

「じゃあ挟み撃ちね!」


 フェレットの行く先を見ながら、軽く手の平を合わせる。


「そうだね。黒いやつから行こう」


 昔からの腐れ縁だけあって、こういうところは話が早い。左右に別れて黒いフェレットを追いかけると、その子は素早い動きで白い樹に登り始めた。

 わたしはパンプスを脱ぎ捨てて樹に手をかける。

 リカの方も身軽な動きで隣の樹に登っていく。動物が苦手なくせに、動きは小動物みたいなやつなのだ。


「はっはっは! これは素晴らしい! 最初の成功者は奥山リカ嬢!」


 ちょっとしたドタバタの果てに黒いフェレットを捕まえ、メダルを手に入れたリカに向かって大きくて拍手する司会者。


「まあ、楽勝よね!」


 強気な発言だけど、リカはちょっとだけほっとした顔をしている。

 暴れるフェレットをなるべく身体から離すように手をいっぱいに伸ばして、顔を背けていた。

 爪先立ちしてるけど、それは役に立ってないんじゃないかな。

 まあ、なんとか上手く行ってよかった。

 リカもちゃんとこっちの動きを見て、タイミングを合わせてくれた。

 我が強いのでまわりのディレクターからは敬遠され気味なやつだけど、ある程度好きにさせてあげれば結構しっかりやるやつなんだよね。

 一緒にやるコツは作戦内容をしっかりと知らせて、その上で自由にさせること。

 デザインに関してはこだわりがあるから文句は言うけど、演出意図については素直に従うタイプなのだ。


「カナエちゃん、早く次のネズミ捕まえないと!」

「そうだね。赤茶の子は奥の方に行ったから、同じ感じで行こう」


 わたしたちは再び二手に別れて白い木々の中を進んでいく。

 一見テレビのセットみたいだったけど、奥行きは結構深い。


「カナエちゃん、いた!」


 リカが指を指すその先に、赤茶色の塊が見えた。

 思ったより高いところまで登っている。

 自然と呼吸を合わせるように、わたし達は同時に隣り合った樹に登っていく。

 白色の枝ぶりの良い大きな木は、たくさんある枝が丁度よい足場になっていて、すぐに頂上近くまで上がってこられた。

 ちらりと下を見たら結構な高さだ。

 わたしは赤茶色の毛のフェレットを追い込むように右手側から近づいていく。

 その子は小刻みに左右を見てから枝の先に向かって逃げる。

 行く先は枝の先端で、ジャンプしてもたぶん横の木にはギリギリ届かない。

 わたしは思い切って手を伸ばす。

 その瞬間、急反転したフェレットがわたしの顔めがけて突っ込んできた。

 慌てて腕で顔をかばって、その瞬間、自分が細い木の枝の上にいることを思い出した。

 バランスを崩し、足が枝から滑り落ち、右手を伸ばす。

 その先には、白い木の枝と、わたしと一緒にひっくり返って落ちていく赤茶のフェレット。

 金色のメダルがフェレットの口からポロリとこぼれる。

 残り時間はもうなかった。

 反射的に赤茶色の毛皮のフェレットを掴んで胸の中に抱え込んだ。

 メダルはリカに拾ってもらえばいいと、頭のどこかで考えている。

 何度か枝に背中をぶつけ、肩のあたりから地面に落ちる。


「かなえちゃん!」


 リカが青い顔をして駆け寄ってくる。

 痛みに耐えるのが精一杯で、体を動かせない。

 途端に、世界から音が消えた。

 口をパクパクさせてるのはわかるけど、何を言っているのかはわからない。

 わたしがメダルを取ってきてと言おうと思ったところで、終了のブザーが切れぎれに聞こえてきた。

 ジャケットの胸の中からフェレットが顔を出す。

 よかった、無事だった。

 無理して助けなくても、ここに住んでいるフェレットは怪我をしたり死んだりしないのかもしれないと、その時気がついた。

 お礼を言うように頬に小さな頭をこすりつけてくる。

 心地よい毛皮の感触がする。


「絶対に……けに……から……!」


 どこか遠くから、微かにリカの声が聞こえてきた。

 視界が少しずつ暗くなっていき、最後に耳元で、クルッという可愛らしい鳴き声がした。


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