第9話:邂逅編⑧
「フゥ~」
公園の片隅から、紫煙が立ち上っている。
ベンチにぐでーと腰掛けながら、
空をぼーっと眺める夜霧櫻子がそこにいた。
櫻子が自分の腕時計を確認する。
優子を送り出してから、15分ほど近く経っていた。
できることはやりきったと遠目から棒立ちのメグルの姿を確認する。
その視線がその奥の森に集中すると
「少し、休憩と思ってたんだけどなぁ」
独り言を呟いた櫻子、誰も見当たらない周囲から、聞こえるはずのない声が聞こえた。
「あれぇ、おかしいなぁ、気配は消していたはずなんだけどねぇ~お姉さん何者かなぁ?」
櫻子の視線の先、そこには
紺の袴をまとった、武士の様な格好をルーズに着崩した男が櫻子を捉えている。
「人の名前を尋ねる時は、自分の名前からって教わらなかったのかしら」
「こりゃ、手厳しいねぇ」
辛辣な口調の櫻子に、全く動じた様子を見せない武士
二人の間に不穏な空気が流れる。
−−まぁいいか、どうせ後で記憶を消すんだし
ささやきにも似た声。
「おいちゃん名前は道航っていいます、よろしくね、綺麗なお姉さん」
「あら、性悪な性格の割にはお世辞だけはいっちょ前ね」
どうやら、さっきのささやきは聞かれていたらしいと気づき
テヘッとおちゃらけたような道航の態度に櫻子の片眉がつり上がる。
ビキビキと額に青筋を浮かべながら、威圧するように櫻子が尋ねる。
「それで、その道航さんが何のようかしら?」
「あれ、お姉さんの仕業かなぁ、あれの中身を回収してくるのが、おいちゃんの目的なんだけどさぁ、もらっちゃっていいかねぇ?」
道航の指差した先、そこには意識を失っていながらも、直立を保ったままのメグルの姿だった。
その言及によって、櫻子にとってはある程度の相手の素性が知れることになった。
警官がいれば、即現行犯逮捕も辞さない腰の脇差に加え、少し浮世離れした雰囲気
−−なるほどね
と相手の立ち位置はある程度理解できた櫻子は、
次の段階に移ろうとベンチから立ち上がり、準備体操を始める。
「やってみれば、できるならね」
「お姉さん、痛い目見ても知らないぜぇ、所詮腕が立つといっても、ただ人間だろぉ」
「御託はいいから、かかってきなさいな」
櫻子の言葉に触発されたように
道航の顔から感情が消え、能面のような表情を浮かべたかと思いきや、地面をものすごい勢いで踏み込む。
「お姉さん、死んじゃうかもね」
その言葉を最後に
ダンッと、地面を蹴って反動で凄まじい強風
を起こしながら、10mはなれていたであろう距離が一瞬で縮まり櫻子の後ろに道航が現れる。
「お寝んねしてな、お姉さん」
腰の脇差は利用せず、櫻子の首筋に向かって手刀を振り下ろす。
その刹那な瞬間、確かに道航は櫻子のつぶやきを捉えた。
「だから、甘いってのに」
その櫻子の言葉と同時に
ビリッビリッと弾ける音が鳴り響く
「ッ!」
振り下ろそうとしていた道航が、即座に櫻子から距離をとる
その横顔には冷や汗が流れ落ちていた。
額の汗をぬぐいながら、驚愕の表情で櫻子を見つめる。
「お姉さん、その力. . . 」
「ふふ、どうびっくりしたかしら?」
道航の目には、しっかりと、その現象が脳裏に焼きついていた。
自分の手刀がその女の首に触れようとした瞬間、その首筋を起点に紫電が迸ったのである。
「今度は、こっちから行かせてもらおうかしら」
またもや、周囲に弾ける音が鳴ったかと思うと、相対していたはずの櫻子が、
道航の側面より出現し、拳を繰り出す
「ぐぅッ」
なんとか、そのスピードに食らいつき、
すんでのところでガードするも、道航は勢いを殺しきれず後ろに吹き飛ばされてしまう。
--なんて馬鹿力だッ
ガハッと背中の木へと叩きつけれたことで、ようやく止まった道航。
「ペッ」
血反吐を地面を吐き捨てると、ふらつく体勢を立て直し、腰の脇差に手をかける。
「いや~、お姉さん、信じられないぐらい強いね、何者かは知らないけど、少し楽しくなってきちゃったよ」
それなりのダメージを受けているはずが、全くそれを感じさせない
ニヤニヤとした表情を浮かべながら、
一歩一歩距離を詰めてくる道航
「この戦闘狂が. . . 」
不気味な雰囲気に優勢なはずの櫻子が思わず、後ずさってしまう。
その禍々しい雰囲気のまま、さらなる衝突が予想されたに見えたかと思いきや。
「道航、そこまでだ」
辺りに凛とした、女性の声が響き渡る
位置的には道航の後方に女性が立っていた。
キリッとした凛々しい顔立ちに、
後ろ髪を1束で結んでいる。
服装は和テイストではあるが、そこまで露出が多くないにも関わらず漂う色気。
それは服の上からでも分かるその豊満な胸、くびれた腰、股下の長さと三拍子揃った体躯のせいだろう。
見るからに強者の雰囲気を醸し出しているが. . .
道航と協力して、自分に襲い掛かってくるのだろうかと警戒心をより一層高める櫻子
その声がしたあたりから、ぎょっと身を硬くしている道航。
「えー、上手く撒いたはずなんだけどなぁ、椿ちゃん早くなぁぃー」
顔を伏せたままずんずんと足早に近づいてくる女性に対して、いやー、困ったなぁと苦笑いで頭の後ろで手を回す道航。
その表情は隠し事がバレたような気まずさを漂わせていた。
そして、目測50cmぐらいまで近づこうとした瞬間、女性がスゥーと息を吸う、まるで
これから放つ攻撃の貯めをつくるように
「こんの、馬鹿者がぁあああああああ」
風圧を纏った拳が、道航の下顎を捉え
アッパーのように打ち上げる。
グシャと何かが地面に落ちる、潰れる音と拳を振り抜いた体勢の女性はまるで、
一つの画角に収まるような綺麗なワンシーンだったと櫻子は後日振り返った。
ヒューと冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
すると先ほどまでの雄々しい様子とはうって変り
椿が姿勢を正して、
怖ず怖ずと尋ねるように呟く。
「ま、まさか、あなたは夜霧. . .櫻子.様ですか、」
「. . .あら、私って意外と有名人?」
おちょける櫻子の言葉に、それをyesと認識した椿は驚いた様子であった。
「こんなところであの前大戦の立役者の一人とお会いすることになろうとは...
元七天にして転刻期を生き抜き、数多の災刻を滅ぼし、その後突如として姿を消した貴婦人。 今まで、素性がつかめず、同行だけは探っておりましたが、まさかこちらの世界にいらっしゃったとは。」
こんな大物が絡んでくるとはなと、思いがけない遭遇に次の一手が踏み出しにくい ウロボロスハートの見極めだけで終われば良かったのだが. . . と思案顔の椿。
「そういう、貴方たちは聖刻府の人間ね」
然りと、肯定する椿。
「我々の目的はウロボロスハートの状態の確認です。その状態によって然るべき行動をとるようにとあるお方より、仰せつかっております。」
その時後ろから、ひょっこりと、
さっきまで気を失って地面に倒れていた道航が姿を表す。
「なるほどねぇー、道理で強いわけだ、さすが椿ちゃん、物知りぃ!」
そして話題を変えるなと椿より再度肘打ちを食らう道航、
はぁと深くため息を吐く椿に、少し同情の念を抱く櫻子であったが
「それで、あなたたち、どうするのこのまま続けるつもり?」
バチバチと手から紫電を迸りさせ、臨戦態勢を維持する櫻子。
しかし櫻子の言葉に椿が首を左右に振り継続の意志を否定する。
「いえ、我々はあくまで、ウロボロスハートの見極めです。
契印者のいない刻聖ほど、危険なものはありませんので。
しかし、あなたがいるのであれば、我々も引かざるえない。」
元七天にして、戦闘に長けた相手、
こちらに来る際、力を封じられているとはいえ、現七天である道航相手にも
互角以上の戦いを見せた櫻子に対して、相手の立場が明確でない以上、椿も警戒せざるえなかった。
仮にここで戦ったとしても、五体満足で帰れる自信はない、
優先すべきは情報の伝達であり、天子に対して伝えることを
第一優先にすべきと椿は判断したのであった。
それに、櫻子がいるのであれば、ことは大きくならないだろうという
彼女の存在に対する信頼もあった。
椿の後ろで残念だなぁと呟く道航を無視しながら
ただ、引けないことは言及せざるえない。
「櫻子様、ウロボロスハートに関しましてはあなたにお任せしますが、
後日、【刻理城】への招集を免れないと思われます。
仮に、ウロボロスハートとの契約が成功したとして、そこ少年はもう後戻りはできない立場になります。 教育機関としての我々の優秀さはあなたもご存知のはず、これからについてもその場で話しできればと思います」
まるで、会社のできるマネージャーを思わせる言動に
真面目ねぇと感心したような呆れたような表情を浮かべる櫻子
「はぁ、わかってるわよ、伝えたいことはそれだけかしら」
後日、使いでも送って頂戴と一言付け加える。
では、と最後に、
ううんと声の調子を整える椿
「原則一般人の介入は聖刻府としては容認していません、あなたと一緒にいた少女に関しまして記憶操作は必要かと思います」
痛いところをつかれたと、苦い表情になる。
契印者として、生活していくであろう、メンタル面の支えにしようとしていたこともり、 苦い顔になってしまう。
「そうね、それはこっちでやっておくわ」
しぶしぶといった感じで同意の意を示す櫻子に対して、お願いしますと椿が礼を言う。
「行くぞ、道航」
「へいへい、じゃあ、またねぇー櫻子さま
今度戦う時は本気出すからさぁ」
いいようにあしらわれたのが気に食わなかったのか、再戦を予期させる道航 の首根っこを掴み 櫻子に一礼すると、彼らの姿は闇の中へ消えって言ったのであった。
櫻子はその姿をいつまでも注視し続けたのであった。
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