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選ばれた恋

作者: 榎本あきな

とある朗読会用に45分で書き上げた童話っぽい何か。

 あるところに、沢山のりんごの苗が植えられた、静寂に包まれた部屋があった。

 その部屋には、一日に一度、世話をする人が入ってくるだけで、雨も、風も、音すらもなかった。

 何百とも言える苗が植えられていたが、その中でひとつだけ、異様に小さな苗があった。その苗には、精霊が宿っていた。

 苗とともに生まれた精霊は、その小さな体躯を精一杯伸ばし、元気よく育っていった。

 元気よく育っていく小さなりんごの木に反比例するかのように、周りのりんごの木はあまり成長しなくなった。

 そこに人の手が入り、不必要となった木は伐採され、選ばれたりんごの木のみが、その部屋に残った。

 やがて、選ばれたりんごの木たちは沢山実をつけるが、そのりんごの木だけは、一個だけ、どうやろうとも取れないりんごの実をつけただけで、一向に沢山実る気配はなかった。けれど、精霊が宿っているからなのか、ほかと比べても一番若々しく生い茂っていた。

 いつしか月日が経ち、人すらもこの部屋に入らなくなり、りんごの木達は、だんだん枯れていった。

 精霊の宿った、小さかったりんごの木を残して。


 未だに取れず、落ちず、枯れることないりんごの実を、ひとつだけつけたまま。


***


 ある日、廃墟となった部屋に、ボロボロの布を纏った、ひとりの少女が迷い込んだ。

 少女は無垢な瞳で、木に座っている精霊を見上げると、口を開いた。


「あなたも迷子なの?」

「……驚いた。僕の姿が見えるなんて。でも残念。その回答は不正解さ」


 精霊の少年は少女の前に降り立つと、何かを招くように片腕を振った。

 それに呼応するかのように、実をつけたりんごの木の枝が、するりと、少年の近くまで伸びてきた。


「見たところ君は……親に捨てられたって感じだね」

「お父さんとお母さんに、捨てられてなんかいないわ。私が森の中で眠っちゃったから、置いていかれて、迷子になっちゃったの」

「ふーん……まぁ、君の言い訳なんてどうでもいいよ。でも、このままじゃ君、帰れなくて、最悪飢え死にしちゃうよ?」


 押し黙った少女を、ニコニコと楽しそうに笑いながらみていた少年は、傍にあった木の枝をぐっと引っ張って、少女の近くに持ってきた。


「僕と、賭けをしよう」

「賭け?」

「このりんごの実は、今まで誰もとったことも、もちろん、口にしたこともないんだ。それを君がとって無事に食べきることができたら、君を家まで案内して、しかもその後の幸せな人生すらも保証してあげよう。無理なら死ぬだけ。さぁ、どうする?」


 胡散臭そうな少年の言葉。

 信じる要素など、どこを見ても欠片もありはしない。

 それでも少女は、澄んだ瞳で少年を見つめてから……にっこりと、太陽のような微笑みを浮かべ、なんの阻害もなくりんごの実を摘み取って、一口、齧った。


「……甘くて、美味しい」


***

 無事に家に帰り、しかも、何故か家の商売が繁盛し、お金持ちになった少女の家。

 それでも少女は、来る必要のない廃墟にやってきては、りんごの精霊である少年と、遊んでいた。まるで普通の子供のように。

 そんな日々が続き、少女が女性になったころ。姿形が変わらない少年は、次第に姿を見せなくなっていった。それと比例するように、りんごの木も、元気がなくなっていった。

 ある日女性が訪れると、りんごの木は、風が吹いただけで今にも倒れそうなほどやせ細っており、少年は、姿が透けていた。

 驚く女性に少年は、自虐的な笑みを浮かべた。


「やぁ、この姿で会うのは久しぶり。多分最後になるだろうけど」

「……どういう、こと」

「前々から、それっぽい兆候はあった。君も気づいていたろ?それに、いつか命は尽きるもの。そんな当たり前のこと、君も知ってるだろ?」

「……それでも、こんなに急に枯れるのは、おかしいじゃない!」


 初めて聞く女性の、焦ったような泣きそうな声に、少年はまるで、自分が痛いような表情をした。悲しみが、こっちにも伝染してくるようだった。

 何かを言おうとして、諦めて。口を開いたり閉じたり。けれど、長い沈黙のあと、少年はようやく、声を吐き出した。


「……君が昔食べた、あのりんご」

「……あなたが私を救ってくれた、あのりんご?」

「あのりんご、僕とこのりんごの木の、命そのものなんだ。だから今まで、あのりんごを取れた人はいなかった」

「え……じゃあ、なんで私には取れたの……?」

「このりんごが、君を選んだからさ。命を預ける相手に、君を選んだ。まるで人間の恋みたいだよね」


 りんごの木を、嘲笑しながら見上げるその姿は、痛々しさしか感じなかった。

 自身よりも大きなりんごの木を、慰めるようにぽんぽんと叩く少年。そうしてから、今気づいたかのように女性に振り向いた少年は、今まで見たどんな顔よりも綺麗な笑みを浮かべた。


「僕らは昔、選定させる側だった。だから、一度でもいいから、僕らが選んでみたかった」

「でも、あれを食べたのは私で、あなたをこうしたのは……」

「あれは僕らが選んだ結末。君がとやかくいう権利はないよ。……まぁ、気に病むんだったら、りんごの種でも植えて育ててみることだね」


 悪戯っぽく笑った彼は、あぁと一言つぶやいてから、最期の言葉を紡いだ。


「僕に、こいつに、りんごとしての幸福をくれて、ありがとう。さすが、僕らが選んだ恋の相手だ!」


***


 誰もいなくなった静寂の部屋で、枯れた木と、ひとりの女性が、ぽつりと呟いた。


「……甘くて、美味しかったなぁ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ある意味命を捧げたといえる行為。そこに、ちゃんと、それが自分なりの理屈を考えを持っていて、そうなったこと。 [気になる点] 恋っぽさは割となかった。 [一言] 一つ残ったりんごの実のイメー…
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