図書館の少女は消えない
「なあ、村上、お前、小説家にでもなんの?」
不躾に押し付けられた質問。
その質問に慣れていると言えば慣れている。
真面目に授業も受けずに本ばかり読んでいる。ヘタすると教室にいる時間より図書館にいる時間の方が長いかもしれない。
読書量には定評があるため、聞かれることは多い。
ただ、その質問をしてきたのは意外な人だった。
「あれ?私に興味あんの?」
バスケ部の脹ら脛の綺麗な男の子。顔立ちはイケメンの部類。ひょっとしたら私の方がお金を払うべきなのかもしれない。
「興味あるっつーか、まあ世間話?」
「ふーん」
「で、そんなに本読んで図書館の魔女は小説家になりたいんかなあと」
「小説家になりたいというよりはほら、本読んでると時間潰れるし現実逃避には最適だし」
「好きで読んでるんじゃねえの?」
「うーん、と、ちょっと待って」
仕事終わりにこんなにしゃべりかけてきた人は初めてだ。せっかくだから世間話に付き合おう。マキノ先輩は午前中にしか現れない。最初の宣言通り、昼休みには来ない。
そして、図書館から1冊の本を持って帰りソファーに座っている彼の前の机に放り投げる。
「や、本は大事に扱えよ」
ちょっと引いてる彼は育ちが良いのかもしれない。
「この本、知ってる?」
「ん?あーなんか映画化されてたような」
最近、人気若手女優の主演で映画化された小説。
「この小説、恋愛小説なんだけど、偉い評論家とかは青春の憧憬とか恋とは愛とはとか言うのね。違うんだよ!!この小説には図書館の少女の憧れが全部詰まってるんだよ!!!図書館に通いつめる大人しいタイプの、空想が大好きな少女の、もう少し大人になったらこんな恋愛がしてみたいっていう全てが詰まってる!!!!」
「お、おう」
もはやドン引きしているが逃げ出さない彼はいいやつなのかもしれない。
「こういう小説読むとなんかもういてもたっても
いられないっていうか。出版不況とか言われててもこういう小説が生み出されるかぎり、図書館の少女は消えない。そう思うと私は嬉しくてしょうがない」
「お前さ、笑うと可愛いんだな」
「いや、話、聞いてた?」
熱弁を華麗にスルーされ、ぽかんとした私にははっと彼は笑う。
「いや、なんつーか普段ツンケンしてるし、やってることがやってることだからどうかと思ってたんだけどさ。最近雰囲気がちょっとマイルドになったし話しかけたんだけど、そんないい笑顔できるんだな」
「誉めてんの?けなしてんの?」
「さあ?」
何となく苛ついたので本を投げたら避けられた。
「帰れ!!」
「はいはい」
ドアを開けた彼の背中に何気なく聞いた。
「ねえ、名前、なんなの?」
「え、今さら!?今さら過ぎるだろ!?」
「とっとと教えて帰れ」
「高村。高村有哉」
「ふーん、高村ねえ」
「ゆうちゃんって呼んでもいいのよ」
「だが断る」
「ひどーい」
そう言って高村は軽やかに去っていった。
「あいつ、意外と騒がしいやつだったんだな」
何となく爽やかだけどどこかクールなやつだと思ってた。私は投げつけた本を拾い上げた。さて、午後の授業は出ようかなと思った。