記憶〜夢と現実の狭間で〜2
━━━パタパタパタ…
廊下に足音が響く。
「待って下さい!先生っ!」
彼は、先生の服を掴んだ。
「先生!恵子は…恵子は…」
険しい顔の彼。
先生に掴みかかり怒鳴り声に似た声で叫ぶ。
そんな彼の手を。
そっと握り、
ゆっくり服から離した。
そのまま。
顔を上げて彼を見る。
そして…。
口を開いた。
「━━恵子さんは、記憶喪失です━━」
「━━━っ」
彼は
言葉を失った━━━━
「…………」
沈黙が流れる。
───なんとなく…
なんとなくだけど…
そんな気がしていた…
目を覚ました彼女は、
とても…
穏やかだったから。
あいつは、決して泣かなかった。
だから…
大丈夫なんだと…
そんなはず…
ないのに。
初めてだった…
あいつの涙を見たのは──
「…つを…」
沈黙を破ったのは、彼だった。
拳をギュッと握り、うつ向いたまま話し始める。
「あいつを…
記憶喪失にさせたのは…
あいつを追い詰めたのは…
オレなのかも…
しれない…
そばに居たのに、気付いてやれなかった。
あいつは…
恵子は…っ大丈夫って…
大丈夫なんだと…
」
彼の瞳から涙が溢れ出す。
「オレ…
あいつに言ったんだ。
"お前は強いから、
オレの気持ちなんて
わからないんだろ"…って…」
先生は、何も言わなかった。
彼は、更に続ける。
「先生…
あいつは…恵子は…
何も思い出さない方が…
幸せなのかもしれない…」
先生は、やっと口を開いた。
「…そうかもしれません。
だけど…
そうでないかもしれない…
それを決めるのは、
恵子さん自身ではありませんか?」
それだけ言うと、
彼に背を向けて歩き出した。
残された彼は、
ただ…
離れていく背中を見つめていた。
あの日━━━
その日は、
とても穏やかな日だった。
前日の雨のおかげか、
とても空気が澄んでいた。
だから、あの日…
オレたちは家族で出掛けたんだ。
産まれたばかりの娘を連れて、3人で。
とても…
幸せだった。
永遠に続く…
そう…
信じていた。
一緒に眠った。
一緒に遊んだ。
一緒にご飯を食べた。
一緒に歩いた。
一緒におしゃべりをした。
一緒に…
一緒に…
これからも、一緒に何でもできると思っていた。
恵子は、いつも笑っていて…
たまに怒って…
そんな、あいつといると…
いつも笑っているオレがいた。
娘の奈緒も笑っていて。
幸せだった。
だけど…
そんな幸せは…
いとも簡単に、音を立てて…
崩れ落ちるんだ。
一瞬の出来事だった。
帰り道。
3人で歩いていた。
奈緒は恵子に抱かれて。
腕の中でスヤスヤと
眠る娘は
とても幸せそうで…
あんまりカワイイから…
笑いながら
二人で見つめていた。
【ドンッ】
キ−ーーーッッ
鈍い音とともにブレーキ音が辺りに響き渡った。
【ガッシャン】
直後に衝突音。
居眠り…
だったらしい。
最初…
理解ができなかった。
目の前で…
血を流している
親子が倒れている…。
まるで、金縛りにあったように
体が動かなかった。
信じたくなかった。
だって…
さっきまで横に
居たんだ。
さっきまで奈緒の寝顔を
恵子と二人で
見て…
なのに…
なんの冗談なんだって…
だけど…
まぎれもない事実で…
ピーポーピーポーピーポーピーポー…
遠くから救急車の音が聞こえてくる。
病院に運ばれた二人は、
すぐに手術室に運ばれた。
恵子の方は、軽傷で済んだらしく
すぐに出てきた。
だけど…
──
「賢司…奈緒は?」
生気のない彼に訪ねる。
「まだ…」
「そう…」
沈黙が流れた。
「お前、やっぱり
泣かないんだな」
「泣くのは、いつでもできるから…」
その言葉にカッとして恵子を睨みつけた。
「お前は強いから…
オレの…
オレの気持ちなんて
わからないんだろ!」
気が付いたら怒鳴っていた。
「何、言ってるの?
本気で言ってるの?」
彼女は冷静で。
オレは言葉を失った。
「━━っ」
「ランプ消えたわよ」
【カラカラカラ】
しばらくして手術室の
ドアが開く。
同時に賢司は立ち上がり先生に駆け寄った。
「先生!奈緒は…」
その言葉に
首を横に振る。
「全力を尽したのですが…」
【バタッ】
直後、恵子が倒れた。
「おい!恵子!」──
賢司の声は恵子に届かなかった。