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雪の音

作者: プルーフロック

気がつくと雪になっていた。

しとしとと小雨の降る夜、さきほどまで続いたつまらぬ諍いにうんざりとした気持ちを抱え、それを心のうちから追い出すこともできず、ああ言い返してやれば良かったなどと益体もないことばかり考えてはまた苛立つということを繰り返しながら、俯きがちに歩いていると、濡れて黒く染まったアスファルトにぽつぽつと白い斑点がつくのが見えた。視線をふと上へ向けると、さきほどまで降り続けていた雨が雪へ変わっていたのだった。


雨音も止み、辺りは静けさに包まれている。雨の音などほとんど聞いてはいなかったが、今は妙にその沈黙が耳に響く。


雪の日には静けさが増す。音を雪が吸い取ってしまうからだ。学生時代の理科教師の話をぼんやりと思い出す。雪の結晶の凹凸に空気中の音の波がぶつかり、立ち往生した音は私たちの耳にまでたどり着くことができない。だから雪の日は静かなのだ、と。


その説明を聞きながら無音の雪の世界の光景が脳裏に広がっていくのを感じた。

しかし、基本的な説明を終えた教師はこう付け加えたのだった。

「でもな、雪が音を吸い込んでしまったとしても、何も聞こえなくなるんじゃあない。何が聞こえるんだと思う?それはな、雪の音なんだよ。ほんの小さな音だけども、耳を澄ましていると本当に聞こえるんだ」

岩手の出身だという理科教師がそう述べた時、とても懐かしそうな顔をしていたのを覚えている。


あらゆる音をその身に閉じ込め、雪そのものがたてる、ほんのかすかな音。

雪の音とはどんな音なのだろう、あの時教師は説明してはくれなかった。それ以来、雪が降るといつもあの言葉が浮かび、そのたびに雪の音を聞こうと耳を澄ませてきた。しかし、実際にその音を聞くことはなかった。


・・・あの音を今度こそ聞いてみたいと思う。

その音はきっと、先のつまらぬ諍いに乱れ静まりきらない心にすっと癒してくれるだろう。


深夜の住宅街の道には雪の音をかき消してしまうようなものは何もないように思われた。

立ち止まり、じっと耳を澄ます。


・・・・・・何も聞こえてはこない。


やっぱりかと軽い失望を覚えはしたが、気分は悪くなかった。さきほどまでの苛立ちももういくらか遠のいた気もする。


昔からこんな試みを続けている自分を少し滑稽に思いつつ、諦めて帰ろうと大きく足を踏み出した瞬間、さきほどまでの雨に濡れ今は雪が薄く積もり始めたアスファルトに足を滑らせた。


まるで漫画のように派手に後ろ向きに倒れていく。一瞬の出来事にもかかわらず、そのすべてがスローモーションのようにゆっくりと感じられる。


後ろへ倒れていきながら、空から真っ白な雪がこちらに向かって一斉に降ってきているのが見えた。

受け身を取ることも忘れその光景に思わず心を奪われながら、私は一瞬、聞いたことのないのかすかな音を聞いたような気がした。


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