第30話 ~ 吸血鬼 ~
突然始まった戦闘。
ダン・ピエール・カルダンと名乗った男は黒を基調とした派手な服を着ており、まるで貴族が着ている服のようだ。
剣は刃の部分が真っ赤に光っており、禍々しさを放っていた。
そしてまた足を引っ張る俺..........
何故俺は弱い........
いつになったら強くなるんだ。
そう思いながら、後ろに下がり戦いを見ている。
姫様とシームさん、それにバリィさんの連携攻撃が繰り出されるが、奴は全てをガードしており無傷だ。
この瞬間、奴の方が実力は上という事がわかってしまった。
「くっ!...........ミリアム!」
姫様がミリアムさんに指示をだした。
「はい!」
ミリアムさんはすぐに詠唱を始める。
しかも長いということは、かなり強力な魔法だ。
「何をしても無駄だ!」
奴の斬撃がシームさんを襲う。
「ぐっ!」
シームさんは何とか防御するが大きく吹き飛ばされる。
「はぁ!」
シームさんと入れ替わる様にバリィさんの剣が繰り出される。
だが、奴の体に届かず剣で防御されてしまった。
強い..........
俺が手も足も出ないぐらい強い3人と戦って無傷だなんて........
化物かよ.......
バリィさんと奴は剣撃を繰り出し続けたが、徐々にバリィさんが押され始めた。
小さな切り傷を増やしながら、後退していく。
「ふははははは!貴様らの力はそんなもんか!」
「黙れ!」
バリィは渾身の一撃を出すが、奴には届かず逆にカウンターをもらってしまう。
「ぐあ!」
バリィさんが吹き飛ばされると同時に、
「ホーリーバインド!」
姫様が魔法を放った。
この魔法は光属性で拘束する効果がある。
光で出来た鎖が幾つも奴に巻き付いていく。
奴の四肢が完全に塞がれてしまった。
「ブラストフレア!」
ミリアムさんの魔法が発動する。
真っ赤な光線が放たれ、奴に命中する。
その威力は迷宮の全体を揺らす衝撃が物語っている。
拘束されていたため、逃げる事はできない。
直撃だ。
煙が晴れて奴の姿が見えてくる。
「な、なんだと..........」
奴は服が焦げた程度で体は無傷だ。
この魔法を受けてもなお、その体に傷一つ付けられないのか。
「ふむ........今のは危なかった。いくら我でもあの魔法は『解放』しないと死んでいたな。」
何を言っているんだこいつは.......
『解放』?なんの事だ?
よく見ると奴の顔が少し違う。
肌は白くなっており、目はより紅く、口の隙間から鋭い牙が見える。
まるで..........
「吸血鬼........」
「シームさん......知っているんですか?」
「ああ、魔族の中でも人の血を吸って生きている種族がいる。それが吸血鬼だ。しかもこいつの強さ、それに深紅の瞳........」
「"死騎将"..........」
姫様がシームさんの後に続く。
「死騎将?」
「ああ、死騎将とは.......」
「そう!死騎将とは魔王様に忠誠を尽くし、魔王様のためにその命を使う選ばれた者の事だ!」
奴がシームさんの台詞に被せてきた。
「...........説明ありがとよ。」
「いえいえ、それではそろそろ行きますか?」
「待て!お前に聞きたい事がある!」
俺は前に出て皆と奴の間に立った。
「タケル!何をしている!」
「姫様........時間を稼ぎます。それまでに回復を.......」
俺は奴に聞き取れない様に声を小さくした。
「すまない...........」
姫様達はさっきの戦闘で思ったより消耗が激しかった。
傷を所々に負っており、回復をするために時間を稼ぐ。
「お前は最初に同郷と言ったな。もしかしてお前は地球から来たのか?」
「ふむ........まぁ、答えてやろう。」
よし、時間は稼げるな。
「我は確かに地球にいた。だが、地球の我は死んでいる。」
「転生........」
「その通り!転生した時は歓喜したさ........だが、吸血鬼という種族になっていた。物心着いた時から人間に敵として襲われ続けた!そんな毎日を過ごしている時、我の前にあの御方がいらした。」
「あの御方?」
「魔王様の事だ!魔王様は我に力を授けてくれた!そのお陰で我は誰にも負けなくなり、人間どもを簡単に殺す事ができるようになった。」
「なら何故迷宮内にいるんだ。」
「ここは魔王様復活までの暇潰しとして我が作った迷宮だ。予想外に楽しくてな。つい難易度を上げてしまったよ。そのせいでここにたどり着く者がいなくなってしまったがな。」
「そこで俺が来てなぞなぞを解いていった。」
「そうだ。ここから様子を見ていたが、なかなか面白かったぞ。特にお前だ。」
「俺が?」
「そうだ。勇者として召喚されたのだろう?なのにその弱さ!とても勇者としては見えんな。」
「残念ながら俺は勇者じゃない。ただ、勇者召喚に巻き込まれた者だ。」
「なるほど。ならその弱さも頷ける。だが、やはり不思議な所がある。」
「...........なんだ?」
「お前のその成長速度だ。普通ではありえない程の早さで強くなっていく。しかも明らかに致命傷を受けたはずなのに生きて、さらに強くなっているではないか。これは不思議だ。お前はいったい何者だ?」
「それは俺もわからん。」
「ふむ........気が変わった。お前だけは生かしておこうと思ったが、やはり殺そう。」
「なっ?!」
「その成長速度は脅威だ。そして正体不明の力の波動。今のうちに殺しておこう!」
奴が剣を構えた。
時間稼ぎはここまでか!
俺も剣を構えたが、既に奴の姿が無かった。
「タケル!」
姫様の声が前から聞こえた。
「姫様!」
姫様と奴が剣を交えていた。
「時間稼ぎにのってやったのだ!今度こそ楽しませてくれ!」
こいつ........わかっていてわざと。
再度始まった戦闘に、俺はやはり着いていけず後ろに下がる。
だが、やはり実力は奴の方が上だ。
どうすれば.........
突然、凄まじい魔力を感じた。
「っ!」
魔力はシームさんから出ていた。
その魔力量はこれまで感じた事のない程大きく、あの黒龍よりも大きく感じる。
「こ、これは..........」
これはシームさんの最強の技だ。
話でしか聞いたことがないが、魔力を限界以上に溜め込み、剣に乗せて放つという至極単純な攻撃だ。
だが、単純なもの程難しく、これほどの魔力を操るには至難の技だ。
そこはさすが我らの隊長と言ったところか。
「ホーリーバインド!」
ミリアムさんが先程の拘束の魔法を放つが、
「甘い!そう何度も同じ手はくわん!」
奴が剣を一閃。
魔法が砕け散った。
てか、魔法って斬れるのかよ!
「甘いのは貴方の方ですよ。」
バリィさんが奴の後ろにおり、剣を振る。
「ぬっ!」
紙一重でガードした。
たが、威力が強く大きく吹き飛ばされる。
「はっ!」
姫様が吹き飛ばした先にいて、更に攻撃する。
まるでピンボールの様に吹き飛ばされる。
その先はシームさんがいる。
「ぜぇぇあぁぁぁ!」
シームさんの気合いの叫びが木霊する。
剣を振り下ろした瞬間、凄まじい衝撃と爆発音。
あまりの威力に迷宮全体が揺れる。
「や、やったか.........」
魔力の反応もない。
気配もしない。
皆は確実に倒したと感じただろう。
だが、俺はそうは思わなかった。
奴は絶対に生きている。
そう思えてならかった。
だから俺は皆のもとへ走り出した。
辺りは煙が立ち込めて視界が悪いが、皆の位置は魔力でわかっていた。
「姫様!」
姫様の後ろに奴がいるのが見えた。
俺は叫んだが、姫様は倒した喜びで駆け寄ったと思っているのだろう。
笑顔でこちらを向いている。
1秒でも早く!
魔力で脚力を強化。
スピードをあげる。
奴の手には剣が握られている。
くそ!間に合え!
俺は魔闘術を発動し、全力で距離を詰めて姫様を突き飛ばす。
「きゃ!」
姫様の可愛らしい悲鳴が聞こえた。
戦闘の時は恐いけど、普段は可愛いんだよなぁ..........
こんな時に俺は何を思っているのやら.........
俺の視界は真っ赤に染まっていた。
泣き叫ぶ姫様や皆の姿が見える。
視線を落とすと胸から剣が生えていた。
いや、貫かれたのか。
ああ、ちくしょう、俺って弱いな..........
結局、姫様になぜ俺に好意を抱いているか聞けなかったな..........