終極の火
卵の腐った匂いが漂い、地面が赤く沸騰している。火傷をしないように場所を選んで歩き、山の荒れた風に身をさらした。
火口間近に祠が建てられており、その側にはミオとダグーが立っている。
「ここまで来たか……」
ダガーは苦しそうに咳き込み、布で鼻と口を覆っている。呼吸器系が弱いのだろうか、少しだけ蒼ざめていた。
「邪神は復活する。これで……終わり……」
ダグーは咳き込み、胸奥に届く知らせに眼をむいた。
「どうした? ドッペルゲンガーはいなくなったのか?」
「く、くそ……」
魔女が女王陛下を呼んだのは正解だったようだ。
「精霊と同じ能力とはいえ、ドッペルゲンガー如きでは完全な力を出すことは難しい。分かっていたことだろ?」
「まだだ」
ダグーはミオの服を掴んで、引き寄せた。
「まだ、邪神がいる」
「いやっ! 助けて、オズ!」
「ミオ……」
俺は手を伸ばした。
「俺と一緒にいこう。君が必要なんだ」
ミオの表情は和らいで、微笑んだ。
「オズ……ありがとう」
「黙っていろ。アホどもが――全ては、もう遅い!」
ダグーの声と共に、ミオは邪神に変化するはずだった。
だが、魔女は手を伸ばして、それを押し留めた。
ミオの胸の前で魔力の塊が衝突して、光り輝いた。
「何を……」
「その娘を貰いうける……」
魔女はミオの人格を俺と一緒に過ごした女性の人格に固定している。
「抱きしめて、さらえ! それで、人格は二度と戻らなくなる」
魔女の言うことは良くわからなかったが、俺はミオの元へ走った。
「自分が最愛の人を手に入れられなかったから、他人の手助けか? 魔女」
「そうだけど――何か?」
「他人の色恋に口を挟むな……」
「お前もな」
魔女と召喚師であるダグーの魔力のせめぎあいが続いていた。
「助けて……オズ」
「ミオ!」
あと、一歩のところで、ダグーの声が響いた。
「時よ、止まれ――」
俺の足は止まった。
いや、世界は止まった。
「――そなたは美しい」
ダグーは息を唾と共に吐きながら、止まる魔女に這いずっていった。
時は止まっているようだが、意識は正常だ。
魔女も力を使っているので、止まっているが、意識はあるようだ。
「負けない……」
ダグーは懐から、短刀を取り出して、魔女の肩を掴んだ。
「これで……」
まずい、魔女が動けないなんて……。
「おまえを……」
こんなことで終わりなんて。
「殺す」
人を助けるために……。
その刃を女王陛下の騎士は掴んだ。
いつの間にここに現れたのだろうか。
いや――それが女王陛下の騎士――魔女の騎士なのだろう。
「何をしている」
刃から血が流れて、ダグーの手が濡れた。
「魔女の騎士は、魔女の危機を察知して、力が万倍にも膨れ上がる」
女王陛下の騎士はダグーを蹴りつけて、地面に倒した。
「馬鹿な! お前がいつの間に?」
「魔女のいるところに、魔女の騎士がいる。それが普通だ。近くにいれば瞬間移動くらいできるさ」
彼はフォークを持って、投げてダグーの喉元にさした。
掌をかざして、握り締めると、フォークは液状化してダグーの首を締め上げた。
が――。
「これくらいの魔法なら」
鋼の魔法が使えれば、首についた金属ぐらい動かせるのだろう。
ダグーの首に巻きついた金属は地面に落ちた。
途端に彼は距離を詰めて、ダグーをとび蹴りした。
ダグーは飛びのいて、火口へと落ちていった。
落ちた先は、地面であり、彼を見上げているようだ。
俺は忠告したかった。
目の前にいたミオが動き出して、体も変貌させていた。
漆黒の姿をした――邪神と化していた。
ひた、ひたと歩いて、彼の元へと迫っていた。
「危ない!」
コロネが邪神ミオを飛び蹴りして、地面に倒した。
「おお、悪いな」
彼はコロネとハイタッチして、邪神を見つめた。
「苦しんだろ。あと少しの辛抱だ」
邪神の目が虚ろだった。
「大丈夫だ。ミオ――、君の名は俺も覚えている。遥か彼方の地球の日本で、君はいたね。知っているんだよ……僕も日本から来たから。君は敵国の大統領を誘惑したよね。愛する夫を置いて……その記憶も偽物かもしれないが、君は本物のミオから想いを託された。幸せになっていいんだよ。誰だって幸せになる権利はあるんだ」
「あっ……私は……」
「愛し愛されているんだから、それで良いじゃないか」
ミオは膝をついて、俺の方に振り向いて抱きついてきた。
邪神の姿は解かれて、美しい女性に変わった。
その途端に、時間停止は止まった。
「ふー……やばかった」
魔女が汗を腕で拭っていた。
「大丈夫だった? 魔女」
「心配御無用。それよりも、ダグーを」
ダグーは惨めな姿で火口の向こうへと行き、逃げようとしていた。




