蠱毒樹海
毒龍が惨殺された死体は苗床になっていた。虫たちが卵を産みつけて、甲虫、羽虫、ぜん虫が毒龍を食料として、異様な虫の化物が洞窟内に溢れていた。毒の強さに変わってしまったのだ。人間のように大きく、表面がパンパンに膨れて、はち切れそうだった。
銃口から火炎弾の連射が放たれて、撃ち殺された虫たちは硫化水素の臭いを漂わせた。地獄から汲み上げた溶岩のように、腐敗を促すような臭いだ。一つ、二つ、三つ、虫を弾き、体液がかからないように岩影に隠れた。死の数は指の本数しか数える気になれない、感覚が鈍磨していくからだ。死すら面倒になった。
魔女は手を出す様子は無い、僕の一挙手一投足を見ながら、首を縦や横に何度か振っていた。○、×、○、×、○、×、○、×、○、×、○、×と繰り返し採点されているような気分だ。僕は魔女の弟子だ、最良とはいえないけど、優秀な部類だろう。
数日前に、僕とエマは魔女たちに合流した。本当だったらあまり協力したくなかったけど、魔女が乗り気だったので協力した。オズという男の印象が悪かった。被害者面をしているのが気に食わなかった。聞くところによると、あの男は盗賊だ。義賊と言っていたが、しょせん犯罪者は犯罪者だ。僕の父と同じように、ただの犯罪者だ。
あー、気に食わない……。
オズと一緒にコロネとエマがいるのも気に食わない。
昨日までは全員でダグーについての情報収集をしていたが、ある信憑性の無い情報を得て、僕たちは毒龍の死体に対面している。
「魔女、全部倒したよ」
毒龍の腐敗はそれほど進んでいないが、表面の肉は食い散らかされていた。内臓は腐って誰も食べようとしない、毒龍の内臓には毒を製造する機能があるそうだが、調べる気にもならなかった。好奇心は臭いに負ける。
「ニクラス……毒龍の寄生虫がまだ残っている」
腸の壁を突き破ったのは、縦の口無数の小さな触手を持つ寄生虫だ。次々に現れ、ばら撒いた小豆のように洞窟中に溢れた。
魔銃で狙い、撃ち抜き、魂と体液を散らして、絶命させた。蠢く触手を踏んで、すり潰して、頭を踏み抜いた。拳と足で脳を振動させ、弾丸で殺傷する。
僕は魔法が使えない。
戦いを制するには肉体と銃を表裏一体で動かす必要があった。左手に寄生虫が飛んできた。拳を振り上げて体を浮かして、蹴り/両手で叩きつけ/銃殺、ことごとく殺しつくした。返り血は無い。毒の体液を浴びるほど、闘いに不慣れではなかった。
「これて終わりかな?」
結局、ダグーはいなかったのだろうか、終わりならすぐにコロネとエマの元へと戻りたかった。だが、魔女が耳を澄ましていた。
「来るぞ。手伝おうか?」
魔女の提案を拒否した。これでも世界を恐怖に陥れた魔王の落とし子だ。
魔弾を装填した。
途端に毒龍の体が粉砕され、赤い華が咲いた。一瞬隠れるのが遅れたら毒で犯されてしまっただろう。
血煙から現れたのは古ぼけた樹だった。それはモゾモゾと動き、苔むした体が痒そうで、蔓が古ぼけた樹を撫で回している。不気味なくらいに不細工だ。
「……古代の神、樹の精霊だ。まさか……精霊を復活させようとしているのか」
魔女が珍しく、焦っているようだ。
「魔女逃げてください。燻蒸消毒をします」
魔銃から火炎弾を出して、毒龍だった物の塊を炎上させた。煙が巻き上がり、毒が洞窟内に充満した。魔女は先に避難して、僕は逃げながら、樹の精霊へ目掛けて撃ち込んだ。毒と炎に苦しみながらも、樹の精霊は全身を木の葉をまとった。火を弾き、毒を木の葉で吹き飛ばしている。足の見た目以上に速い、空がある場所に出るのは同時だった。
近接戦の末、蔓を踏んで、動きを封じてから、足の裏で胴体を蹴った。ビクともしないが、気にせず火炎弾を連射した。木の葉と火炎弾が合わさり、灰が舞い上がった。今度は弾丸を変えて、雷撃を撃ち込んだ。樹の周りが焦げ、樹の種類が変わったかと錯覚した。耐久力の勝負だ。弾丸はまだまだ残っている。手を変え、品を変え、弾丸を撃ち込み続けた。
「まだか?」
魔女が現れて、僕の後ろについたと同時に背のほうから爆音が響いて、魔女が二人になった。この魔女のどちらかはドッペルゲンガーだ。だが、どちらが本物か分からない。分からないなら手助けは出来ない、僕が優先すべきは樹の精霊を破壊することだ。
樹の精霊は逃げようとした。蔓をつかみ、引き摺り倒そうとしたが、踏ん張られて、まったく動かなくなった。だが、力は完全に負けていた。蔓が全身に絡み付いて、樹の精霊は崖へ向けて走り出した。僕は踏ん張ろうとしたが、引き摺られた。そして――崖へと飛び込んだ。
死んだ――。
蔓が燃やされ、魔女は僕を捕まえた。
「あぶねえ!」
「……死ぬかと思った」
魔女の優しさは、偽魔女の火炎弾に吹き飛ばされた。僕たちは体勢を崩して、樹の精霊を追う様にゆっくりと落ちた。落下の途中で魔女が、追撃してくる上空の偽魔女に氷の槍を投げて貫いた。偽魔女は叫びながら逃げ、樹の精霊は地面に着地して、すぐに川に飛び込んだ。水を汲み上げた樹の精霊は、秒毎に膨張していった。
「これが狙いだったか」
樹の精霊は山も森からも養分を吸うように大きくなり、山に影を差すほど大きくなった。




