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「私はこの機会に実験ができると喜んだ。本物の悪霊であるミオは、今までの経験から考えれば、愛しているとされる男がいないと封印は出来ない。失恋をする必要があるからだ。ひとつ言っておこう、本物の悪霊であるミオは、お前にオズと一緒になって貰いたかったんだ。そしてカレラもだ。女とは不思議な生き物だ。愛に生きようとする。それが例え偽物だとしてもだ。嘘でもいいからオズと共に過ごして欲しかったんだな……ステキだね。本当に涙が出る思いだ。


 本当なら、封印の旅が終わった後にすべてをばらして、オズの選択にゆだねる手筈だった。いくら愛した女といえど、偽者を許容するかは誰にも分からないからな。たとえ結ばれなくてもいいと考えたのかもしれないな。しょせんは紛い物だがな。


 本物のミオは、お前にオズを譲ることで、もう一人の自分の幸せと、失恋を体験して封印される予定だった。ある意味で幸せを得ようとしたのだ。


 だが、私の目的は違う。そんな恋沙汰など、どうでもいい。


 私の目的はドッペルゲンガーの実験だった。とくにお前たちは色んなところへ言ってくれたお陰で、私は各地の祠に接触することが出来た。私はお前たちのお目付け役だったんだよ。それまでは宰相になってしまっていたため、逆に身動きが取りづらかった。おかげで楽に実験はできた。


 お前たちは私の過去を知らないだろう。ドラクロワ王国最大の反逆者の魔王の部下だった。だが、私は彼を裏切ってしまった。そのシコリがじわじわと私を苦しめた。そして報いを受けた」


 ダグーの背後に暗黒の影が現れた。


「これは、魔王が最後に残した負の感情だ。これはあらゆる負を吸込み、たえず肥大化していっている。オズの昔の仲間たちも吸収させてもらった。中には、私の朋輩である魔王軍配下の怨念もあるがな……。


 さて、私はこの影に支配され、狂ったように研究を行った。この大陸は古来の精霊の伝説がある。それをどうにか検証しようとした。精霊がいたときには魔法は使えなかった。それをどうにか証明したかったのだ」


「精霊信仰は古くからある宗教だ。どこの国にだってあった。だからドラクロワ王国にもあると、私は考えた。何故? ドラクロワ王国だと思う? それは、あそこには魔女がいるからだ。他にも何人もの魔女はいるが、ただ一人最強の魔女がいる。何度も何度も、私達の邪魔をした魔女がいるのだ。あの大陸で精霊を呼ぶことが出来れば、魔女の魔法を封印することができる。そして、殺すことができる。


 ……お前たちの旅の途中に水と石の精霊を呼び出した。この国では魔法が使える人間が少ないから邪魔をされることもなかった。だから素晴らしい実験だった。結果、私は水と石の魔法を使うことは出来なくなった。たしかに魔法は使えなくなったのだ。


 だが、古来の精霊を操ることは難しいことだと考えていた。だから、模倣したのだよ。お前たちドッペルゲンガーは特殊な魔物だ。相手をそっくり模倣してしまう。だから、私は数多くのドッペルゲンガーを一から教育して、完全に操れるように召喚獣とした。中でもお前の実力は素晴らしい。涙が出る思いだ。お前には、ドラクロワ王国の伝説の邪神を模倣する力もあるだろう。古代人が消滅させたと言われる邪神だ。その邪神もただ復活させるだけでは、私の言うことは絶対に聞かない。だが、お前は召喚獣だ。最強の力を得たとしても、私は操ることができる」


 長々と喋り、絶望に堕ちる私を見下ろしていた。


「お前の体は、私が研究した魔法によって人格を定着させている。だが、本物の悪霊であるミオが封印されれば、私の魔法でも定着は難しくなり、お前の人格は不安定になる。知っているか。ドッペルゲンガーの特質を?」


 私が答えられないでいると、地面についていた手を踏まれた。


「模倣された本人がドッペルゲンガーを見ると、死ぬとされている。なあ、殺してみないか? オズを」


 そんなことができるはずがない。彼は私の愛した……いや、本当に私は彼を愛していたのだろうか。私は、ミオを模倣しているだけだ。最初に出会った村の記憶も私のものではない。


「お前はオズとは何も関係ない。お前は今まで一度も他人を模したことが無いから、それが最初の記憶となっているから苦しいだけだ。お前の記憶の最初は、城の裏でオズを待っているときだろ。それ以前に、実感があるか?」


 それでも、あの旅は嘘じゃあない……。


「ところでお前の父と母にはあったか? 会っただろ? 覚えていないのか? 二人を」


 二人……海神と山神……あれが両親。


「残念なことだが、山神を模したお前の父親は死んでしまった。いったい、誰が殺したか覚えているか? そう、お前とお前が愛していると勘違いをしているオズだ」


 私が父親を殺した……。


 吐き気がして、胃から半分溶けたものが吐き出された。


「もうすぐ、本物のミオは封印される。そうすれば、お前は人格を定着することは出来なくなるだろう。私の魔力もこの世界にいない女の人格を定着できるほど優れてはいない。封印後、お前は誰かに触れてしまえば、その人格は霧散する。お前のその気持ちもあと少しで消える。悲しいのは今だけだ。泣くな。泣いてもその涙は嘘だ」


 涙が自然と落ちて、地面へ消えていき、ひと筋の道となった。


「この気持ちは嘘じゃ……」


「そんなことは無い。それは模倣されたものだ。本物は感情は、本物の物だ。けっしてお前のものではない、ドッペルゲンガー如きがおこがましいぞ。だが、その感情は素晴らしい」


 ダグーが私の肩を触ろうとしたが、触れられるのは嫌だった。このミオが霧散してしまうかもしれない、それだけは絶対に嫌だった。このダグーにだけはなりたくなかった。


「ミオ! やっと見つけた!」


 オズの声が後ろからした。坂の下からミヤビが飛び出して、続いてオズが現れた。


「お前は雌鹿亭に来ていた男だな。どういうことだ?」


「……お前たちの旅は終わりだ。この女の旅もだ。連れて行け……」


 私は声を出そうとしたが、ダグーによって封じられていた。かなり高度の召喚術の契約なのだろう。声を出すことを制限されたようだ。


 だが、ダグーのこの自信はどこから出るのだろうか……。まさか、私は封印の祠の方を振り向いて、空が淡く輝いているのを見た。封印はされたのだ。


 もう、本物の悪霊であるミオはいない。


 なら、誰かに触れられてしまえば、私のミオたる人格は霧散してしまう。


 ダグーはオズの手で、私を終わらせようとしている。


「……ミオ、どうしたんだ?」


 オズはゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「封印をしなければいけないんだろ? 怖じ気ついたのか?」


 違うよ。それ以上近づかないで……。


 だけど、私の体すら動けなくされていた。


 オズの視線は疑いに満ちている。昨晩の匂いに記憶があるのだろう。何かが起きているのは分かっているようだ。ダグーに対して反応できるように、体を緊張させている。


 オズの顔を見ると、心臓が高鳴った。あの腕も、手にも触れることは出来ない。それに魔物である私に優しい言葉をかけてくれることも無い、私にはその資格はない。私と彼との間には愛を交わした過去はない、幻想の過去から本物の愛は生まれない。


「……あんた。少し離れてくれないか」


 オズはダグーに短刀を突きつけながら近づいていった。


 突如、ダグーの背後の影が伸び上がり、ダグーの静止を抑えて、オズを魔法で吹き飛ばした。雷の魔法だ。痺れながら、オズは地面を転がった。負の感情の影が短刀を突きつけられて、防御行動を起こしたのだろう。


「……興がそがれたな」


 オズは服から煙を上げながら、ダグーへ向けて短刀を投げた。雷が短刀にあたり、明後日の方向へ吹き飛ばされた。


「もういい……死ね」


 雷球がオズへ向けて飛んでいった。空中で炸裂して、火の玉が地面に落ちた。信じられなかった。それはミヤビだった。ミヤビがオズを守ったのか、たまたまあたってしまったのか分からないが、地面で燃え上がっていた。


 この旅で私が拾った梟が無残に殺されていた。


 私は、確かに過去は無いかも知れない。でも、この旅は本当にあった。そして、その感情は嘘ではない。旅の途中であった人々と交わした言葉も嘘ではない。なにより、ミヤビは私が拾った。ミヤビには私が本物だった。もう、食べ物をせがまれることも無い、あの鳴き声を聞くことも無い……。


 許さない……。


 私の体は動かないはずだった。だが、動くべきだ。口も開かないが、開くべきだ。おそらく、ここまでの怒りを感じたことは無かった。


「ゆ……」


 言葉が出た。そして、指先も動いた。


 ダグーの顔が驚愕で歪んでいた。


「許さない……お前だけは許さない!」


 私がダグーに飛び掛った瞬間、負の感情の影と交錯して、私は負の感情を模倣した。途端にミオの姿はなくなったが、怒りはそのままでダグーの首を絞めていた。


 本当にあと少しだった。


「も、戻れ……召喚獣ドッペルゲンガー」


 その言葉で終わりだった。私は召喚を戻されてしまった。その戻される前に、オズの表情を見てしまった。ドッペルゲンガーという言葉を耳にしてしまったのだろう。


 その表情は、私を少し傷つけた。




 俺は短刀を離して、ミヤビの燃えている死体を握り締めた。どうやって火を消していいか分からなかったわけではない、ミヤビの魂を掌に刻みつけようとしたからだ。掌の中で火は収まり、俺は布でミヤビの死体をくるんで鞄へ入れた。


 掌の火傷は酷かったが、短刀を握る怒りは燃え上がるようだった。


「主人に逆らうとは……」


「いま、ドッペルゲンガーといったな」


 俺は後悔した。どういう経緯で、彼女がドッペルゲンガーなのかは知らないけど、俺は酷い顔をしていた。彼女はそれを見て、傷付いた顔をしていた。


「そうだ。お前が旅をしていたのは、ドッペルゲンガーだ。ただの魔物だ」


 そうか……旅の違和感が解けるようだ。なんとなくおかしいと思っていたのが、腑に落ちた。


「で、彼女をどうする気だ」


「俺の召喚獣だ。俺の勝手だろ」


「悪いが、彼女を返してもらおうか」


「魔物だぞ?」


「彼女は俺と一緒に旅をした。魔物であろうと関係はない」


 俺は短刀を投げて、一気に距離を詰めた。ミオがダグーを痛めつけたので、雷球の精度は悪かった。横腹を斬り抜き、背中を刺した。


 だが、突きは影に止められた。次の瞬間、再び雷が落ちてきた。俺は生きているのも不思議だったが、黒焦げになり道の端にある草むらに倒れていた。


 そして、俺はダグーの行き先を探して、金を盗んでは情報を集めを繰り返して、とうとうドラクロワ王国へ渡航したのを知った。


 そして、俺は獣人コロネと出会った。


 暗黒の騎士 完

あー、疲れた。

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