運命の糸
何となく書いた悪役令嬢の短編にポイントを抜かされようとワシは頑張ってこれを書く。
恐ろしいほどの殺気、こんな強烈な精神的圧力は味わったことは無かった。
世界が終わるかと思えるほどの強烈な寒気、絶対零度の力があった。
天命すら穿つような、恐ろしいほどの剣士だった。
「やはり違うか。……ショック・ウェーブ」
虚をつかれた、魔法だ。
俺の横にいた商隊の馬車が崩壊、埃が舞い上がるように霧散した。
馬は悲鳴を上げて、大きな球体で抉られたように絶命した。
俺はなんとか馬に隠れていたので耳鳴りと激痛ですんだ。
そして、すぐさまミオを確認した。ミオは耳を塞いでいるが突っ伏して倒れている。外傷は無さそうだったけど、おそらく気絶しているだろう。
イバノバを見るといない。
否、空を飛んで大上段で斬りつけてきた。
命からがら横っ飛びすると、馬が一刀両断され、地面が割れ――路端にあった樹も切断された。
なんだ。この化物は。
そんな思考すら、余計な行動だった。
瞬く間に、剣の嵐が襲ってきた。
両手短刀をどう動かしたかさえ、分からなかった。
だが、嵐は防いだようだ。
何故、生きているのだろうか。
それが疑問だった。肉体が限界を超えて反応したとしか思えなかった。
「ほう……少しは使えるようだな。だが、所詮は変則の剣技、俺に勝てるはずがない」
その剣士はイバノバではない、まったく見たことの無い男だった。
「だ、誰だ。お前は?」
「シグルズ……そう呼ばれているな。お前は」
その名前には心当たりがあった。ドラクロワ王国で覇をとなえた魔王の配下であり、ドラクロワ王国最後の女王陛下の物語に出てくる魔剣士――そして、魔王軍の勇者と呼ばれている。
「俺はオズだ。しがない怪盗だ」
「ほう……剣士ではないのにそれほどの腕を持つのか」
逆に感心しているようだ。
「だが、俺の相手ではない」
シグルズは鳴子を振り上げた。
死んだ。
と思ったら、一向に剣は降ろされなかった。
シグルズの頭は狂ったように左右に振るのを繰り返していた。眼にも止まらぬ速さで、泡を吹きながら振っていた。あまりにも奇妙だった。
「止めろ! イバノバ!」
その場で、両手で頭を掴んだ。
顔半分イバノバになっていた。
何がどうなっているかは分からない。だが勝機は逃すわけにはいかない。
俺は短刀を使い、両目、顎、胸、股間、踵と順に切りつけて、後ろも振り向かずにミオのところまで走った。
案の定、気絶していたが、呼吸はしている。
担ぎ上げて、倒れているイバノバの横を通ると、切りつけた傷が徐々に回復しようとしていた。
不死身なのだろうか?
俺は逃げることにして、前を走っていた馬車を次々と追い越した。そこは死体の山だった。中には生きている人もいたが、恐怖で笑い声をあげていた。
やはり、大勢にまぎれるべきではなかったのかもしれない、町へ入るまで生きた心地はしなかった。
町に入れば、また誰かを巻き込むかもしれない。
陰鬱な気分で心は埋め尽くされた。
町の宿でミオがやっと眼を覚ました。懐に隠れていたミヤビは本当に死んだかと思ったけど、どうにか生き延びていた。
「あれを見たか?」
「うん……見たよ。あれは、今までのとは何かが違った。もっと、おそろしい悪意の塊のようなものだったよ。怖かった」
悪霊すら怖がる、悪意の塊か。
いったい、あれは何なのだろうか。
「怖い」
いつもふざけているくせに、こういう時はしおらしくなるから困るな。
だから、どうしていいか分からなくなる。
震えているので、とりあえず抱きしめて震えが止まるのを待った。
「何が起きているんだろう」
「わからない……何かが最初から仕組まれているようで」
落ち着かないミオに対して、俺は昔のようにミオに物語を語った。すると、ミオは徐々に自分を取り戻していった。
「ねえ、1001話目の恋物語をうたってよ」
あの純愛を語るのか。
ミオが復活してしまった物語を。
突如ミオは語り始めた。
「私は、遠く国から来たの。その頃から、男を迷わせる力があったんだ。その当時も色々あって……。私は人間から離れるために、その時に大好きだった人と一緒に旅をした。でも騙されていたの。封印されたわ。それでね、あまりに衝撃的で、引きこもっちゃったの。本当はたいしたことの無い封印だから外へ出られたのにね」
初めて過去の話を聞いた。
「毎度毎度、一番大好きな人と最後に旅をして封印されているわ。何回封印されたか分からない。失恋と同時に、いつも封印されていたの。だからかな、今回の封印の旅にオズを選んだのは」
「失恋を忘れるぐらいの、恋物語なのか」1001話目の物語にはそういう意味があった。
そして、ミオの言葉を信じれば、この旅は失恋と共に終わるのだろう。祠へ行き、俺は辛辣な言葉で恋心を潰さなければいけない。
俺にそんなことが出来るだろうか。
「私、たぶん一途な女じゃないの」
俺は頷きもせずに見た。
「赤い糸って知っている?」
「いや……何それ?」
「運命の恋人同士の小指についているらしいよ。でも、私が思うに……小指には赤い糸がついていても、それはどこにも繋がっていなくて垂れ下がっていると思うの」
一度、溜息をついた。
「糸ってより合わせられるでしょ。世界にちらばっている男女が偶然出会い、息が届くぐらいに近寄って、お互い赤い糸をより合せるものなのよ。それを運命という。だから、私は何度でも大好きな人に会えると思っている。糸が切れたら、またより合わせれば良い……何度でも大好きな人に会える」
俺が死んでもまた好きな人に会えるってことか、と言いたかったけど、何百年と悪霊として生きてきたミオの言葉には重みがあった。
ドラクロワ王国の最後の女王陛下も書いていたが、愛する夫は人間で自分はエルフだ。同い年だけど、寿命が違うかもしれないと言っていた。きっと、夫が死んでから何十年も孤独を感じて、泣くのだろうと、それは純愛の決意だった。
だが長いときを生きる悪霊にとって時間の感覚は無限に近いのだろう。
有限の人間も何度も恋をする。ドラクロワの女王陛下は今の夫で全うするつもりらしいが、ミオは違うようだ。
無限に生きれば恋も数え切れないほど多いだろう。
「でも、私がオズを大好きなのは嘘じゃないの……こういう考えはおかしいのかな……」
恋愛を死で完成させたいと、ミオは昔言っていた。
その恋を決定付けて、純愛としたかったのだろう。
世間では純愛は一人の人を愛することとされている。そして、性愛が無ければより良いとされている。何故かは知らないが、そうなっている。
俺たちは、誰かが愛した結果に生まれたのに、欲を汚いと見て遠ざけようとする。
そして、誰もが羨む純愛を得たいと願っている。
そんなの無理だと分かっているのに。
皆、愛を美しくしたいと願っている。
ミオの言葉は残酷だが、飾りがない分、切ないほど俺の心に響いた。
何度でも、大好きな人に会える。
純愛から遠いが、俺には美しく聞こえた。
「別におかしくないと思うぞ。俺だって何人も恋人を」
……ん?
……待て。空気が変わったぞ。
「それとこれとは……」ミオが呟き。「そうか……私だってそうだし……いいもん。いいもん。相手にだけ純愛を求めるのは卑怯なのは分かっているもん」
本当に分かりやすくいじける女だった。
だが、爽快な風が心に流れるようで、清々しかった。
彼女は多くの男を不幸せにしたが、愛された男たちは幸せだったのだろう。たとえ、最後が運命の赤い糸を切ることになっても、失われた時に本当の幸せはあった。
そう、信じている。
だから、俺は君の純愛を断ち切ろう。
……君が望むなら。
ミオってあまり好かれないキャラだよねー。作者はこういう女も好きなんだけどね。




