山麓の町
すり傷を薬草で治療して、左腕は布で首から下げて動かないようにした。念のために右手は動けるようにしていたけど、出来るだけ動かしたくは無かった。歩いている時も両腕を使わないように、歩いている時も痛まないようにした。
だが、問題が起きた。
便所へ行きたい……。
「大丈夫? 顔が青いよ。痛いの?」
ええ、腹が痛いです。だけど、この状況で便所へ行くなんていったら、一連の行為をミオに手伝って貰わないといけなくなる。
それは嫌だ。
羞恥心的な意味もあるし、ミオは男を意のままに操る悪霊だ。
襲われる……。
ミオは自分自身の本能に勝てる手段が無い、この状態で襲われたら垂れ流ししながら匍匐前進をしなければならない、といっても右手はあまり動かしたくなかった。
いや、なりふり構ってられない。
「ミオ、右手の包帯を取ってくれ」
「そんな! 傷が悪化するよ!」
これを言っていいのだろうか。
「腹が痛いんだ」
瞳が光った。
やばい……こいつにカードを渡してしまった。
「私が、い、る、よ」
凄い楽しそうだ。何が楽しいのか。何を楽しもうとしているのだ。
「結構です。ミオに世話をされるくらいなら、このまま破裂死する。ばびゅん、とな。そして路端の道祖神として旅人の腹の調子を悪くする神となる」
「大丈夫! ミヤビも見ているから。私は変なことはしない」
梟にも見られるなんてお婿にいけない!
「良いから右手の包帯を外せよ」
「私が行くってばー。いまさら隠すような仲じゃないでしょ」
そもそも、そんなに深い関係になった覚えが無い。
どんどん腹が痛くなってくる。
ミオも観念して右手の包帯を外して自由にしてくれて、俺は木陰で用を足すことが出来た。
が――。
「ああー! 右手いたーい!」
ある事をしようと、手に取った葉を持った途端に激痛が走った。
「だいじょーぶ?」
「ああー! 無理だー!」
俺は諦めた。
満面の笑みをしたミオが俺を介護してくれた。
名も無き街が近づいてきた。すでに夜の帳がはり、星がちらばり美しかった。
俺の男心を慰めてくれるのは美しい風景ばかりだった。
「良い経験だったー」
ミオの冗談は、俺の心を傷つけ、鳥肌が全身に立った。一連の行為に色々別のものが加わっていたのは、最後の尊厳に関わることなので思い出したくなかった。
街へ入り、医者を叩き起こして、大枚をはたいて治療してもらった。運がいい事に治療魔法を使えたので、傷を治すことが出来た。
治している間に、ミオは宿を探してくれたけど、空いている部屋が見つかったのは、治療が終わる頃だった。
まあ、予想していたけど、一人部屋に二人だった。
「あなたー。お風呂にする? 食事にする? それともわ――」
「さあ、寝るかな」
ふて寝をしたかった。
色々忘れたいことがいっぱいあったから。
「旅の汚れを落とさないで、寝るなんて寝具が汚くなるよ」
ミオの狙いは分かっている。山道を通ってきた時に火山があったけど、この町では温泉が山ほど沸いていた。なので、ここは温泉宿なのだ。
「傷が治っていないのに、温泉なんか入れるか」
そもそも、一緒に風呂に入るという概念が無かった。
「えー、私の故郷ではみんな見せ合って入るよ」
お前はいったいどこの出身なんだ。
「いいから寝させてよ。起きたら風呂に入るから」
「もう……行くよ、ミヤビ!」
梟も温泉に入るのかよ……。
と思ったら、すぐに朝を迎えていた。
「はあ……それなら風呂にでも行くかな」
宿の廊下の案内を見て、風呂場に入ってみると、ほとんど人がいないようで、それに驚くまでに寒かった。お湯をかけても沁みることは無かった。完全に治ったことに感動しながら、湯船に入ろうとした。
湯船の周りに、土下座している男たちがいた。
「わーい! やっと来た! どう? 私達の貸切」
真っ裸で足を組み、かけ流しの湯を浴びている傾国の悪霊ことミオがいた。
「お前が男たちを魅了して貸しきってんだろうが!」
可哀想に……。
混浴の朝風呂に意気揚々と来たら、傾国の美女に魅了されて寒いなか土下座させられる。
風邪を引いてしまうじゃないか。
「だってー」
「止めろ。この馬鹿」
「一番湯が良かったんだよ」
「はいはい、分かったから、すぐに入るから、他の人たちも入れてあげて」
肩まで浸かると、全身が痺れるように気持ちよかった。
「はあ……極楽極楽」
「ふー、じゃあ」指をパチンと鳴らした。「入っていいよ!」
もともと入る権利がある人たちだからね。
「二人っきりが良かったのになー」
これいじょう魅了しないようにミオは体をタオルで隠して湯に浸かった。
「見る?」
「うるせえ、馬鹿」




