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「少し……鈍くなったんじゃないか? 魔女はスレイブを持たずに、直接世界と心を通わせるもの。周囲の変化に敏感に反応できるはずだったが」
「年齢を取ったんでね」
魔王が腕を組み、無表情が一瞬で崩れた。
「そーいや、すげーババアだったな」
声を出して笑ってはいるが、眼が笑っていなかった。
僕の魔女にババアと言うなんて、万死に値する……。
僕の眼も、まったく笑っていなかっただろう。
「はあ……反魂の魔法を使うなんて」
反魂。
『命』の最上級魔法だ。死人を生き返らせると言う余りにも危険な魔法のために、生み出した古代人も封印したと言う幻の魔法だ。
「だが――私のところに来るなんて良い度胸だ。こんどこそ、地獄で永遠の時を過ごさせてやろう」
「たまたまだ……だが、復活して最初に一番目障りな女と会えるとは運が良い……とりあえず俺に単独で抵抗できるのはお前一人だからな」
「デュラン」魔女が僕を振り向いた。「姫君をお連れしろ。親切丁寧に、過剰に紳士的に振舞えよ」
「駄目だよ。僕も戦うよ。勇者の剣があるよ」
「げえっ! それは虐殺兵器」
魔王は明らかに焦っていた。
「それは駄目。家が壊れる」
魔王はホッとした。
「だったら単純魔法『鋼』を使うよ」
「もう……鋼は魔法に対して強いけど、剣が雷を通すから死ぬよ」
そうでした。鋼は通電が良いのでした。
「えーい、僕の剣技の錆びにしてやる」
「足手まといだから駄目……」
「でも……」
「良いから行きなさい。大丈夫だから、ね」
僕はヴァージニアの手を握り、館の裏口から飛び出した。
「大丈夫なんですか。一人で闘わせて」
「……そんなこと分からないよ!」
魔王は短槍をマントから出して、頭上で回転させた。魔王が所持していたとされる伝説のマイスター『イブリース』だ。辺境にて数千年埋まっていたとされ、その一帯に常に雷を落としており魔境と言われていた原因だ。
「あれが、新しい魔女の騎士か」
「そうよ」
「勇者とは似ていないな」
「あいつは規格外だったからね」
「魔女の騎士にして勇者……何から何までお前は本当に優秀な魔女だよ。だから……死ね」
魔女は魔王を睨みつけた。
「電」
魔王の槍から電球が飛び出して、魔女が居た所を通過した。
「電電電電電電電電電」魔王は単純魔法を繰り返すだけだが、無尽蔵に溢れ出す雷を繰り返すだけでも必殺の乱打になる。
対する魔女は土に手をかざして、周辺に埋まっていた金属を集めて、向ってくる雷球にぶつけて、方向をずらした。
無限と有限では、当然無限が勝つ。魔女もその簡単な計算は分かっている。当然死にたくないので、ここで無駄死にする考えも無い、魔女がいままで生き残っていたのには実力もあるが、生き延びることを常に考えていたから生きている。
魔王の動きに変化があった。槍を振り回すのを止めて、天に穂先を突き上げた。
「裁きの日」
白雲が真っ黒になり、ついには雷雲となった。これが翼竜に致命傷を与えた魔法だった。
だが、魔女も黙ってみているほど性格が良い訳ではない。
「召喚術……アラクネ!」
飛び出した半人半蜘蛛の女が四方八方に糸を飛ばして、屋敷も包み込んで結界を張った。
雷雲から雷が降りて、蜘蛛の糸を粉砕した。
焦げた糸の結界が崩れ、魔女の顔は青ざめていた。
「老いたな。これぐらいで疲れるとは」
「あいにく、力の老いには興味が無くてね。興味があるのは、おもに美貌だ! こんな絶世の美女が失われるのは多大なる損失だろ?」
魔王は呆れ顔になった。
「……ともかく……これで終わりだ。召喚術……イブリース!」マイスターの中には召喚術が使えるものがある。その中の一つがイブリースだった。魔王の前に漆黒の人影が現れて、全身を帯電させていた。雷と闇の性質を持つ最強の悪魔だった。
両手をあげると、先ほどの雷より輝いた。
「終わりはこっちの台詞だ。召喚術……ナルシスの水鏡」
土から水が立ち上がり、魔女の前で鏡となった。
「それは……」
「そう……ナルシスの水鏡は……魔法をはね返す」
「だが、無限のイブリースと、有限の魔女……どちらが勝つかな」
僕がヴァージニアの手を引いて森を駆けていたとき、魔女の館から光が溢れて、遅れて爆発音が轟き、木々をなぎ倒した。僕が気付いた時には、ヴァージニアが介抱してくれていた。