表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/95

海の園

 雌鹿亭で食事を終えて、出て行こうとすると、営業時間外なのに扉が叩かれた。


 店長が扉を開けると、最初に誘拐の交渉に来た男だった。


「無事、ミオ姫を連れ出したようですね。では、これが報奨金です」


 テーブルの上に袋に入った金貨が置かれた。あきらかに全額の値段だった。


「どういうことだ」


「王后様の誠心です」


「……俺が裏切らないと思っているのか」


「裏切るのですか」


 男は雌鹿亭を去ると、ミオが脇腹を突いてきた。


「裏切るのか?」


「さすがに裏切れないな。カレラは俺のことを良くわかっている。おい、これ、預かっておいてくれ」


 店長に金貨を渡すと、むすっとした怒りの表情を浮かべた。


「戻ってくる予定はあるのか?」


「さあね。だけど、金は使う予定のある人が持っていたほうがいいだろ」


「相変わらず、金に執着が無いね」


「盗むことには執着があるけどな」


 あの日、村が燃えたときに、俺の心は燃え上がった。


 悪が心の底で灯っている。


 雌鹿亭を去って、自宅へ行くと、ミオが口を開いた。


「あれは昔の女?」


「ああ? あの女店長か。あいつは昔の仕事仲間だよ。ずいぶんと長い間一緒に働いていたからな、そんな関係にもならなかったな」


「へー、カレラに対して一途だったんだ」


「そんな訳あるか。俺は女にモテモテだった……」


「へー。例えば」


 ……な、なんだ。この強烈な圧力は。台風前の不穏な雰囲気のように心が陰鬱な気分となった。目線を合わせると、眼が怒気で光っているように見えた。


「例えば?」


「一緒に仕事をした女……とか」


 怒りが見える。髪の毛が赤く染まったようになびき、心の中が穏やかではないのがはっきりと分かった。


 まずい。凄い怖い。


 だが……。


「何をそんなに怒っている」


「いーや。怒っていないよ。ただ、相手の女を教えてくれないか。あと、数週間の時間をいただきたい」


「いや、お前それ殺す気だよね。やめてよ。家庭築いている女もいるからね。幸せに孫が出来る日を待っている女もいるからね」


「まさか、怒っていないよ。私が手に入れられなかったものを、別の女が手に入れていると考えると、いてもたってもいられなくてさ、うふふ、殺そう」


 忘れていた。この女は悪霊だった。


 カレラの娘だから、村にいたときのミオとは違うと思っていたが、まぎれもなく悪霊の方のミオだった。


 燃え上がる嫉妬の炎は美しすぎて、俺の自宅を燃えつくしそうなほどの狂気に満ちていた。


「大丈夫、落ち着いているから、大丈夫、落ち着いているから」


「落ち着きなさい」


「火照るなぁ。ホテルと火照るって似ているなぁ」


 なんか訳の分からないことを言っているが、突如上着を脱いで、色香を放ち始めた。天然の魅了を持つ悪霊はうずきだしたようで、少女とは思えない妖艶な雰囲気を持ち始めた。


「なあ、冷ましてくれないか」


 別の男なら悪霊の魅力にとり憑かれて、肉体の悪魔の虜になっただろう。だが、俺には止まることができた。


 初恋の女カレラの実の娘ということだ。


 俺の覚えている最初の唇はカレラの物で、それを忘れられない心が色香を弾いた。


「やめろ」


 額を押して遠ざけた。


「傷付くなぁ」


「傷付くのは、こっちもだ」


 旅装を整えて、街を歩いた。


 湿った匂い、カビとコケを乗り越えて、小さな船着場に辿り着いた。


 少人数用の漁船だ。怪盗と船員の二足のわらじを履いているが、魚釣りをしたいときには小船を使うことが良くある。


「これで、街の外へ出るの?」


「隣町まではね。そこからは陸路だ」


「いやーん。しばらく二人っきりだね。いつでも待っているよ」


「やっぱ陸路にしようかな。おそわれたくないから」


「いけずっ!」


 帆船を操って、一気に遠海へ出て、街を振り返ると美しかった。


 小さな帆船に慣れていないミオには横揺れが激しいようで、船にしがみ付くようにしていた。ミオは最初邪険にされていると思い、俺を頼ろうとしなかった。


「ゆ、揺れる」


「来るか」


 俺はあぐらをかき、両手で帆船の紐を操っていたので、ミオに膝の上に来るか尋ねた。


「ほう……今まで邪険にしていたのは、そう言う事か」


「やっぱ来るな。きもい」


 優しさは禁物だったようだ。


「嫌だ! 膝の上に乗せて」


 体格差がかなりあったが、後ろから抱くように座らせた。


「どうやって操るの?」


 波が弱くなってきたので、手に手を取り操ってあげると、操作どおりに動いてミオは歓声をあげた。


「楽しいね」


「そんなに楽しいもんでも無いけど」


「だったらもっと楽しいことをしてやろうか」


「やめろ。色情魔!」


「な、なに! 色情魔は言いすぎだろ!」


「降りろ。膝の上から降りろ。不清純派!」


「やーだよ。おりないもーん」


 俺は初恋の女の娘に弄ばれていた。


 最初っから前途多難だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ