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「『鋼』は分かるけど」数年前まで『鋼』は属性と名づけられていなかった。というのも、対魔法対策として鋼は使われていたからだ。なので魔法と言うような感じではなかった。そのため、他の魔法とは相性が悪いので使い方が難しくなっている。「『星』って何?」
「失われた魔法である『光』と『闇』より、遥かに忘れ去られた魔法だね。単純魔法で――」単純魔法とは何も工夫していない魔法のことだ。水属性の魔法で、『水』と唱えて水が出るのが単純魔法である。「『星』って唱えることぐらいしか使えないんだよね。まあ、『鋼』もあるけど扱い難しいし」
「『星』を使うとどうなるの?」
「隕石みたいなのが降ってくる。永久機関マイスターなのに隕石降らせまくっても生活において何の役にもたたないよね。大地が崩壊するだけだから、本当に使えないんだよね。火のマイスターなら、簡単に火をつけたり出来るのに」
僕は勇者の剣は使えないということを覚えて、勇者の剣を装備した。
僕と魔女の支度がすみ、メリッサもそろそろ館を出ると告げた。
「本当にありがとうございました」メリッサが頭を下げた。「命を助けていただいて……あとは自分の力を信じてみます」
「お姫様」魔女が膝をついた。「侍女と名乗るのを止めてください」
「いえ、私は」
「貴女がお姫様なら、私の騎士を貸す準備は出来ています。私は戦火を呼びますが、私の騎士はまだまだ修業の身、クー=デュランなら余計な火の粉も来ることはないでしょう」
強ければ、誰にも負けることはないと思うが、彼女の考えは違った。
強ければ強いほど、強い誰かに目をつけられると言うことだろう。果てし無く強くなった人間は、力を得るために戦いを求め続けるのだろう。
地獄のような螺旋に、僕の魔女はいるのか。
魔女の問いにメリッサはしばらく迷っていたが、
「はい。私がヴァージニア=ドラクロワです」
諦めたように呟いた。
「私の伯父であるヴィルヘルム=ドラクロワ――ゴレム城へ私と、私の母、そして数十人の兵士で私たちは滞在しておりました。そして、滞在が数日過ぎた頃に、伯父は私たちに斬りかかってきて、私以外の全ての人々が捕まってしまいました。これは明らかな反逆行為です」
魔女がふむふむと頷いた。
「理由も原因も分かりません――私の父は善政ではないと思いますが、失敗はしていないと思います。それが不満ならば、この世の中では生きていけないでしょう」
「うーん。何がしたいんだろうね。なんにせよ国の状況は悪くない、となるとヴィルヘルムに何かが起きたんだろうね。国を得れると言う確信のある……」
「はっきり言って……私と母は人質にとっても取るに足りません。まあ、理由は見て分かるとおりに、ダークエルフだからです。母は王国の召使でしたが、国王に気に入られて私を産んだのです。この国は人間の国……当然、ダークエルフとの混血など望んではいません」
ヴァージニアと王妃を人質にとったことは、ヴィルヘルムの切り札とはなりえないと言うことだ。
「まあ、私の騎士がどうにかするよ」
えー、丸投げ……。
「ねっ」
僕は無言になるしかなかった。
魔女が目を細めて、
「そういえば竜をよく召喚できたね」
「一応、ダークエルフですので、昔から魔法をたしなみ、召喚術も修行していたんですよ。いちおう長女ですので、王位継承権も高い方にあります。もしもの時は、私が国を導かなければなりません。召喚ができると言っても、契約は翼竜としかしたことがないんですが」
「分かっていることは、ヴィルヘルムに反乱の兆しがあって。王妃を捕縛しているってことだけか」
「そうですね」ヴァージニアは続けて、「私たちは、あと二週間は滞在する予定でした。王都まで戻るのに、四日かかりますので、残り十八日……その間に伯父のヴィルヘルムは何かしらの行動を起こすでしょう。そうでなければ、私たちが帰ってこないのを不審に思うはずです」
魔女は頷いた。
「それと気になることがあった。あの翼竜を貫いた雷撃を放ったのは誰だ?」
「それが……見たことのない男で……」
僕は魔女に尋ねた。
「何か心当たりがあるの?」
「雷魔法は珍しいし、扱うのが難しいからね。達人と言えるぐらいの男は、今まで生きてきて一人しか思いつかないよ。その男が使った魔法によく似ているんだ」
「誰なの?」
「魔王」
魔女はその言葉を唱えたとたんに、眼を点にして館の外へと飛び出した。
僕も付いていき、玄関から出ようとすると、
「来るな」
後ろからヴァージニアがやって来て、息を呑んだ。
漆黒のマントをつけた巨漢が立っていた。白髪の短髪で、肌は浅黒い、威圧感のある眼差しが恐ろしかった。
「久し振りだな。魔女ベロニカ=クンツ……少し老けたか?」
「なんでお前がここに……死んだはずじゃ」
「いつまで経っても、お前だけが地獄に来ないから迎えに来てやったぞ。……知っているか。地獄には勇者もいたぞ。おそらく、殺生をしすぎたせいだろうな」