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プロローグ2

オズの回想の始まり

 どこが好きになったかと聞かれたら答えるのが難しい、毎日繰り返された質問に別の答えを用意するのが日課だった。


 別にそんなことをしなくても良かったのだろう。その村にいる限り、俺と彼女――カレラは永久だった。


 俺には日課があった。


 記憶に無いころからの日課なので、亡き父親が連れて行ってくれたのかも知れない、古びた祠に行って、供え物を置いて、物語を聞かせる。


 最初は本を読む練習を兼ねていたみたいだけど、そのうち俺の内側には千の物語が息づくようになった。


 文字が覚えることで力となる。


 カレラも訳も分からず、祠についてきて、祀られている偶像に見蕩れながら、僕が音読する物語に、琴線を振るわせようと耳を澄ましていた。


 祠に祀られているのは悪霊だそうだ。


 数々の国を妖艶な色香で傾かせて、放蕩の限りを尽くした悪霊、この村で祭られている理由は定かではない、ただ食事と物語だけは絶やさないようにと言われていた。


 食事は分かる。


 ただ、物語だけは分からなかった。


 だけど、音読をするたび文字が染み込み、体中を流れて脈打つようになった。


 俺はもう一つの人生を体感しているように、俺はいたるところに偏在した。


 海にも、空にも、別の大陸にも、果ては宇宙にも俺はいた。


 きっと、この悪霊も物語が好きなのだろう。


 そう思う。


 きっと話すことができたら友達になれると思った。


 だから、過ちを犯してしまったのかもしれない。


 千話の物語は、僕の中で息づいていた。


 だけど、僕の家の蔵書にはもう一話あった。


 それは恋の話だった。


 千一話目の物語は純愛小説だった。


 あらゆる障害を乗り越える恋の話だった。


 俺の悪霊への語りを毎日聞いていたカレラが恋愛小説を聞きたいと言った。


 その時は道すがら口ずさんだことはあったけど、祠では決して歌わなかった。


 その時、何を考えていたか分からなかった。


 カレラが千一話目を聞きたいと、言ったのを覚えている。


 俺も千一話目を語っても大丈夫だと、思ったのを覚えている。


 悪霊の偶像を見ながら、とうとうと流れ出るように恋の物語は、楽器で感情をのせた恋歌のように響いた。


 祠の中は静謐になり、偶像が笑ったように聞こえた。


 偶像が弱く輝いていた。


 気付いた時には、カレラは後光が差したように、同じように弱く輝いていた。カレラが俺の顎をもち、顔を上から下まで舐めまわすようにみた。


「オズ……お前が欲しい」


 紛れも無く悪霊だった。カレラの美しさは背徳に塗られて、偶像の鋳型を押し付けたように、悪霊の涜神的な美貌に変化させられていた。


「あ、悪霊……」


 俺の一言に悪霊は傷付いたようだ。


「私の名前はミオだ。ミオと呼んでくれ」


「……ミオ」


「そうだ。もっと呼んでくれ」


 ミオは名前を呼ばれただけで、心地良い音楽を聴いたように喜びに顔がほころんだ。


 悪霊と呼ばれているので邪悪なものかと思ったけど、ミオはただ絶望的なまでに美しかっただけだった。


「ミオ」


「美しい声だ。今まで聞いたどんな睦言むつごとよりも美しかったぞ」


 ミオは笑いながら、俺の手を引いて立ち上がらせた。祠から出て、太陽を浴びて、光の滝を浴びたように快活な笑い声をあげた。


「相変わらず美しい世界だ。あちらから来た人間は全員そう思うだろうな」


「あちら?」


 ミオはくすりと笑って、それを無視した。


「ねえ、いつもカレラと何をしているの?」


「一緒に薪を集めたり、木の実を集めたり、鳥を取ったり……」


「それだけか」


 日が暮れるまで俺たちは喋り語った。


 それは尽きない水脈のようで溢れ出てしまった。


 太陽が沈みかけるとミオは悲しい表情を浮かべた。


「私は戻れない。もう――」


 ミオの顔には少しの優しさもなくなっていた。


「おさえられない――」


「ミオ……」


「私は、私と言う存在を維持するために……世界に傾国と言う観念を叩きつけないといけない……愛によって狂うことを示さなければいけない。どうしてもそれを抑えられないんだ。お願いだ。オズ……私の名前を呼んで、私を維持してくれ」


 澪という悪霊は涙を流しながら、俺に名前を呼んで欲しいと懇願した。だけど、澪は村の男たちを知らずと魅了して、その美貌の噂は国中を駆け巡った。

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