女王陛下の騎士
島が墜落した後、私は女王陛下になるしかなかった。王宮内では政治的な戦いが起きた。ラインハルトの母親や、その他にも弟や妹がいたので、前国王に捨てられた私の立場は危うかった。最初は苦戦したが、民は支持をしてくれて、どうにかこうにか市民の中から議員を選ぶ選挙の制度と、民主主義への移行に漕ぎ着けた。
それもこれも、後ろに立っている女の人がきっかけだった。
「民主主義で行きましょう! 民主主義です! 民主主義!」
なぜか異常なくらい気合の入った亜という女の人だ。
地球からの漂流者のようで、民主主義が夢だったと涙ながらに語っていた。最初に会った時は、お腹が大きかったけど、出産して王宮内で民主主義の草稿を書いて、議長もしている。
新しい国を作る為に、地球からの漂流者を集めて、貴族や聖職者を尻目に次々と改革を始めて、利権を切り崩して、平等を目指して動いていた。
ただ、発起人である私は特別扱いされていた。
と言うのも、民の中から国を救った英雄と言うことで、女王陛下以上の尊敬を集めていたそうだ。実際に直接言われたことが無いので知らないけど、亜が言うには、そうらしい。
「駄目ですねー。発起人がそれじゃあ」
「知らんよ。私は」
なので、最後の最後まで発言権が弱くなることは無かった。
議員の中には自分たちの利権を増加させようとするものが多かったので、それを押さえつける意味でも私は貢献できたと思う。
いっときまで、私への求婚者は絶え間なかった。だが、民主主義の実現が近づくに連れて、私への求婚者はいなくなった。利権が無いところには誰も来ない。
左頬の傷が足を引っ張っているのかもしれない。
ただ、どんなに美しい人が現れようと、私の心は揺るがなかった。
返事をもらっていない。
クー=デュランと言う少年が消えてから五年になる。
五年は長い、私は21歳となって、すでに結婚適齢期を過ぎている。
もしかしたら、好きといわれないかも知れない。
いや、それでも良い……。
彼が私の初恋なのは変わらないのだから。
ただ、彼の気持ちが聞きたかった。
独りよがりの恋はくすぶり、自分自身を苦しめる。
「いやー、忙しい、忙しい。子供もいるし、漂流者どもは字が読めないのが多いし、政敵を叩き潰すのも忙しいし、ちょうたのしー!」
亜が王座の前をそそくさと横切った。
王座の奥に、幽閉された塔から脱出したときに見た桜が広がっている。桜が国木になった理由を調べると、とある魔女の最初の騎士が好きだった樹だそうだ。
「お花見をするって言ったのにな」
「桜より梅ですよ。私の国では梅でしたよ。梅酒つくれるし」
亜が地球から流れてきた辞書を抱えて戻ってきた。漂流者はそれぞれが地球の別々の言葉で話すらしいので、会話が成り立たないので辞書を座右にしているそうだ。
「はいはい、わかったから、議長してきて」
「女王陛下も働いてくださいよ」
「私はあと、二日だよ。昨日までで片付けは終わって、今日はお花見ですよ。今後は気安く来る事ができる場所じゃあないからね」
王宮は議場になる。明日は退位の式典で、人がいっぱいになる。そろそろ式の設営にはいるので、慣れ親しんだ桜も見ることが出来なくなる。
少しぐらい休んでもいいでしょ?
「ところで、何処に住むんですか?」
「きめてなーい」
「えっ? どうするんですか?」
「放浪する」
「そんな、適当な」
本当に決めていなかった。
民主活動で燃え尽きた心が、再び燃え上がるのは時間がかかりそうだ。
「もう……きちんとしてくださいね」
「亜も早く会議へいきなさい」
亜が立ち去ると、私は春の暖かさに寝入りそうだった。
遠くから大声がした。
眼を開き、王座から降りて、桜並木の道まで出た。
何処だ?
空に黒い点が見えた。
魔物だろうか。
いまさら、私の命が狙う連中もいないだろう。私はもっとよく見たかったので、桜並木をどんどん歩いていった。私の服に花びらが落ちた。そうあるべき意匠のように、桃色の花びらは美しかった。
点がどんどん大きくなり、それの全貌が見えた。
翼竜だった。
誰かが乗っていて、弓矢を射られている。
翼竜が頭上を旋回して、桜並木に挟まれた噴水に降りた。降りた途端に風が舞い上がり、私の服はなびき、花びらに頬を打たれた。
翼竜が噴水に頭を突っ込み、水をたらふく飲んでいた。
「そんなに我慢できないのか! だから途中の小川で水を飲もうって言っただろ」
(すみませんなー。よゆう、ぶっこいてたら、よゆうじゃなかったですよ)
「アホ、翼竜め。王宮を守護する兵士に殺されるところだっただろ」
デュランだった。
五年ぶりの声はアホ会話だったが、五年ぶりに見る姿は少年期の可愛らしい容姿ではなかった。
「ここにいろよ」
(ういー)
「ったく、復活してすぐに殺されるのは勘弁だぞ」
デュランは服の埃を叩いて、王宮の方へと歩いていった。
私は思わず桜の木に隠れてしまった。
というか、
どうしよう、久し振りに見たら、心臓が痛くて、呼吸が激しくなっている。
政敵と戦っていたときも重度の緊張にさらされたけど……。
まさか、恋のほうが緊張するとは思わなかった。
樹の陰から見ると、彼の体は逞しくなり、顔つきも男らしくなっている。
よく考えてみたら、声も低くなり、耳に心地よかった。
緊張で息が荒くなる。
こんな状態で再会したら、こっちが凄い好きなのがバレてしまう。
それは、恥ずかしかった。
息が荒かったら唇を交わしたときに分かってしまう。
というか、ここで唇を交わすわけないだろ! その前に返事をしてもらわないと。
デュランは王座が空席なのを見て、翼竜のところまで戻ってきた。
「いないな。うーん、どうするよ」
(えー、急いできたのに)
翼竜が水っ腹になっていた。
「返事どうしようかな……考えていないんだよなー」
考 え て い な い の か よ !
私は突如怒りが沸いて来た。後ろから首を絞めてやろうかと思った。
「練習するから聞いてくれるか?」
(お金が発生しますよ)
デュランは無視をして話を続けた。
「お久し振りです。女王陛下様……」
デュランは桜に向って頭を下げた。
私が隠れている桜だ。
「あと二日で平民に戻ると聞きまして、急いで空を飛んでまいりました」
私がいるのに気付いていたのか。
「覚えているでしょうか? 私が女王陛下様に言った不敬の言葉を。あの幽閉された塔で、私は女王陛下に言いました。「ジニーは僕のものだ」と言いました」
私は頷いた。
「ですが、いまでは、あなたは女王陛下様になりました。あなたを愛することは大罪になるでしょう。ですが、二日後になれば平民になるそうで、それまで待てば良いのですが……どうにも我慢ができません」
私は樹の陰から手を引かれて、抱きしめられた。
「また、さらいに来たぞ。もう、一分でも我慢できない」
そ、そ、そ……。
「それが、へんじ―?」
「駄目だった? 考えたんだけどな」
「もっと、女心をくすぐるような……」
私は照れ隠しもあって、怒ったふりをしながら後ろを向いた。
すると後ろから抱きしめらて持ち上げられ、お姫様だっこされた。
「よし……いくぞ」
「ちょ……本当にさらうの?」
「当たり前じゃん」
その時、とうとう兵士たちがやってきた。
「あっ、賊が女王陛下を手篭めにしようとしている! ものども、であえ! であえ!」
「やばい! 翼竜」翼竜の上に飛び乗って、手綱を操って空を飛んだ。
翼竜のはばたきに桜吹雪が舞い起こった。
「ほ、本当にさらうなんて。馬鹿じゃないの? まだ、私は女王なのよ」
「一緒に行きたくないの?」
「そういうことじゃあ……」
「僕のこと嫌いなの?」
「そんな……デュラン以外に、大切な人がいるはずないでしょ!」
私は大声で何を言っているんだ。
「かわいいなぁ、ジニーは」
久し振りにジニーと言われた。
「さらってくれて、ありがとう……デュラン」
私たちは翼竜に乗り、新しくなった世界を飛び回った。五年を経て変化した世界は、空から見ると微々たるものだけど、本当に大きく変わった。
私が翼竜に乗り、出会った少年は――私の運命の人だった。
彼は女王陛下の騎士となり、そして夫となった。




