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 ヘルメスは『星』を唱えるたびに、錆を空に飛ばし、徐々にその全貌を現していった。流星は炎を上げて落ち、島を焼き、叩き、破壊した。地上はどれくらいの損害があるだろうか、それを考えてはいけないと何度も心に言い聞かせた。


 ただ――それも最初だけだ。


 ヘルメスは未だ存在すら知られていない『星』と、魔法を殺す『鋼』を併せ持つ珍しいマイスターだ。『鋼』が僕を蝕んだ。ヘルメスを握って使う魔法は思っていた以上に、僕を消費させた。


 疲れ果て、思考は単純になった。


 僕はジニーのことを考えていた。ディエス・イレの無慈悲な破壊は。王座にジニーをつかせようとしている。


 ジニーは僕を奴隷の境遇から救ってくれた命の恩人だ。命の恩人のままだったなら、ジニーが王位につくのを喜んだだろう。だが、僕はジニーに好きと言われた。


 返事は帰ってからするといったが、僕たちは一緒になれないだろう。


 自暴自棄になったのか、疲労のせいで思考が鈍ったのか、僕は自分が落とした星が迫りつつあるのを気付かなかった。魔王ですら虐殺兵器といったヘルメスだ。


 星はもろ刃だった。


 背後で星が弾けて、僕は吹き飛ばされて、すぐに意識を取り戻した。だが、右腕が逆方向に折りたたまれていた。激痛だが、興奮状態の脳は意に介し無かった。そのまま仰向けに青空を見上げ、魔力が尽きるまで星を落とした。


 ここで死んでも仕方が無いと思ったが、星は僕を避けたようだ。さきほどの自傷がまるで事故だったのように、流星は馬鹿馬鹿しいほどに美しかった。


 力尽きた――と覚悟したが、体に力が沸いた。


 どうしてだろうと思ったが、魔女が危険な状態なのだろう。当然だ。相手は世界に名をとどろかした魔王だ。簡単にはすまないだろう。


 僕は重いヘルメスを杖代りに立とうとしたが、重くてその場に置いてしまった。星魔法を唱え終わると、右腕の痛さが襲い、目の前がチカチカと赤くなった。


「いたい……」声を出すのすら億劫だった。


「酷いざまだ」珍しく焦燥したシグルズが歩いてきた。「最後の戦いをと、戦いを切り上げてきたが、介錯だけになるかな?」


「戦いを切り上げた?」


「ああ――本当なら、俺がいの一番でここに来るつもりだったが、強者は減ったが、勇者は増えたようだ。地上から空島を落とそうとする冒険者たちがいたのでな、そいつらと戦っていたのだ」


 ――当然だ。


 この有様を見たら、誰だって戦おうとする。


 人間は黙って死ぬほど、上品な生き物ではない。


「常世をやろう」僕の目の前に『命』属性の常世が刺さった。「これで右腕を直すがいい」


「もう……魔力すらない」


「なら、終わりだ……」シグルズは突然眼を見開き、後ろを振り向いた。


「おじさん、死んだか……」


 誰のことだろう。


「……あの人がいなければ、誰も王になれない。また駄目だったか」


「魔王のことか」

 僕は笑いながら、常世を握った。


「俺たちの戦いには何の大義名分も無くなった。だが、決着をつけよう」

 島は高度を下げていた。星の衝撃で空を飛ぶ機能に損傷を与えることに成功したのだろう。


 島は落ちる。


 地上へと。


 その衝撃は、島にいる人間をも殺す勢いだろう。


 ここで決闘をすれば逃げられなくなるかも知れない。


 だが、それでいいかも知れない。


 世界を救うために決闘をした魔女の騎士として名が残るかも知れない。


 生き残っても、ジニーと一緒になれないなら、生きる意味も無いかもしれない。


「最後の戦いだ……」


 その時だ。


 左腕を誰かに握られて、大声で怒鳴られた。


「帰るんだろ! 死ぬつもりか!」


 眼を疑ったが、コロネがここまでやってきた。


「その眼はどうした? 死を覚悟した眼だ……ふざけるな! クーはジニーお姉ちゃんに返事をするんだろ! 死ぬつもりなら、戦わずに逃げろ!」


 コロネが両目から涙を流していた。


「クーの気持ちは分かるよ。この恋は叶わないかもしれない。でもね。俺にとってもクーは大事な人だよ。魔法を教えてくれたのを忘れたのか?」


 そう言うと、常世を握り締めた。


 単純魔法の『命』が僕の右腕を直して、全身の痛みすらひかせた。


「俺は本当に感謝をしている。だから、ここで死のうとするな! 馬鹿!」


 ここ戦場なんですけど? と言いたくなるくらいに泣いていた。


「ああ――分かったよ。ごめんな。すこし自暴自棄になっていた」


「そうだよ。こんな馬鹿魔剣士を相手にしていないで」


「いや、シグルズとは決着をつける」


「だめ――」


「大丈夫、今度は自暴自棄じゃない。僕は勝って戻るから、だからコロネは先に戻っていろ」


「……でも」


「良いから、行け」


 コロネは静かに頷いて、踵を返した。


 シグルズは暇そうに僕たちの会話を聞いていたが、終わると楽しそうに笑った。島の震動が激しくなり、強風も、砂塵も舞い、足元すらおぼつかなくなった。


 魔剣士は鳴子を握り、気息を整えていた。


 僕は初めて使う常世で素振りをして、嘆息するほどの名剣なのが分かっ

た。


「俺は蘇って本当に感謝をしているぞ……これほど滾ったのは久し振り……いや、初めてだ。いくぞ……魔女の騎士……いや、勇者よ」

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