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魔女は絶句しているジニーを尻目に、赤龍と話し始めた。魔女なりの気遣いだろう。
「赤龍はどれくらい動ける?」
「もう、昔ほどは無理だな。だが、魔王以外なら大丈夫だ。さっきもわき腹が痛くなった。体重落とさないとな」
「なら、私が魔王か。上等だね。こっちも温まってきたところだ。勇者と一緒に共闘して以来、ほとんど本気を出していなかったけど、ここ最近では一番絶好調だ」
それを遮るようにジニーの声が、
「下に、下に降りて……」
ジニーの言葉に、魔女が何かを言おうとしたが、ジニーの次の言葉を待った。
「いいえ、すみません。もう、無理ですよね。行きましょう」
下にいる人間は殆ど蒸発した。遠くの兵士たちは何千人か残っているが、ジニーの忠告を聞いて逃げた兵士たちだった。
「謝ることはない」魔女がジニーに言った。「それが普通なんだよ。おかしいのは私――達だ。だから、私達は戦争屋なんだ。そして、こういう時に私は必要とされる。そして、終われば去るしかない。だからそれで良いんだよ――女王陛下」
女王陛下――ディエス・イレで王族は根こそぎ死んだ。そうなると残っているのは、ジニーしかいなかった。
突如、頭上が光り輝き、雷が落ちてきた。赤龍も反応できなかったが、魔女が雷魔法を放って相殺した。島の上に魔王がイブリースを片手に睨みつけていた。初めてみた時よりも白髪が伸びて、筋肉も盛り上がり、精悍な印象に溢れている。より完全復活へと近づいているのだろう。
「赤龍……衰えたか?」
「何をほざく……少しだけ肥っただけだ!」赤龍は口を大きく開き、火炎弾を発射させた。島に直撃すると、大きく揺れて、魔王が舌打ちをしたように見えた。
「このざまか。脂肪を燃やしてから来るんだな」
「魔王如きがほざきおって」
魔女と赤龍は移動しながら話した。
「魔王は時間稼ぎをしているようね。次のディエス・イレを放つまで私たちを遠ざけようとしているわ」
「核を壊して、墜落させるか、動かしてどうにかするか」
墜落させたら、下に人がいたら死んでしまう。
分かっていることだが――そこまで気を使えるほど余裕は無かった。
「赤龍はジニーと獣人の嬢ちゃんを乗せて、迎撃してくる魔王軍を蹴散らしつつ、火炎弾で島を削って――さて、魔王の騎士は何をやるか分かるかな?」
分かっているだろう?
ああ、分かっている。
僕がやるべきことだ。
「分かっているよ。赤龍、僕をあの島に乗せてくれ」
島の上には魔王だけいるように見えるが、誰が出て来るかわからない、特にシグルズとレスターは必ず出てくるだろう。
シグルズ――あいつはジニーを救出した時に、助けてくれた。
必ず、現れて、一対一を仕掛けてくるはずだ。
「駄目だよ。あの島に行ったら……」
「危険は承知、それに世界を救うに比べたら僕の命なんて軽い……」
「そんなこと言わないでください! 馬鹿なことを」
「冗談ですよ」
魔女が意外そうな顔をして、見たことの無い変な顔つきになった。
「どいつもこいつも、育てたやった恩を忘れて、他の女のところへ行きたがる」
その後、ちらりとコロネを見たが、何も言わなかった。
「戻ってきたら、返事をしますから――」
僕がそう言うと、納得はしていないが頷いてくれた。
魔女と赤龍は僕たちの目が回るくらいの軌道で飛び、一気に島の上まで来た。魔女は魔王と戦闘を開始して、周囲の土を吹き飛ばしながら、次元の違う戦いを始めた。僕が赤龍から飛び出そうとすると、ジニーに手首をつかまれて、
唇を交わした。
「待っています」
「ああ――」
僕は魔王とは離れたところで降りて、唇の感触に感動した。
僕がやることは分かっている。
その為に、地球から来たかは分からないけど、僕が此処に来たのには意味があった。
「落ちろ……」
僕はヘルメスをかざして、大空へ向けて突き立てた。僕が初めて使う魔法だが、一度世界を救ったことのある勇者の剣なら、僕の弱さ強さにかかわらず力を発揮するだろう。
「『星』よ……周囲一帯を滅ぼせ!」
ヘルメスから光が発射され青空に消えた。
やがて、空から星が降り注いだ。火薬が破裂したような音が断続的に続いて、島に数十発当たって、地震が起きたように震えた。
「まだだ……。『星』よ。落ちろぉ!」
再び、流星が燃えながら島に衝突した。爆風が僕の体を揺らしたが、僕は何度も何度も『星』を唱えて、島をどんどん削った。
「……勇者の剣、いやヘルメスか。予想外だったな」
魔王がイブリースを地面につきたてて、苦しそうに息をした。核を操るのに、魔力を消費しているためか、槍術を多用して魔女と戦っていた。
「自分の作った剣だ。因果応報だな」
「因果……応報……」魔王は引きつったように笑った。「馬鹿馬鹿しい。そんなくそったれなものが、どうしたと言うのだ。俺は全てを踏み潰して……俺たちの安住の地を手に入れる。権力は滅ぼした……あと一歩なんだ」
赤龍は火炎弾を放ちながら、魔道銃の攻撃を避けていた。左腕の無いレスターがたんたんと赤龍へ向けて撃って来ていた。
「デュラン……!」
デュランが星を降り注ぐために、何度も何度も星を落としていた。
空飛ぶ島に降り注ぐ流星、遠めで見た人間には最後の日のように見えた。 短くも、運命の交錯する一日だった。




