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「おそらく王族に何かあったんだね。翼竜の傷をよく調べてみたら、最上級の雷魔法の傷跡だった。おそらく翼竜は死にかけながらも昔を思い出して、私の家まで飛んできたんだね」
「でも、ここから王都まで凄い距離があるよ」
おそらく飛んだとしても数日はかかるだろう。それに最上級の雷魔法を食らったなら、数日も飛んでいられるわけがなかった。
「いや……この辺は弟王の領地だ。北西にゴレム城があるだろ。恐らくそこから飛びだってきたんだよ。しかしまずいな……村の広場に落としたのは迂闊だった。王族が傷だらけで逃げ出したとなると、ゴレム城から誰かが探しに来るだろうね。村人に女の子はここで預かっているのも知られているから、ここにいたらすぐに見つかってしまうな。……もしかしたら引越しかもね。子供の時から百五十年住んできた家なのに」
「百五十歳だったんだ……」
魔女が呆れた表情を浮かべた。しつこいなー、という感じだ。
「私の寿命もあと五十年くらいだからね。だからデュランを拾ったんだよ。最後の時を看取ってくれる魔女の騎士としてね」
「いきなり悲しいこといわないでよ」
「まあ……だって本当だし」
「ここは……?」
少女が体を起こして、こちらを見ていた。
「魔女の館」
「魔女……神竜の魔女ですか?」
魔女が、口から何かを吐き出すようにウゲッと言った。
「私の名前はベロニカ=クンツよ。魔女と呼んで良いし、ベロニカでも、クンツとでも呼んでちょうだい。だけど神竜は止めて、その二つ名好きじゃないの」
「僕はクー=デュランだよ。魔女の騎士です」
王族と言うことは、あのお姫様を知っているかもしれない。僕の瞳にはお姫様の姿が焼き付いているけど、彼女の名前までは知らなかった。
「私は……」少女の瞳が揺らいだ。「ドラクロワ王国の国王の長女ヴァージニア・ドラクロワの侍女のメリッサです。翼竜は……どうなりましたか? 逃げるときに雷撃を受けて、命からがらゴレム城から逃げ出したのですが」
「翼竜は……」
魔女が翼竜の最後を話すと、メリッサは泣いてしまった。
泣き止むまで待とうと、魔女が僕を連れて部屋を出た。
「侍女か……嘘だね。翼竜に愛着がなければ、あんなに泣くはずも無いからね」
「じゃあ……やっぱり王族なんだ」
「うん。そうだと思うよ」
魔女は顎に手をあてた。
「……私達の身の置き所を考えないとね。遅くとも明日にはゴレム城から兵士が来ると考えたほうが良いね。荷物を整理しておこう」
僕はここに来て五年だ。
大した荷物も無いけど文字を書く練習にしていた日記帳は外せない、後はスレイブを幾つか鞄に詰めていたら、メリッサが扉の奥で隠れて見ていた。
包帯を巻かれていたが、褐色の肌と銀色の髪が美しかった。包帯を外せば顔も美しいのだろう。
「何をしているんですか?」
「あの……」
どう言えば良いのだろうか?
逃げる準備です、とでも言えばいいのだろうか。
「神竜の魔女が逃げるんですか!」
僕の説明が悪かったのか、メリッサは魔女の部屋に入って行った。
魔女も逃げる準備をしていて、お気に入りの帽子をどちら持っていくか迷っていた。片方をかぶり、僕に目線を合わせて(似合う?)とウインクしてきた。
その態度が、メリッサに油を注いだ。
「王国の創始に関わり、魔王が現れたときには勇者と共に魔王を打ち倒した伝説の魔女が逃げるんですか!」
「私に何を期待していたか知りませんが……払える火の粉は払う主義ですので、それに私もそう若くはないのですよ。昔ほどに命知らずではありません」
「お願いします。弟王ヴィルヘルムが反乱を起こしたのです。私はそれを国王に告げないといけないのです。このままでは国土が戦火で灰になってしまいます」
「私は……戦争屋です」
「なっ……」
「そのような頭脳を使う政治的な戦いには、はっきり言って向いていません。そういう時のために臣下がいて、大臣がいて、そういう毎日国のために働いている人が、どうにか国を良くしようと働いているんでしょう? 私は言わば、軍人と同じです。戦いは火種を生み、火種は大地を蹂躙する業火になります。私が力を示さなくても、私と言う存在がいるのを知れば、相手は必ず私を倒せる戦争屋を呼ぶでしょう。そうなれば……業火は全てを焼き尽くすまで止まりませんよ」