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幾数日が経っただろうか、頬の傷も瘡蓋で覆われて目立つようになってしまった。顔の傷があれば、その他がいくら美しくても、醜いと言われるだろう。
ただ……もう、そんなことはどうでも良かった。これから先に、私の顔を見るのはラインハルトぐらいだろう。私に残っているのは、腹違いの弟を噛み殺すことだけだった。
顔ではなく、歯があればいい。
「ご主人、ご飯が来ましたよ」
料理の内容は罪人のものとは思えなかったけど、塩が抜かれていた。塩分を抜いた食事をしていると人間は気力が無くなる。私は食事を終えると、また外を眺めた。
デュランとコロネは何をしているだろうか。
さすがに王都の城の中に侵入することは無いだろう。
その日の夜。
ベッドで寝ていた私を風がくすぐった。
起きて窓を見ると、月明かりと共に風が入って来ていた。
寒いので窓を閉めると、後ろから音がした。
「女性の寝室に無断で入るのは失礼かと思いますが、連絡の方法が無かったので」デュランが調度品を一つずつ眺めていた。「幽閉の塔のわりには高価な調度品ですね。どれを盗んで行こうかな」
デュランがにこやかに笑顔を浮かべていた。優しくしようとしていた。その心遣いが痛いほど胸にしみた。
「一応、泥棒っぽくしたいので何か盗んで行きますね」
「なんで、来たの?」
「コロネから事情は聞きました。なので、酷い目にあっているかと思いましてね。王族のお姫様だから、こういう事態になったら誰も助けてくれない、そうなると数日ですけど一緒に旅をしていた。僕の出番かと思いまして」
「わ、わたしはいかない」
「復讐でもするつもりですか」
「そ、そうよ」
「ジニーが決めたことなら止める権利はありませんね」
デュランが残念そうに呟いて、調度品の一つの金の煙管を懐に入れた。
「ただ……その傷」
デュランはようやく気付いたようで、魔法で回復してくれたけど傷は治らなかった。悔しいそうに歯噛みした。
「時間が経ちすぎている。女の顔に酷いことを」
「やったのは、お父様。酷い父親よね。これなら街娘たちの方がまだ大事にされているわね」
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「泣いているのに?」
私は気付かなかった。頬を涙がつたっていた。
以前、デュランが泣いていた時とは反対になった。
私は子どものようにデュランの腕の中で泣いてしまった。
温かい腕に包まれて、やっと涙が止まろうとした。
「ありがとう」
「以前のこともありますし」
デュランはバツが悪いようで、眼を反らしていた。
「私たちと一緒に行きましょう。王族のように豊かな暮らしはできませんが、私とコロネは一緒にいられます。どこか静かな場所で暮らしましょう」
「気持ちは嬉しいですが、私はこれでも王族です。恥辱は必ず雪ぎます」
これでデュランたちとお別れか――、と思っていたら。
「何を訳の分からないことを! ジニー……おまえは馬鹿か!」
「なっ」私はムキになり。「ここまでされたんだ。復讐を……」
「割に合わないだろ。その先には死が待っているんだ」
たとえそれでも。
「それでも良い……どうせ私は傷物になったから未来は無い」
デュランは黙り込み、私を担いだ。
「へっ?」
「……さらう」
「馬鹿! 離せ!」
「嫌だね。さらったからジニーは僕のものだ」
「おいっ! アイ=ドール助けて」
アイ=ドールは静観していたようで、
「アイ=ドールは、ご主人はデュランと行くべきだと思うの」
そう言うと、デュランの懐に入った。
「裏切り者!」
「頬の傷で心が傷付いているなら、僕が婿を探してあげるから気にすんな」
「そんなのどうでもいい――復讐をしないと気がすまないんだ!」
「僕もジニーが生きていないと気がすまないので、さらいます」
私は暴れて何とか床に落ちることができた。
「近寄るな」
「……ああ、分かったよ。なら帰る」デュランは窓に手をかけて外へ降りていった。「後悔しても知らないからな」
「デュラン……」
本当に行ってしまった……。
突如、後悔が襲ってきて、心臓が痛くなった。
強引に連れて行って欲しかったんだ。
なんで強情に振舞ってしまったんだ。
「デュラン……助けて……」
小さくしか呟けなかった。
涙もぽろぽろと出てきた。
「ほらな。やっぱり行きたいんだろ?」
戻ってきた。
降りていったふりをしただけのようだ。
少し怒りが込み上げたが、デュランの優しい顔を見て吹き飛んだ。
「デュラン……私をさらって。私を連れて行って……」
「はいはい。じゃあ今日のお宝は金の煙管じゃなくて、お姫様……いや、ジニーだ」
デュランは私を抱きしめて、窓台の上に乗って、ヘルメスの鋼を行使した。遥か下から金属が昇ってきた。




