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糸の魔法から開放されたジニーの母親はうな垂れていた。そして、ようやく気付いた。魔法で話せなくされたのではなく、話せなくなるような仕打ちを受けていたのだ。
僕は失礼ながら怪我を治そうとした。だが大暴れしたため、単純魔法で仕方が無いが、コロネに治療を頼んだ。美しい女性が幽閉されていたのだ。予想はついたことだ。そして、肉体だけではなく、精神も病んでいるということだ。
「僕は昔奴隷でした」
ジニーの母親が眼を向けた。
「貴方も酷い目にあったかもしれませんが、奴隷の時は、僕も毎日でした。それも男にね。ですが、僕は生きています。気にしていられないほどに、何回もそういう眼にあったからかも知れませんが……。自暴自棄にならないでくださいね」
無言だった。
僕たちが目を離した隙に、彼女はどこかへいってしまった。
「探しにいかないと……」
「彼女の選んだことだ」
国王に選ばれた時も、悲しみの淵に沈み、再び深く傷付き、ここではない何処かへ逃げたようだ。責めはしない。だけど、彼女の娘は悲しみの渦中にいる。
それにも気付けないのは、虚しいことだ。
馬が死んだので、走るしかなかった。街道を走り続け、僕もコロネも疲れ果てて、食事も喉を通らなかった。休み時は草むらに隠れて、虫に食われながらも、夜通し走りとおして、次の日も走り続けた。追いつけるはずは無いが、王都に向わずにはいられなかった。
私は馬を疾走させてから、次の日の朝には王都に到着した。だがラインハルトの早馬が先回りして国王に知らせていたようで、私は到着するなり兵士に捕縛された。
縄で縛られて、数時間床に放り投げられていた。
足音で、私は眠りから覚めた。
頭を上げて、父である国王を見上げた。
「愚か者め……なぜ生きて戻った?」
嘘だ……。ラインハルトの言うことが本当なのか?
「弟王ヴィルヘルムが私と母を捕縛しました。反乱の兆しがあるため……」
「当たり前だ。私がお前たちを送り込んだのだからな。それも失敗だ。まさか翼竜を召喚して逃げ出すとは、しかも翼竜を死なせてしまうとはな、王国の起源を築いた召喚獣だぞ」
翼竜を死んだことまで知っているのか。
「あちらの領地にもワシの間者はおるわ。村に翼竜が降りてきたとな。まったく、何から何まで使えない娘だ。お前なんぞは死ぬことでしか役に立たないのが分からないのか?」
死ぬことでしか……。
「所詮人間とエルフは別種族、全ての面において相容れない。お前の母親もワシも殆どの面においてあわなかった。唯一合ったのは、性の相性ぐらいだ」
男と女ということだけ。
私が生まれたということだけ。
そして戦争の口実を作るために役に立った。
今ではその価値すらない。
「所詮は愛玩動物、お前たちには汚らわしい愛の対象になるほか価値は無い。だが、さすがは父と息子といったところか、ラインハルトがお前を飼いたいと言っている。未来の国王の慰み者にして――」
私の中で何かが壊れた。
気付くと、飛び掛って噛み付いていた。
剣が煌き、顔が熱くなった。
「うあっ……」
床に血が流れ落ちた。
「その美は罪だ。顔の傷があれば、ラインハルトもすぐに飽きるだろうて」
「……人でなし」
お父様、私の銀髪を美しいと指で梳いてくれたのも嘘だったのですか。
宝石のように思えた思い出が粉々に砕け散り、兵士たちに引き摺られているときに、私の中から美しき粉は飛び散った。
正気に戻った時には、罪人の塔で幽閉されていた。王に反乱した階級の高い罪人が閉じ込められる特別製だ。
スレイブは全て取り上げられた。
デュランから貰った黒曜石の短刀も、アイ=ドール……。
「召喚術、アイ=ドール」
私は手をかざすと、離れ離れになったアイ=ドールが目の前に現れた。
「ご主人、会いたか……あっ、その傷は」
「『石』だけで回復できる魔法は無いね」
「なんて酷いことを、乙女の顔に傷をつけるなんて」
「やったのは、お父様よ」
後で鏡で確認したら、左側の頬に真一文字で傷ができていて、醜く膨れ上がっていた。美しかった髪も自分で斬ってしまい、お姫様から罪人へと堕ちて、顔には酷い傷が付いている。
「ご主人……」
「酷いな……私が何か悪いことをしたのかな」
この部屋の窓が開いていた。
下を覗くと、遥か下に地面があった。
自殺する自由を与えてくれているのだろう。
「危ないよ」
大丈夫、私は恥じて死ぬ女ではない。
「弟の慰み者か……それしか道が無いなら、寝床で噛み殺すよ」
その時、殺されようと悔いは無い。
恥辱は、必ず雪ぐ。




