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「王都に行ったのは間違いないな?」
「うん。でも、戻ってくる途中で……ラインハルトの追っ手もいたし、多分待ってはいないと思うよ」
コロネは間違っている。ラインハルトの手勢が追いかけてくるから逃げたわけではない、王に問いただすために無我夢中で走っているのだ。
コロネの姿が見えなくなったらすぐに出発したはずだ。次から次へと考えが沸いてきて、爆発したように滅茶苦茶になっているはずだ。
お姫様の全てが崩壊した。
こういう時こそ、誰かが横にいなければいけないのに。
「まずい。『鋼』の力は色々応用できるけど、王宮の中となると流石に侵入は難しい」
「どうしよう。クー。俺、頭が混乱しちゃって」コロネは俯き加減で、「俺、孤児だからさ、親がどうとか分からないけど、ジニーおねえちゃん見たことが無いくらいに混乱していたよ。その顔を思い出すと……可哀想で、可哀想で……」
「しかし、今の話で、分かったことが色々あるな。まず、シグルズとレスターの狙いはやはりジニーを王様のところへ連れて行き、その場で刃傷沙汰にするつもりだった。というのも、ジニーが『反乱』したと国中に思わせることが目的だったんだろう。そうすればジニーの軍と騙って軍を動かすことが出来て、国王側へ先制攻撃が可能だった。その後は、ヴィルヘルムが治安目的に軍を出発させて、国王亡き後の王都に入ろうとした。と言った、考えだったみたいだね」
「ってことは、まだ魔王の配下が狙っているかも知れないね」
コロネは慌てて走り出そうとしたが、僕は首根っこを捕まえて、
「馬車に歩きで対抗できると思うのか?」
「だったら、どうするの?」
「あの街には馬がいるぞ」
「待てー! 馬泥棒!(ああ、ラインハルト様にまた怒られる)」
ラインハルトの館は防衛がザルになっていた。昨日の夜の出来事と、ジニー追撃のために優秀な兵士がさかれたためだろう。難なく馬を奪い取り、コロネを背に乗っけて出発した。
「はやく、はやく」
コロネは馬の食料を盗んでいた。僕が馬の食料は人間の十倍くらいだからと盗む前に言ったので、きちんと探してきたようだ。
「急いでも馬が疲れるだけだ」
「もう! 気分だけでも急ぎたいの!」
「わかっているけど、気を張っていると大事なときに気が張れないぞ」
馬を休息させながら、時には馬から降りて、歩いて体力を温存した。目の前には道がどんどん続いている。水平線には山並みが見え、青々しい草が生え揃っている。美しい黒の肌をした女が待ち受けていた。
ダークエルフだった。
ジニーの姿を思い出してしまうが、その女は敵だった。
「お、女だぞ」
コロネは自分も女なのに、敵が女だと躊躇するようだ。
「僕は魔女の騎士のクー=デュランだ。お前は?」
僕はヘルメスを抜いて、もう片方の手でコロネを僕の後ろにさげた。
「俺は大丈夫だよ」
「僕が大丈夫じゃない」
コロネはわざとらしく、フンと言った。女扱いされるのいやなのかも知れない。
僕たちは会話をしていたが、女は名乗る気配が無かった。確実に魔王の配下なのは分かるが、この前の獣人のように腐ってはいなかった。
女は白銀の剣を抜いた。
ヘルメスを持って待ち、コロネを更にさげさせて待った。
間合いにはいり、すぐさま10合打ち合った。
強いと言うより、相手が守りにはいっているので、打ち合いになっている。
「まったく殺意が無い……どういうことだ……」
僕は銀の剣の打ち込みを退きながら、相手の真意を窺った。そして、僕は相手を理解した。僕は腕を取って女を地面に叩き付けた。
「逃げるぞ! この人と戦っちゃいけない!」
「どうしたの?」
「僕が馬鹿だったすぐに気付けばよかった」
ジニーの姿を思い出してしまう――それはダークエルフだからではない……。
「あの女の人は、ジニーの母親だ!」
「つまらんな。気付いてしまったか」馬の上に、やせ細り骨ばった男がいた。「あと一歩だった。殺してしまえば、お前の苦痛に歪んだ顔を見られたのにな。他人の苦痛と言うのは、蜜の味だからのぉ」
「誰だ?」
「俺は魔王軍のお庭番のドローンだ」
「僕は魔女の騎士クーデュランだ」
ドローンの乗っていた馬の四肢が明後日の方向へ折れて、血が噴出して地面に染み込んだ。馬は綺麗に畳まれてしまった。
「俺の魔法はいまだに解明されていないようだな」
ドローンは笑っているが、だいたい推測はついた。
「糸の能力だろ」
僕が平然と言うと、ドローンは笑い出した。
「お見事だ。さすがにお勉強をしているだけあるな」
僕は糸が繰り出される前に、コロネの腕をつかんで抱きしめた。
「どさくさにまぎれてなにを……」
「『鋼』の力で守る。しっかりと抱きついていろ。あの馬みたいになりたいか」
コロネの顔は赤かったが、僕の体に抱きついた。
そして、僕は気付かれないように指の腹を剣で斬って、剣を地面に軽く突き刺して集中した。
「おーっと、待った。誰が動いていいといった」
ジニーの母親の腕は真上に伸びて捩れた。
「なんて野郎だ」コロネが悪態をついた。
「どーだ? 動けるか?」
ジニーの母親を連れてきたのは、国王に対しての人質として意味が無いからだ。それならばと、別の有効利用を考えたのだろう。
それが、この外道の仕打ちだった。
「どうした? 剣を置け」
「嫌だね」
ここで引けば確実に死ぬ。
非道の行動だが、気を張らないと負ける。
「クー。剣を置こうよ。ジニーおねえちゃんのお母さんが殺されちゃう」
「置いたら殺される。そんなことしてたまるか」
「く、クー……」
「ほほう……なかなか強情だ。だが、本当に良いのか?」
「良い? 何が」
「この女がころさ……」
「はっ、時間をかけ過ぎだ」
ドローンの体に蹄鉄が四つめり込んだ。僕とドローンの間には鋼を介する物はなかった。近ければ媒介は無くてもいいが、今回は遠すぎた。だが、無いなら作ればよかった。馬の血が大量に地面に染み込んでいるのに眼をつけて、僕は血の中に入っている鉄分を利用した。僕の掌を剣で斬り、血を地面へと流し込んで、何とか馬の血が行使できる位置まで、鋼の力で送り込んだ。あとは、馬の足についている蹄鉄に眼をつけた。
「いでぇっ!」
僕はドローンの元まで走った。反撃の余地を許せばこちらが危なかった。
「ま、まて! まだ!」
「外道の良く着く先は地獄と聞いているぞ」
「い、嫌だぁ! あそこにはもどり……」
「じゃあな。死にたくなければ、二度と蘇るな」
ヘルメスが体を通った途端に、ドローンは砕け散った。やはり不完全な復活なのだろう。あっさりとした死に方だった。




