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「怖くない? ああ怖いさ……」僕の独り言にシグルズは聞き耳をたてていた。「死は怖い、生きるのも怖い、痛みも怖い、傷つけるのも怖い、全てが怖い、だが――そんなのは当たり前だ。僕が生み出す負の感情も全て、僕のものだ。僕は最悪と最低を肯定して生きる……本当の強者になる」


 僕はシグルズへ向けて、ヘルメスを片手でだらりと構えた。


 まだ、間合いの外だ。


 シグルズの獲物は鳴子――『音』属性だが、この男は魔法を使っては来ない。


 それは絶対に言える。


 彼は剣士の尊厳プライドを最も大事にする男だ。


 それは命よりも尊いのだろう。


 人はそれを馬鹿だというだろう。


 そのとおりだ。


 メンツを大事にするなど愚かなことだ。


 だが、それにたぎる気持ちは嘘ではない。


 嘘ではないなら、それが嘘でも大事だと思うなら、命を賭ける価値はある。


 彼我の距離、いまだ間合いの外。


 今回は打ち合うことを考えない、最初の一撃で絶対死を食らわせる。


 相手もそのつもりだ。


 慣れていない左腕の影響を考えれば、一撃のみに集中して魂を賭けるのが必定だ。


 僕は間合いの一歩外で大上段に構えた。


「分かっているじゃあないか。この時代にも馬鹿がいるとは、蘇って正解だった」


 シグルズは下段に構えて、すり足で入ってきた。


 転瞬。


 シグルズの左肩にヘルメスを叩き込んだ。


 僕の左脇腹に衝撃が走った。


 僕はシグルズの頭を狙ったが、頭をずらされて左肩に叩きこんでしまった。他人の腕を捨てる判断を下したのだ。


 いっぽう、僕は運が良かった。太刀筋は脇腹から、斜め上に心臓ごと両断する必殺の一撃だった。ギルが作ってくれた魔法の軽鎧は神速の斬撃に一撃で粉々になってしまった。それでもわき腹が何本か折れてしまった。


 最初にであった時とは比べ物にならないくらい早くなっていた。


 二回目は魔法を駆使していたので気付かなかったか、世界を恐怖の渦に叩き込んだ魔王とはここまで恐ろしい配下を連ねているのかと舌を巻いた。


 傍目から見たら相打ちだが、防具の差だったと言えるだろう。


「どうした。肋骨が折れたぐらいで。まだ体は動くだろ?」


 シグルズは左肩をさすって、白銀鋼の鎖帷子を捨てた。肩の部分がほとんど壊れており、全ての部分に損傷が走っていた。


「どちらも鎧に命を救われたな。不本意だが仕方あるまい――もう一度やれば……」


 その声が遠のいた。


 僕はヘルメスを杖代わりに、体を無理矢理動かして、銅貨を操り、追撃を退けた。


「おにいちゃん、危ないぜ」


 レスターが僕に向けて銃を撃ってきたのだ。


 次の展開には驚いた。シグルズの鳴子が煌いて、『音』属性の魔法がレスターを吹き飛ばして、壁に激突させた。死んだかと思ったが、レスターは事も無げに起きて、ぶつくさ文句を言った。


 もっと驚いていたのはジニーたちであった。何とか逃げながら戦っていたのに、まさかまさかの兄弟喧嘩が始まったのだ。


「一回目は許す。二回目は駄目だ。俺たちは仕事に来ているんだぜ」


「兄の邪魔をするか?」


 僕はこいつらに付き合うのを止めた。銅貨で金属の壁を作って、隠れながらジニーたちの元へ行った。


「なさけ無いですね。相打ちとは」


 僕が脇腹を抑えながら言うと、ジニーが頭を振った。


「こんどは勝ちましょう」


 コロネがもぞもぞしていたので、何をしているかと思ったら、骨の剣を手にして僕に向って念じていた。骨の剣はみるみる損傷していき、一気に砕け散ったが、『命』の単純魔法が脇腹の痛みを軽減させた。


「で、できた! できたよ! クー」コロネが喜びすぎて、僕に抱きついてきたが、あばらが完治していないので死ぬかと思った。「ご、ごめん」


「いーよ。ありがとう。それと頑張ったね。クー」


 僕はコロネを褒めつつ、内乱勃発中の二人を見た。



 その時、天佑が来た。


 多分、シグルズの音魔法が悪かったのだろう。


 遠くから足音が聞こえて、洞窟内がどんどん変化していった。


 蠢き、内部を変えて、現れたのは赤龍だった。


 全員忘れていた。ここは、赤龍の洞窟なのだ。


「きさまらぁ!」


「すみませんでした」


 レスターが土下座をしたが、シグルズは顔が引きつって、レスターの足をつかみ逃げ出した。地面に顔を強かにぶつけながら、追跡者は元来た道を去っていった。


 そして――怒りの矛先は僕たちに向った。


「きさまらぁ!」


 僕たちは言葉にならない言葉を発しながら逃げた。さきほどの温厚な態度とは打って変わって怒り狂っていた。


 コロネは腰砕けになり、僕が担いだが、何やら生暖かいものを流していたが、気にするのは止めた。


 恐怖に震えながら、一日中歩いて、おそらくあと七日だ。


 僕たちは死ぬほど疲れていた。あれから追跡者はやって来ないが、単調な景色にすでに飽きてしまい、なかなか辿り着かない出口に焦りを抱いた。

 残り六日、朝を迎えた時に、僕たちは外へ出ることが出来た。だが、ここから王都まで行くのには一週間ほどかかる。適当な時間計算だが、どうにか速度をあげたいところだ。


「や、やった……」


 我慢の限界だったコロネが草むらに転がった。


「よかったなー。おもらし」


 僕とアイ=ドールの中ではコロネの名前は『おもらし』に改名されていた。

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