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「そこの獣人……貴様からは狼王ロゴの臭いがする。この匂いは本当に懐かしい、何百年も前の匂いだ。人間になりたがった狼の子孫が獣人になったことは喜ばしいことだろう」


 コロネは赤龍の大きさに驚いて、僕の体にしがみついていた。普段ならジニーに甘えるところだが、ビビリすぎて痛いほどにしがみついていた。


「そこのエルフ――ジオ=ドラクロワの臭いがする。王国のものだな。久し振りに来たと思ったら、見舞いの品もなしか? まあ、いい……」


 ジニーも震えていたが、威厳を正してお辞儀をした。ジニーは特に怯えていただろう。赤龍の領域にはいることはしてはならないことだ。それが国の代表者たる王族が行ったのだから酷い目にあうと思っていた。


「クー……いや、魔女の匂いか?」僕はいきなり名前を呼ばれて驚いたが、魔女の匂いを勘違いしたのだろう。「宿敵たるワシの元に来て何がしたいのだ?」


 赤龍が喋りをやめて、僕たちを見つめた。


 何か喋るか待っているのだろう。


 口火を切ったのはジニーだった。


「誇り高い赤龍、私はヴァージニア=ドラクロワ。ご指摘の通り、王国のものです」


「礼儀正しいお嬢さんだ」


 僕もコロネも続けて名乗り、赤龍が再び喋り始めた。


「ここはワシのねぐらだ。いままではたいしたことの無い連中が何度も通ったのは見逃してきたが――お前さんたち三人を見逃すことはできなかった。いったい――何が起きているんだい?」


 旅の目的を聞いているのだろう。


 ジニーは迷っていたが、喋り始めた。この旅の経緯と、今までの道のりを話した。


「成る程、馬鹿なことだ。権力を手に入れても、幸福になることは無いというのに。お嬢さんが、国王に反乱の兆しを告げたとしても、戦争を完全には止めることができないだろうね」


「確かに小競り合いはあると思いますが、何もしないよりは遥かにましです」


 赤龍はその後もジニーと話していたが、僕にはそれを聞き取ることはできなかった。なぜなら、赤龍は僕の脳に直接話しかけてきたのだ。


(気をつけるがいい……話を聞く限り彼女は再び此処に来るであろう)


 僕は慌てた。


(どうしてですか?)


(わからんのか? 追いかけてくる連中が此処の地図を手に入れた。となると、やつらは彼女を国王に合わせたがっているということだ。それがやつらの狙いなのだ)


(狙い……何かが起きるんですか?)


(私は神ではない――だが、やつらの動きがそこに集約していることを考えると、何かが起きるに違いない)


 赤龍はそれ以上会話を止めた。


「幸運を。お嬢さん」


「ありがとうございます。赤龍」


 僕たち三人はぎこちなく歩くと、歩いた先に道ができた。再びうねった道が出現した。


 ジニーは大きく溜息をついて、


「緊張したー。やっぱり、伝説の龍ってのは威圧感たっぷりだね。でも思ったより優しかった」


「俺……ちびったかも」コロネはがくがくとしていた。「でも、俺のご先祖様の名前を始めて知ったよ。狼王ロゴか。カッコいいね!」眼をキラキラと輝かせた。


 僕の頭の中は、赤龍の言葉でいっぱいに満ちた。


 何かが起きる。


 僕はそればかりを考えて、一日中歩いた。


 おそらく残り日数、あと八日。太陽が無いので、時間の感覚が殆ど無いが、腹の具合と眠気の量で、そう解釈した。



 そして、とうとうやって来た。


 音波が僕たちを追いかけて来ていた。コロネもジニーも最初は先を急いだけど、僕が迎え撃とうと言ったら意を決したようだった。できるだけ広いホールの場所を見つけて、僕たちは岩陰に隠れて来るのを待った。


「ふう……手間取らせやがって」


 レスターが魔道銃を手に、僕たちが隠れる岩に弾丸を撃ち込んだ。水魔法が発動して、岩が砕けた。と言っても、隣に岩があるので、また隠れた。


「おにいちゃん……早くでて来いよ」


 どん! でかい足音を響かせて、シグルズは歩いてきた。


「一度目の戦いは体の不調により、二度目の戦いはあまりに不利だったため……二つの戦い共に貴様の卑怯さが目立った戦いっぷり、騎士の名を返上してもらおうか! 魔女の騎士よ!」


「おにいちゃん……早くしてくれよ」


「何が卑怯だ! お前の弟は女を誘拐して、今だって先制攻撃してきたじゃないか!」


「その通りだが、弟ゆえに注意はできんのでな」


 身内に甘いやつだ。


「と、言うわけで、勝負だ」シグルズは常世をその場において、鳴子を両手で構えた。「魔女の騎士を一対一で勝負だ。卑怯な手は使うなよ!」僕たちは銅貨を用意していたが、その言葉に僕の尊厳プライドがくすぐられた。


 僕はヘルメスを手にすると、ジニーが手を押さえた。


「馬鹿なことは止めてください。私たちに有利なのは数です。一対一で戦うなんて前時代的ですよ」


「それはそうですね。やつらは反魂の魔法で蘇ったんですから」


 僕はヘルメスを素振りしながら、シグルズに近づいた。


「おおっ! 流石だ。魔女の騎士たるもの。そうでなくてはならん! 特にクー=デュランの名を継ぐならば、彼が好んだ一対一の決闘に対して逃げてはいかんぞ!」


 いちいちうるさいな。


「さあ、来い。魔剣士シグルズが貴様に騎士道を教えてくれよう!」


「あーあ、相変わらずだな。おにいちゃんは」


 レスターは呆れていたが、少女二人を見つけると舌なめずりした。


「お姫様には手を出すなと言われたが、けっこうカワイコちゃんがいるじゃあねぇか」レスターの視線はコロネを貫いていた。「獣人か……久し振りに……自殺したいと懇願するまで弄んでやるか」

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