16
僕は富裕者が暮らす街まで足を伸ばした。
ここは変わっていない、昔からの街並みを保管しているので、建物の壁も隣接した建物と似ているように作られている。
僕はコロネの家に勇者の剣を置いてきて、スレイブも無しで出かけていた。旅で汚れた服を、古着屋で売って、安物だが新品の服に替えていた。安物でも汚い服よりは不審に思われないだろう。
僕は覚えのある建物の前を通り抜け、隣の建物の扉を押してみた。幸い扉は開き、階段も登ることができた。最上階の廊下の窓を開いて、隣の建物に移れる窓が無いか探した。一階下の窓から移れそうなので、降りてから隣の建物に侵入した。
綺麗な廊下、表面だけの飾りだった。
階段まで行き、誰もいないのを確認してから最上階に昇った。そして、僕は覚えのある扉を叩いて、中から人が出てくるのを待った。
声がして、目当ての肥った男が出てきた。
「随分と早いな」
僕は返答がわりに肥った男を殴りつけて、部屋の中に蹴り戻した。
扉を閉めて鍵をかけた。
「……久し振りだな」
男は呆然としていたが、思い出したようだ。
「……1013番か」
僕は奴隷時代の名前で呼ばれた。
「憶えてもらって嬉しいよ? そんなに良かったか?」
僕は黒い笑いを抑える事ができなかった。
「懐かしい部屋だ。こんな日が来るとは思わなかったよ。五年も変わらず、お気に入りの部屋を使っているとはね。すこしは警戒したほうが良いんじゃないか?」
「……生きていたのか」
「お前より若いんだよ。そう簡単に死ぬわけが無いだろ? お前の死因を予言してやろうか? 腹上死だよ」
「……何をしに来た?」
「家族はまだ生きているだろ? 貴族様がこんな所で、真昼間から、少年を買っていると知ったら、お前の地位は終わりなんじゃあないか?」
そういうことか、と肥った男はうなった。
「証拠があるのか?」
「ここにいるんだ。今から来るんだろ? そいつと一緒に、お前の家に押しかけようか」
「くそがきめ」
「慰謝料が欲しいところだね。それもたっぷりと」
「くそっ……」
「お前に選択の余地があるとは思えんが。早くしてくれないか」
その日の夕方までに、大金を集めることが出来た。
本当に武器とスレイブを持って行かなくて良かった。
勢いあまって、殺してしまうところだった。
「どうしたんですか。この大金!」
「まあ……気にしないでください」
コロネの家は狭いが、旅支度が広がっていた。
ある程度用意ができたようだ。
それに見たことの無い石の人形が置いてあった。
「……大丈夫ですか?」
「……どうしてですか」
「震えていますよ」
僕は気付いていなかった。子供のころの恐怖を思い出して、足がガタガタ震えていたようだ。僕は床に座り、何度か足を叩いてみたが、震えは止まらなかった。
僕がジニーに奴隷だったと言わなかったのは、僕が地球からの漂流者だからだ。黄色人種で黒髪と言うのは、この世界では希少種なので、奴隷になってしまったら物珍しさから売春をさせられるからだ。
ジニーはそれを知っているはずだ。だからこそ、奴隷を解放しようとしている。
「大丈夫ですよ。心配しないでください」
ジニーが僕を抱きしめてくれた。
「落ち着きましたか?」
ジニーの服の胸元が涙と鼻水で汚れていた。胸の感触に安らぎを覚えてしまった。
「すみません……」
「いえいえ、誰だって泣きたい時はありますから」
ふー……取り乱してしまったな。
ん? 何か違和感があるぞ……。
「これが新しいご主人? 泣き虫は嫌だなぁ」
石の人形が微笑みながら、僕たちを見ていた。
「うおっ! 魔物か!」
僕は急いで勇者の剣と、スレイブを探そうとした。
「あっ、違うよ!」
ジニーが僕を押し留めた。
「昼間、色々物を買っていたら、バザーで彼が売っていたのよ。びっくりしちゃったわ。持ち主は彼を召喚獣だとは思わなかったみたいね」
「アイ=ドールはね。アイ=ドールって言うんだよ。アイ=ドールのご主人はどちら?」
小さな人形だが、石製のアイ=ドールがそこにいた。
※アイ=ドールは男の子です。女ではありません。




