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プロローグ

 僕の記憶に家族の記憶はなかった。


 あるのは、少年兵だったときの記憶だ。


 その時の記憶も彼方にあって殆ど憶えていない。


 少年兵として毎日毎日、戦って、ある日空から爆弾が降ってきた。


 魔女に聞いたら、爆発の衝撃で空間が捻じ曲がり、特異点が発生したと言うことだ。


 まあ、気付いたら美しい世界だと思った。


 戦意高揚映画で見た西洋の世界のようだった。


 あの世界では戦火で蹂躙されていたが、こちらの世界は本当に美しかった。


 見渡す限りに緑が広がり、空気には命が満ちているようだった。


「本当に美しい国だ」――地球の言葉で、僕は呟いた。


 だが、最初の余裕はすぐに消え去った。


 一緒に爆死して、移動してしまった何人かの仲間がいた。


 放浪している間に何人かは病死、それ以外は奴隷商人に捕まった。


 僕も奴隷商人に捕まり、多くの嫌な思いをした。


 思い出したくない記憶がいっぱいある。


 そのせいで、地球の記憶も霞の彼方に消えたのかも知れない。


 だけど、奴隷最後の日は鮮明に覚えている。


 褐色の肌に、美しい銀髪、真っ白な絹のドレスを着た少女が泣いていた。


 彼女は泣いて、泣いて、泣いて……奴隷を解放してしまった。


 信じられなかった。


 奴隷商人は金を貰い、渋々僕たち奴隷を解放した。


 口々に昇るのは「お姫様」という言葉だった。


 僕はその時、この世界の言葉をまったく知らなかった。


 だから僕が最初に覚えた言葉はお姫様と言う言葉だった。


 彼女の姿は永遠に忘れることは無い。


 僕にとって、それは不滅の存在となった。


 最後の日を迎える間際に、僕は彼女を必ず思い出すだろう。



 僕たちは開放をされたが逃げなければならなかった。


 奴隷商人はお姫様の目が届かないところに行けば、必ずもう一度捕獲して、僕たちを奴隷として売り払ってしまうだろう。


 あいつらの考え方は分かっている。


 どれだけ逃げたか分からなかった。


 胃の中には何も無い、手先に感覚はない、だけど両目だけは意識を集中して動かしていた。


 驚くほど衰弱していたのだろう。


 僕は、僕目線の映画を見ているような、不思議な感覚に陥っていた。


 やがて、

「手間取らせやがって」


 僕は捕まり、奴隷商人の用心棒に棍棒でたたかれた。


 痛みで全ての感覚をたたき起こされ、恐怖が僕を支配した。


「お前を逃がすわけにはいかないんだよ。かわいこちゃん。黄色の肌に、珍しい漆黒の髪、お前は何度も何度も高く売れるんだからな」


 背中を何度も叩かれた。


 痛みは走らない、屈辱と怒りが僕の頭を支配した。


 力が欲しい。


 わずかでいい……あいつの持っている棍棒でもいい。



「止めなさい」


 僕の二人目の救い主が、木陰で石に腰掛けていた。


 西洋人のような真っ白な肌に、黄金も霞むような髪、男を魅了して止まない夢魔を具現化したような均整の取れた体をしていた。


 彼女はゆっくりと立ち上がると、用心棒の方へ歩いてきた。


「こいつは脱走した奴隷だ。お前には関係な……」用心棒は目の前の彼女の美しさに気付いて、ついでにこの女も捕まえようと頭の中で計算したようだ。「へっ、へっ、へっ」犬が呼吸するような笑い声だった。


 その時、僕は彼女と眼が合った。


 用心棒は僕から目を離して、警戒を怠っている。


 僕の目の前に石が転がっていた。


 石を掴み、用心棒を殴りつけた。用心棒は悲鳴を上げて転がり、棍棒を地面に落としてしまった。僕はすかさず棍棒を奪って、用心棒の頭を殴り、立場を逆転した。用心棒は悪態をついて逃げ出したが、僕は追えずにその場で腰を抜かしてしまった。


 体に染み付いた負け犬を追い出した。


「よく反撃したね。手を貸そうかと思ったけど、必要がなかったみたいだね」


 僕は喋れなかった。


 彼女がなにを言っているか分からなかった。


「喋れないのか。だけど、強い子だ」


 彼女は僕に手を差し伸べた。


 僕は手を握り返した。


「だけど、名前がないのは不便だ……クー=デュランってのはどうだ。私の一番最初の騎士の名前だ」彼女は僕を指差して、「クー=デュラン」と何度も呼んでくれたので、それが僕の名前だと分かった。


「私はね」彼女は自分を指差して、「ベロニカ=クンツ。魔女よ」


 僕は、魔女の騎士になった。


 それから、五年が経過した。

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