12
僕は違和感に気付かなかったが、ジニーがそわそわしているのを見て、何かが起きていると仮定した。
何かしらの魔法だろうか。
だが、そういう違和感は――。
僕の背中には、錆びた剣があった。
まさか――僕は錆びた剣を地面において、剣から離れると、皮膚に鈍い針を刺したような違和感が広がり、あきらかに何かをされていると気付いた。
『鋼』属性が裏目に出たようだ。召喚術を使うだけありジニーも優れた素質を持っているが、魔女の下で鍛えられた僕のほうが魔法能力は高いようだ。
「これは……音波探知だ」使い手が音波を発して、反射させて位置を掴んでいる。どうやら気付かれないように誰かが後をつけているようだ。それも、もうすぐ接触するつもりなのだろう。ここまで近づいていたら……。
「近いね」僕は鞄を取り出して、『音』属性のスレイブを取り出した。『夜のオカリナ』を取り出して、僕は音波探知に合わせて「音波」を発射させた。
かく乱作戦だ。
相手もこちらが気付いたのを気付くだろうけど、すでに接触は時間の問題だ。なりふりかまってられない。ただ夜のオカリナはそれほど耐久力がないので、出来る限りこちらが有利な場所に移動して、そこで相手を退けるのが最善手だろう。
「あきらかな敵だ。迎え撃ちます」
ジニーの顔に恐怖の色が浮かんだ。
コロネは首を傾げた。そうだ、コロネにはこちらの素性を明かしていなかった。僕たちが何かあったときにコロネに被害が飛び火するのは避けたかった。
「コロネ。言っていなかったが、僕たちは命を狙われているんだ」
「えっ!」
冗談? って顔をしたが、冗談ではない。
「だから、僕たちはこれから闘うけど、コロネは隠れていろ」
「俺も闘うよ!」
その闘争心を、僕にわけて欲しかった。
「駄目だ」
コロネは尻尾を怒らせて振った。
僕たちは走って、有利な場所を探した。走って、走って、崖にぶつかり、そこから下は目が眩むほどの高さ、静々と川が流れていた。
「行き止まりね。別の場所を……」
「いや、繁みに隠れよう」
かく乱作戦は止めた。
夜のオカリナを崖の間際で行使して、音波を追跡者に知らせるように発すると、粉々に壊れてしまった。耐久度が尽きてしまったようだ。
破片を全て川へ投げ捨ててから、僕たちは急いで繁みに隠れて、皆で勇者の剣をつかんで息を殺した。僕は『鋼』によって魔法の感知能力が低下したが、逆に言えば相手の音波は『鋼』の能力によってかき消されたはずだ。僕たち全員が『鋼』の支配下に入れば相手から探知はできない。
そう考えると、コロネが合流したのが、運の付きだったのかもしれなかった。魔王は僕たちが二人で逃げたのを分かっていた。追跡者には僕たちが二人だと告げるはずだから、追跡者も二人組みで歩いていて山の中を隠れて歩いている人間を探せばいいと考える。最初二人で歩いていた時は僕たちに気付けなかったはずだ。
二人で歩いていた時は、鋼の影響で一人だけの気配だったということだ。
『鋼』属性も最近解明されたものだから、魔王はその効果を十分に知っていないのだろう。魔法に慣れ親しんでいるものでも『鋼』は敬遠しているので、音波探知を退けるとは思っていないと仮定した。
「違和感はいつぐらいからしていました?」
「今日の朝ぐらいかな。気のせいかと思っていたんだけど」
魔王は『鋼』の能力を理解していないようだ。
理解をしているのなら、二人で行動している時にすでに違和感があってもおかしくない。
なら、この作戦は通じるはずだ。
確証はできないが、信じる価値はあった。
崖っぷちで僕は音波を発したので、追跡者は崖から降りたと思って端まで行く、その高さを見て飛び降りたとは思わないはずだが、確認するまでに隙が出来る。僕たちは『鋼』の能力で音波探査から逃れるので透明人間と同じだ。追跡者が崖の下を覗いている隙に、背後から攻撃を加えて、突き落とせば崖下へと落ちる。これしかない。だが僕が錆びた剣を構えたときに、コロネとジニーは『鋼』の恩恵から外れることになる。
その隙に、気付かれる恐れがある。
不安はあった。だが覚悟をしなければ何もできない。
繁みの横を顔色の悪い剣士が歩いていった。剣は腰に差して、手には弦楽器のようなものを持って、音波探査を行っていた。
その弦楽器は都合よくマイスターなはずが無いが、かなり耐久力があるようで壊れる気配はなかった。
このまま、ここで『鋼』の恩恵を受けたままで隠れるか……いや、それは駄目だ。僕の鞄には『音』属性のスレイブはもう無い、この山にいる限りは音波探査を誤魔化すことができない、その状態で三人が『鋼』を持ったまま動いても、こちらに感知能力が失われた状態なら追跡者のほうが有利なのは変わらない、三人がバラバラで逃げる方法もあるが、それだと国王に会うという目的が達成されない可能性が高くなる。
色々考えても仕方が無い。
追跡者はすでに崖の端まで歩いている。
崖下を覗こうとしている。
僕はコロネとジニーの手を離して、音を立てないように、錆びの剣を片手に、無音で追跡者の背中に剣を叩き付けた。
金属がかち合う音が響いた。
「後ろからとは卑怯な」
剣士は剣を抜き放ち、錆びた剣を押し返そうとしていた。
「俺はシグルズ。魔剣士だ。お前の名は?」