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「誰だ。お前は!」
「名乗るほどのものではありません」
僕が一撃を食らわせたのは若い男だった。ウェアウルフを押さえつけている髭男は呆然としている。
禿頭の男が僕の動きに反応して、骨の剣を繰り出してきた。錬成士が作り出した『命』属性の剣だ。といっても、たかが山賊だ。体力を回復する単純魔法の『命』ぐらいしか使えないだろう。
骨の剣の切り払いを、錆びた剣で受け止め、前蹴りで距離を取った。
「てめえ!」
威勢は良いが、頭上から降り注いだ石に禿頭男は気絶した。ヴァージニアが黒曜石の短刀を構えて、魔法を詠唱していた。たしか「ロック・ガン」とかそういう名前の魔法だ。
「げえ」髭男がウェアウルフの少女を離さずに、崖の下に退き金属製の短刀を取り出した。
良い判断だ。上からの石の雨に警戒したのだろう。
「このガキがどうなってもいいのか」少女に短刀を突きつけて、顎の横から耳へかけて舐めあげた。
「良い機会だな……」
僕は剣に『鋼』と詠唱した。使い方は分からないが、魔法を散々使っていたので感覚はわかる。単純魔法は魔法を憶えれば簡単に使うことができる。髭男の短刀に焦点を定めた。
すると――短刀はゴムのように伸びて、伸びて、伸びて、崖に突き刺さった。
「なんじゃあ。こりゃあ!」
「思ったより変な感じになったな」
短刀は薄く、軽やかなアーチを描いているが、武器として使える代物ではなくなっていた。
さあ、どう料理してやろうか。そう思ったとき、
ウェアウルフの少女が髭男を突き飛ばして、鋭い牙で踵に噛み付いた。
髭男は悲鳴を上げて、少女の頭を蹴りつけた。
今度こそ剣を……と思ったが、少女はまたもや髭男に飛びかかって首に噛み付いた。髭男は体を回転させて、少女を掴んで投げようとした。鋭い犬歯が深く突き刺さっているのだろう。なかなか離れることはせず、といっても取っ組み合いに加勢するのは難しかった。間違えば剣で少女を傷つけてしまう。
二人が離れたと思ったら、髭男は半べそをかいて泣いた。
少女がとどめとばかりに、飛び上がったが、僕はその前に少女を捕まえた。
「もう、勝負はあった。殺すのは止めろ!」
「離せ! アイツは殺す!」
さすが獣人といったところだ。野生の気迫で暴れ回り、下手をすると吹き飛ばされそうだった。よくもまあ、山賊たちも捕まえていたものだ。
髭男は走り出して、残りの二人を起こして、そのまま逃げてしまった。
少女は僕の腹をけり、くるりと回転して、四足で吼えた。
「よくも邪魔をしたな!」
だが最初に助けたのは僕だ。
「あいつらは俺を辱めようとした。その報いを受けるべきだ」
ん? 俺……?
「……女でしょ」
「俺 は 男 だ ぁ !」
目の前にいるウェアウルフはボロを着ている。胸も膨らんでいないが、あきらかな美少女だった。だが、男となると美少年と言ったほうが良いのだろう。
「ていうか、最初からその力を出せばよかったのに」
馬鹿じゃないの?
「うるさい! 最初から隙を窺っていたのだ!」
えー、助けた意味無かったんじゃん。
「大丈夫だった?」降りてきたヴァージニアがウェアウルフの前に立つと、
「ありがとうございました。さきほどは石の魔法を使っていただいて」
「良かったね。無事で」
なぬ。ヴァージニアには丁寧な言葉遣いだ……。
「僕も助けたぞ」
「お前は別だ! 俺の復讐を邪魔しやがって!」
コノクソガキー……。