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「神竜の魔女が負けるなんて……」一言呟き、ヴァージニアは黙ってしまった。
僕の表情が余程暗くなっていたからだろう。彼女もあの爆発のあとに気絶していたようだが、僕より先に目を覚まして魔女の館を見てきたようだ。
全てが抉れてなくなっていた。
ただ魔王も、魔女の死体もなかったらしい。
「……先を急ごう。道を歩けば王都まで行くのはそれほど時間がかからないけど、普通に考えたら道で検問を行うはずだ。悲しんでいる暇はないです」
僕は自分に言い聞かせた。
そうしないと、泣いてしまうような気がしたからだ。
魔女の館から北西側にゴレム城だ。
推測だが魔王はゴレム城から南下して、東へ向い、近隣の村を通り、さらに東へ行き魔女の館へ着いたのだ。
魔女の館から王都へ向うなら、村から西へ真っ直ぐと進み、ゴレム城へ北上せず西へ進む、しばらく進むと商業都市ノイルに到着する。ここからさらに西へ行き、関所を通過する必要がある。そこからは数々の街があるが、正規の道を歩かなくても一週間ほどで到着するはずだ。
とにかくヴィルヘルムの領地から脱出するのを第一に考える。
問題は関所だ。
通行税を取るために、その場所以外は通り抜けが難しく、そこを通過しなければ王都へは行けないとされている。
だが、それは嘘だ。
関所の近くは峻厳な山並みがあり、通行が厳しいが、関所の遥か南側の洞窟を通れば、迷宮のようになっているが行くことが出来るのは公然の秘密となっている。
なぜ、誰も通らないのか。
それは、そこには赤龍が住んでいるからだった。
赤龍の住処を通過する案をヴァージニアに告げると、迷ってはいたが承諾してくれた。
「そうね。そこを通るしかないかもね」
「当然、お姫様を捕まえようとする連中もここを通ることを想定するでしょうが。赤龍のお膝元なので洞窟内に入ることを了承されていません。一般人と違って国王の身内が赤龍の洞窟に入ったのを知られたらただ事ではすまないでしょうからね」
「でも、本当に通り抜けられるかな」
「……考えがあるんですが、商業都市ノイルで冒険者に相談するのもありかも知れませんね。ただ冒険者ギルドは国によって管理されているので危険ですが、荒くれ者の冒険者の中にはあそこを通過したりするものもいるでしょう」
「信用できるかな」
「難しいですが。行軍するときに現地人を雇って安全な道を通行することはよくある事です。金さえ積めば働く連中はいくらでもいると思います。ただ運よく見つかればの話ですが」
と、言うことで、山道を警戒しながら歩いていた。時々、道を見て兵士たちがいないか確認したが、影も形も見えなかった。
もしかしたら、魔王がまだゴレム城へ戻っていないのかも知れない。魔女の館での爆発で死んでいるかもしれないが、そういう都合のいい考えはしないほうがいいだろう。
色々な考えが浮かんでは消えたが、一つの思いが邪魔をした。
僕の魔女が死んだかも知れない。
魔女の騎士と言うのは、ただ魔女の護衛をしているから魔女の騎士ではない、僕の体には特殊な魔方陣が施されており、もしも魔女が僕を呼びたいなら、僕を召喚すればいいのだ。
ある意味では、僕も召喚獣なのだ。
だが、魔女は召喚獣では無いと言った。
僕は『魔女の騎士』だ。
魔女が危機に陥れば無敵の力を有するはずだった。だが、彼女は未熟な僕を闘わせず、魔王と一人で闘ってしまった。僕が未熟だったばかりに魔女は……。
僕はあることに気付いた、魔女の騎士になる時に彼女が言った言葉だった。
「これは呪いにも近い魔法なんだ。だからデュランが死ぬか、私が死なない限り、その背中にある魔方陣は絶対に消えないんだよ」
僕が立ち止まると、
「どうしたの」
ヴァージニアが聞いてきたが、その声は悲鳴になった。
僕は鞄を捨て、剣を置き、上着を脱いで、背中をヴァージニアに向けた。
「止めてください! 私はまだ男の人の裸を見たことが!」
顔を真っ赤にして、両手で目を隠した。
「違うんだ。背中を見てくれないか」
「せ、背中ですか」
ヴァージニアが泣きそうな声で、僕の背中を見た。
「ある?」
「何がですか?」
「魔方陣」
「この丸い線ですか。はい……ありますが」
その一言で涙腺が決壊した。僕は一通り泣いてしまうと、ヴァージニアは慌てて僕が泣くに任せてくれた。よかった。生きている。魔女が生きているなら、僕は前に進める。