どうしてもゆっくり湯に浸かりたい、その1
たまにこういう時がないだろうか? こだわりの温泉の元を入れて一人のんびりと鼻唄でも交えながらお風呂に浸かりたいと思う気分は? 少なくとも俺にはある。まさに今がそうだ。もう滅茶苦茶お風呂でゆっくりしたい。自由気ままにのんびりと寛ぎたい。
しかも今は丁度良く夜の時間帯となっている。つまり自然とお風呂に入っても何らおかしくはない。今日学校から帰ってきた時に丁度良く兄ちゃんがいてくれたので、今日はお風呂に温泉の元を入れないでおくれやすと言っておいたので、自分でチョイスして温泉の元を入れる準備は万全だ。
ちなみに今日の気分は登別だ。他にも色々と種類はあるが今日は絶対に登別だ。理由? そんなのただの気分だと言っただろう? 更に言うなら、何か登別ってイントネーションが好きだから? 良いでしょもう理由なんて複雑に答えなくても。シンプル・イズ・ザ・ベストを辞書でひいて学んでこい。載ってなければググれ。それでも出てこなければもう俺は知らん。
部屋から出てリビングに向かう。何故風呂場に直行しないかと言えば、先約がいないか聞きに行くためだ。例えば俺が何も考えずに風呂場に続く洗面所の扉を開けたとしよう。するとそこに何者かがいた場合はアウトだ。特にミルティ辺りがいたらもう最悪だ。
なら突入する前に声を掛けて確認すれば良いだろうと思うだろうがそれも駄目だ。何故なら、所詮声を掛けて確認したところで誰だろうと返事を返さないのが見え見えだからだ。逆に家の連中は気配を消すことに専念するだろう。何故そんな行動を取るのかは・・・言わなくてもご察し頂けるだろう。この家に住む♀達は皆、獣に等しい奴らの集まりなのだから。
リビングまでやって来ると、そこには二人ほどの人物が横に寝転がってボリボリ煎餅を食べながら尻をかいてテレビを見ていた。彩晴と姉御の駄目コラボレーションである。前までは姉御も真面目キャラで通っていたのに・・・説明文の『クールな姉』という部分的がもはや何処にも見当たらなくなってしまっている。むしろ今は『だらしない姉』と言い直した方が良いのかもしれない。本人に言ったら間違いなく怒るだろうが。
「二人共、今誰か風呂使ってるか知ってるか?」
「いや~、誰も使っていないぞ~」
「大丈夫空いてるよ~」
余程気を抜いているのか生気というものが二人から感じられなかった。やはり煎餅と寝転がるのコンビネーションを決め込んでいるからだろう。基本この二つが合わされば誰でもグータラ人間に成り下がる。多分それは俺も含まれるだろう。
とにもかくにも風呂には誰も入っていない情報を仕入れることが出来たので俺は一旦部屋に戻って着替えを持参してから風呂場に向かった。警戒する必要もないのでとっとと開けて風呂で一人ゆったりゆっくりしましょうか。そして俺は洗面所のドアを開けた。
「あっ! ヤー君!」
手元から着替えが落ちて俺は固まる。いるはずのない人物が絶賛お着替え中だったからだ。おかしいな、俺は確かに風呂は誰も使用していないとさっき聞いたんだがな。いやまぁそういうことなんだろう。あいつら適当に答えていただけなんだろう。散髪屋で色々と世間話をされて「はい」の一言しか適当に喋らないお客の対応みたいな? それと全く同様のことをあいつらはしてくれたんだろう。後で絶対一発殴ってやろう。
「ヤー君もお風呂に入りに来たの? なら一緒に入――」
しかし誘われる前に俺は即座に自分の部屋に引き返すためにドアを閉めて退場する。しかしすぐに背後でドアが開かれた。ミルティが追ってきた以外に他ならないだろう。
「ヤー君お風呂お風呂~! 一緒に入ろ~!」
このまま背後を見たらどうなるか? それは恐らく男として一瞬の天国を味わった後に死にたくなるほどの罪悪感に襲われるオチが待っているだろう。正直いっそのこと振り向きたい・・・だが駄目だ。ただでさえ天然な彼女なのだ。天然は二重の意味でまだまだ天然でいて欲しい。あの部分はまだまだ桜色であって欲しい。つーか考えてることがゲスいよ俺。
俺は一気に飛び出して家内を駆け抜ける。ミルティは余裕でその場に置き去りだ。そしてすぐに部屋に戻って来た俺はドアを閉めて誰も入って来られないようにドアの前に物を置いて物理的ロックを掛けた。これでもう一安心だ。さて、ミルティが終わるまでゆっくり待つこととしよう。
ガチャガチャ・・・
「ヤーくぅぅん! お風呂一緒に入ろうよ~!」
ドアから入ってこようとドアノブを回すが残念、ロックが掛かってあるから入ってこれない。ミルティさん、君はただでさえ最近出番を独占し過ぎなんだ。少しは自重して控えていなさい。どうせまたすぐに出番なんて回ってくるんだから、それまで大人しく・・・・・
パカッ・・・
「ヤー君お風呂に一緒に入ろ~!」
「・・・・・」
最近すっかり使われなくなっていたから俺は完全にその存在を忘れていた。そうだ。俺の部屋に入る入り口は何処ぞの馬鹿野郎のせいで一つだけじゃなくなってたんだった。隠し扉という物を使ってミルティは横の壁から忍者のように現れて侵入してきたのである。そして俺は完全に見てしまった。ミルティの裸体を・・・・・
「ヤー君お風・・・」
「うあ゛ぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
「え!? な、なんで泣き出すのヤー君!? どうしたの大丈夫!?」
「もういっそ殺してくれぇぇぇ・・・・・」
「ヤー君!? しっかりしてヤー君~!!」
俺は家中に響く音量でミルティの生胸に挟まれながら幸せの一つも感じることなく罪悪感に飲み込まれて綺麗な涙を滝のように流すのだった。




