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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
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9.旅の始まり

 テオを送り出した二日後、セリはラングドンに向かう為、南門に向かっていた。

 いつものショルダーバッグに加えて大きな鞄を背中に背負い、駅馬車に乗り込み一番隅に座り込む。

 一番料金の安い駅馬車は屋根がついていない。馬が走り出すと北風が頬に冷たかったが、たまにしか乗れない駅馬車はそれすらも楽しかった。

 ラングドンに入る方法は二つ。北門と南門があるが、セリが行こうとしている場所は南門から入る方が近い為、南門行きの駅馬車に揺られていた。

 南門に近づくと、人だかりが見えた。午前八時の開門を待つ人々だろう。馬車の人も居れば、近くに馬を繋いで待つ人も居る。だが殆どの人達は馬も馬車も伴わず門の近くで待機している。

 門の周辺には宿屋や食堂と連なり、貸し馬車や貸し馬の建物や、駅馬車の乗り口もあってかなり賑やかな場所だ。

 この人だかりから二人を見つけるのは大変だと思ったのだが、予想以上に簡単に見つける事が出来た。門周辺の食堂の中でも高級な事で有名なお店のテラス席で優雅にお茶を飲んでいたのだ。その姿を見て、セリは嘆息した。

「やあ、セリちゃん」

 洒落た帽子を被っている以外、初めて会った時と変わりは無い。暖かそうな高価な外套に冬用のブーツ、足下に無造作に置いている鞄ですら高価な皮製で、セリなら地面に直接置くなど考えられない代物だ。

 にこやかに手を振るエリオットの横で、深めに帽子を被ったアレクシスはセリを見ると軽く頷いて見せた。

「おはようございます。ええと……アレクにエリ」

 二人の事は名前を、しかも敬称を付けずに呼ぶようにと言われているが、本名では聊か都合が悪い。そんな時、庶民は名前を略して互いを呼び合うのだとセリが教えると、エリオットがそれを気に入り、此度の呼び名となった訳だ。

(その割に格好はやっぱりお貴族様なのね……)

 色々余分に用意しておいて正解だったかもしれない。セリは荷物の重さで凝り固まった首をぐるりと回してほぐした。

 ほどなくして開門の時間になった。門に隣接する詰め所の窓が開き、人々は列を作る。だが、二人に動く気配は無かった。

「――行かないんですか?」

「少し列が落ち着いてからにしよう。急ぎたいが、あの時の追っ手のような人間がここに居るかもしれない」

 その言葉でエリオットは、アレクシスに習って帽子を深く被り直した。

「はぁ……」

 セリはショルダーバッグからゴソゴソと紙切れを出した。

 店から発行された証明書は持っている者の身元を証明し、王都を出入りする時に必要になる。二人の分も必要ならばマリアに用意してもらうと言ったのだが、二人からは必要無いと言われていた。

(最近出来たようだけれど、ビコロール商会も既に証明書を持っているのね)

 そう思って二人の言葉を鵜呑みにし、自分の分しか用意していなかったセリは、門に詰め掛けていた人物の殆どが無事門をくぐり抜けたのを確認してから、証明書を片手に門に向かった。

「よぉ。セリちゃん、配達かい?」

 今日の担当は既に顔馴染みになっていた青年、サジだった。だが正直に言う事は無いだろう。セリは適当に相槌を打った。

「ええ。そうなの。じゃあ、これ証明書よ」

 サジは軽く視線を向けただけで往路の確認欄にサインすると、顎で門を示した。

「いいぜ。気をつけて行って来いよ」

「ありがとう」

 少し進んだところで立ち止まり、二人を振り返る。すると、サジに外套の内側をチラリと見せていた。途端に、先程まで気楽な雰囲気だったサジの態度が一変した事が遠目にも分かった。

 証明書を持たずに王都を出入りする事も可能だ。それには自分の身分を証明する物が必要になる。例えば貴族ならば、外套や上着の内側に入れる事を義務付けられている紋章の刺繍――。

 その様子を見ていた貸し馬車屋が動き出す。二人は徒歩でラングドンに入った。どこかで馬なり馬車なりを調達するのは明らかだ。

 裕福な貴族青年の登場に、ラングドン側の貸し馬車屋は色めき立った。反対に悔しそうに見詰めるのは王都側の店主達だ。

「どちらまで行くんで? うちには立派な白馬がいますぜ?」

「お待ちよアンタ! 抜け駆けかい? ねぇ、うちはさぁ、新調したばかりの馬車がご用意できるんですけどねえ」

 続々と集まる店主達に囲まれ、南門はちょっとした騒ぎになってしまった。その騒ぎに、同じ客であるはずの旅人達も立ち止まり、何事かと遠巻きに見詰めている。

 その騒ぎに紛れて、詰め所の裏に潜んでいた黒づくめの男達が動き出したのは誰の目にもとまらなかった。ふと違和感に気付いた店主の一人が詰め所に視線を移したが、その時にはもう男達の姿は無く、詰め所の中から騒ぎを見詰めるサジだけが居た。


「申し訳ないが、既に馬車は呼んである」

 騒ぎを輪の外で聞いていたセリがエリオットの声に驚き振り返ると、そこには既に御者が待機していた。その後方には大きな黒馬が二頭、黒塗りの大きな馬車に繋がれており、馬の横にはもう一人大柄な男が馬の頭を撫でながらこちらに向かって軽く手を振った。

 御者の男はピンと伸びた背筋から察するに育ちの良い男に思えるが、大柄な男は大きなポケットのついた実用的な上着を着ており気さくな笑顔でセリ達を迎えた。

「馬車の用意は整っております。どうぞ、こちらへ」

 つばが少しくたびれた中折れ帽を取り、御者はアレクシスとエリオットに向けて挨拶をした。セリは二人から少し離れて観察したが、先日の男達ではないと分かり少しホッとした。

 セリの視線の先でエリオットから皮の鞄を受け取った男は、それをもう一人の男に渡した。

「この男は今回ラングドン行きに同行させますゾイド・ビエーナです。案内役は既に居ると聞いておりますが、荷物持ちと用心棒として雇いました」

 男の上着の内側から短剣が見える。シャツから見える鎖骨には大きな傷痕があった。ラングドンは森が多い。野犬や野獣が出る事もある。普段セリは駅馬車を利用するが、駅馬車でも森を抜ける間は用心棒が乗り込むのだ。

「この時期森ん中は冬眠前の熊が食料集めで普段出てこないとこまで出てくるもんでな。で、ラングドンのどこに向かうんだ?」

 人懐っこい笑みを浮かべて話し掛けてくるゾイドに、セリは好感を持ち微笑んだ。

「ダリルカムです」

「――ふむ。国境の村だな。南のクウォールにも近い場所だが、大きな森があるだけだぞ。熊が出にゃいいがなぁ」

 そう言いながらゾイドは馬車のドアを開け、座席下の空間に荷物を入れた。

 アレクシスとエリオットもすぐに乗り込み、中からセリに手を差し伸べた。

 分厚いクッションのベンチは多少の揺れも吸収してくれ、乗り心地が良さそうだ。セリは背中に背負っていた大きな荷物を身体の前に置き、しっかりと肩紐を腕に通して抱き締めた。

 対して、隣に座ったエリオットも向かいに座るアレクシスもゆったりとくつろいでいる。

「窓はいかが致しましょう? 高貴な方が乗っていると分かったら、盗賊に目をつけられるかもしれませんが……」

「窓は開けてください。案内に必要なので」

「畏まりました。では出発致しましょう」

 少しすると馬車が動き出し、セリは背もたれに身体を預けた。

 隣ではエリオットが折りたたんで内ポケットに仕舞いこんでいた地図を取り出した。

「ダリルカム……地図では大きな森があるね。ここで塩が? それよりセリちゃん、重くない? 荷物置いたら?」

「いえ。大丈夫です。商売道具は放したくないの」

「ふぅん……今回の商売道具は私達もだね。放さないでくれるの?」

 帽子を脱いだアレクシスが暑そうに前髪をかき上げた。先程まで帽子のつばに隠れていた神秘的な紫の瞳にまともにぶつかり、セリは何だかドキドキしてしまい思わず視線を外した。

「お、大人しくしてくれるなら! あたし、生物運んだ事ないんですからね!」

「な、なまもの……。これはいい! 貴方がこんな風に言われるなんて――。あぁ、可笑しい」

 エリオットは屈託なく笑い、アレクシスはそんなエリオットを咎めるように睨んだ。

「セリ、窓を開けておくのが案内に必要なのは何故? 行き先ははっきりしているのに」

「簡単な事ですよ。天候を読む為です。風や雲の流れ、空の色で天候を読んで進まないと、宿屋に辿り着く前に動きが取れない程真っ暗になって……え?」

 話を聞いていたアレクシスの表情が段々険しいものになっていき、それが不思議でセリの語尾はどんどん小さくなった。

「――いいや。私達は良い案内人に巡りあったなと思ってね」

 馬車は進むにつれてどんどん緑が多くなる。目的地のダリルカム村は大きな森の中にあった。森の中のわずかな空き地に小さな集落が点在しているあまり裕福ではない村だ。

 ダリルカム村まではおよそ三日かかる。馬車は今整えられた街道を走っている為、振動は殆ど無く旅の始まりは快適だった。

 時折現れる街道沿いの休憩所では屋台も出ており、珍しい食べ物を口にする事も出来たし、街道は大きな馬車が行き交いアレクシス達が手配した大きな馬車もさほど目立つ事は無かった。

 だからかもしれない。付かず離れずでぴったりと馬を走らせる黒づくめの人物に気付かなかったのは――。

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