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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
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8.久しぶりの再会

 セリは無理矢理持たされた袋を持ち、閉じられたドアを見た。一瞬返そうかと躊躇したが、セリは外の様子に気付いて慌ててドアから離れた。

 窓の無い部屋に居た為気付かなかったが、外に出てみると空はすっかり夕焼けに赤く染まりビコロール商会の建物に面した細い路地はもはや闇に溶け込みつつある。

 大通りに出ると夕陽を受けて真っ赤に染まった石畳に細長い塔の影が黒く落ちていた。セリは影に導かれるようにその塔を見上げる。

 今セリが居る場所からは、王都の丘の頂上にそびえ立つ宮殿の塔の部分だけが顔を覗かせている、

 セリは塔から少しだけ視線を横に外した。セリの目指す場所が、そこにはある。その為には多少の冒険は必要かもしれない。それほど重さを感じないポケットの中の銀貨が、その時ズシリと存在感を増した気がした。

「さて、パンを取りに行かなきゃ!」

 気を取り直してセリは石畳を下り始めた。


 

 * * *



 セリが出て行った後、部屋はしんと静まり返っていた。

「紅茶が冷めてしまったな。セドリック、淹れなおしてくれないか」

 それが下がれという意味だと知るセドリックは、「畏まりました」と言葉を残し部屋を出て行った。

「あれで良かったのですか? 少し強引だったのでは?」

 いつもののんびりした笑顔は無い。エリオットはアレクシスに強く問いかけた。

 この国でバシュレ公の力は大きい。それを倒そうと誓い合った時に、同時に誓った事がある。それは『もう二度と犠牲者を出さない』事だった。それなのに、アレクシスは街で出会った配達屋の少女を仲間に加えると言い出した。確かに彼女の知識には驚かされたが、それでもここまで巻き込んでしまうのは危険すぎる。

「外でその話し方は止めろ。主従関係は無い。お前と私は友人同士で、家督を継ぐ必要もないお気楽な貴族の坊っちゃん仲間だ」

 それも取り決めのひとつだった。外でおおっぴらに『殿下』などと呼べるはずもない。同じ年で畏まった言葉遣いも人々の興味を引いてしまう。お互いに敬称は付けずに砕けた話し方をする事を徹底していたのだが……。

「今はそのような話ではありません! 彼女が土壇場で断ったり、誰かに吹聴したらどうなさるのです!」

「大丈夫だ」

「殿下っ!!」

 アレクシスがエリオットを見据えた。

「大丈夫だ。彼女でなければならないのだ。そして、彼女は受けた」

 強い眼差しにエリオットは視線を外し、少しして搾り出すように「分かりました……」と応えた。



 * * *



「セリっ!」

 パン屋の通りを急いでいると、前方から元気良く手を振りながらアンナが駆けて来た。

「アンナ! 帰り?」

「そうよ。結局ギリギリになっちゃったわ。悔しい! いつかセリのように沢山配達できるようになるんだから! ――あら? セリ、あなたなんだか甘い香りがするわ」

 アンナはセリに顔を寄せて不思議そうにしている。

「甘い? あ、コレかな?」

 バッグの中にはセドリックから渡された焼き菓子の包みが入っていた。

「焼き菓子! すごいわ! こんなの、お父様の仕事がうまくいってる時だってなかなか食べられなかったのよ! ううん。あの頃食べた焼き菓子はもっと硬くてボソボソしていたのよ。こんなにふんわりしたの見た事ないわ! どうしたの? コレ。買ったの? 今日はおじさんが帰って来るんだものね! 奮発したのね!」

 包みの中身を見て興奮したように捲くし立てるアンナに対し、セリは段々と考え込むような顔つきになっていった。

「セリ? どうしたの?」

「――アンナ、これあげるわ」

 包みごとアンナに突き出すと、強引にアンナにそれを持たせた。

「えっ!! だめよ。欲しくて言ったんじゃないのよ? これはセリが買ったんだもの! おじさんと一緒に食べるべきだわ!」

 アンナはまだセリが買ったものだと思っているようで、包みを押し返した。

「違うのよ。これ、さっき配達に行った――えっと、貴族のお宅でもらったの。でも、おじさん貴族嫌いなのよ……」

 するとアンナの態度は一転して「あぁ……」と頷いた。

「セリのおじさん、雇われ兵士だものね。その仕事してる人って、貴族を嫌ってる人が多いって聞くわ」

「そうなのよ。それで仕事も商団の護衛や、盗賊退治が主なの。それ位嫌ってるのに、貴族のお宅からもらったなんて言えないし……」

「言えないわね……」

 アンナが手にした包みはまだほんわかと温かい。自分は甘い焼き菓子を食べた事があるが、小さな弟はきっと無いだろう。あの頃既に父の仕事は上手くいっていなかった……アンナはチラリと上目遣いでセリを見た。

「ほんとに……いいの? セリがそれでいいなら……私、弟に食べさせたいわ。きっとあの子焼き菓子なんて食べた事ないもの」

「ほんとにいいのよ! 私はひとつ食べたから大丈夫。もらってくれる?」

「勿論よ! ありがとう!」

 にっこりと嬉しそうに笑い、いつまでも自分を見送るアンナに別れを告げてセリは今度こそパン屋へと急いだ。

(あれで良かったのよ。うん、そうよ)

 貴族を嫌っているテオは、セリがほんの少しでも貴族と接したと知れば良い顔をしないだろう。あの甘い幸せな味を手放さなければならなかったのは寂しいが、久しぶりに会うテオに嫌な顔はさせたくなかった。

 パン屋が近づくと、ドイルが店仕舞いをしようと看板を畳んでいるのが見えた。

「ドイルおじさん!」

「おお。セリちゃん。今日は遅かったね。配達遠かったのかい?」

「ごめんなさい! 遅くなっちゃって……間に合ったかしら?」

 キョロキョロと店内を見回すが、店内は既に綺麗に片づけられている。商品棚にも何も無い。

「テオが来たんで、渡しておいたよ」

「おじさんが? 嘘! 私、スープを作っておじさんの帰りを待とうと思っていたのに!」

「少し遅かったな。もうテオが先にスープを作ってるだろうよ。代金もテオからもらってある。テオは結構稼いできたみたいじゃないか。これからは売れ残りの硬いパンをちまちま食べるのはよしなさい」

「ド、ドイルおじさん、それもしかしておじさんに……」

「言ったよ。あいつが留守の間は俺達がセリちゃんの親代わりだからな。ちゃんと身体の事を考えて食べなさい」

 ドイルはまだまだ話したそうにしていたが、頃合を見てペコリと頭を下げると、セリは慌てて店を飛び出した。


 セリの住む家は大通りから二つ奥に入った路地の一角にある。二階建てのその煉瓦造りの細長い建物は、全体的にくすんだ色をした年代物で、周りの建物に隠れるように存在していた。

 一階の小さな窓からはほんのりと灯りが漏れていた。それを見て一気にセリの気持ちも明るくなる。

「おじさん! おかえりなさい!」

 立て付けの悪い大きなドアをギギギと音を立てて開けると、テオの大きな背中が振り返る。そのまま胸に飛び込んだセリを、テオはしっかりと抱きとめた。

 胸に顔を強く埋めるセリの頭を、テオの大きくて硬い手が何度も撫でる。セリは真上を向くと、いかつい顔の中で自分を優しく見つめる瞳を見つけて嬉しそうに微笑んだ。

「おかえりなさい、おじさん。どこも怪我は無い? 今回はどんな場所に行ってたの? コニーさんも元気かしら?」

 コニーとは、テオと仕事を組む事が多い相棒のような関係の男だ。陽気な男で、セリの家の二階に一人で住んでいる。

 雇われ兵士ではあるが、表面上平和なこの国では仕事の殆どは護衛だ。護衛は大体数名で組む為、初対面よりも気心の知れた人物と組む方が効率的なのだ。

 忙しく質問を畳み掛けるセリの両肩に手を置き落ち着かせると、テオはセリに座るよう椅子を勧めた。そうして自身の腰に下げている革の袋から粗末な紙を抜き取ると、すばやくペンを走らせた。

『怪我は無い。今回はクウォールからの商団の護衛だ。コニーは相変わらずだな。煩いヤツだが、あいつと居ると楽だ』

 セリがテオの腰袋を覗き見ると、確かに紙の量はさほど減っていない。付き合いが長い事もあって、コニーはテオの微妙な表情の変化を性格に読み取る。きっと今回も雇い主とテオの間に入って話してくれたのだろう。

「おじさん、もう次の仕事も決まっているの?」

 そう訊ねると、テオは少し困った表情を作った。

『三日後に今回の商団の一部をまたクウォールまで護衛する。どうも最近クウォールは治安が良くないらしい。その後は帰らずにまた別の護衛の仕事が入りそうだ』

「そうなの……あまり家でゆっくり出来ないのね」

 目に見えてしょんぼりしてしまったセリを元気づけるように、テオは小さなテーブルに野菜スープとパンを並べた。珍しくスモークチーズもある。

 だが、質素な食事の準備はすぐに終わってしまった。重くなった空気を何とかしようとしても、テオはどうしたらいいか分からずに途方に暮れた。

「おう。久しぶりだってぇのに、何だってこんな暗ぇんだ?」

 大きな音を立てて入って来たのは、テオと一緒に仕事に行っていたコニーだった。見上げる程に背が高くしなやかな身体を持つテオに対して、コニーはテオより頭ひとつ分背は低いが、がっしりとした太い腕と足を持つ力自慢だ。その逞しい肩には、今大きな麻の袋が乗せられている。

「すぐに次の仕事が入ったからよ、きっとセリちゃん落ち込んでんじゃねぇかと思ってさ」

「コニーおじさん!」

「ハムと干し肉、それに葡萄酒を仕入れて来たぜ? 今夜は宴といこうや」

 既に少し飲んで来たのだろう。ほんのり赤い頬に笑い皺を刻ませ、コニーがにやりと笑った。

 一瞬で部屋の空気が変わり、セリもテオもホッとしたように微笑む。コニーが纏う空気はいつも明るく活力に満ち、それに何度も助けられてきたのだ。

 コニーが手にした酒瓶にリタの店のラベルを見つけたセリが目を輝かせて手を伸ばすと、指が瓶に触れる直前でするりとかわされた。

「だーめだめ。セリちゃんはこっちだ。こっち」

 麻袋の中から小さな瓶を渡される。まだ少し温かいそれを両手で受け取ると、セリは不満そうに唇と尖らせた。

「牛乳! 嫌いなのに! お酒は十六から飲めるじゃない! ちょっとだけ……」

「だーめ。もうちっと大きくならにゃな。俺もテオも安心できねぇ。それに、その胸じゃあ成人しても男が寄ってこねぇぜ?」

「し、失礼ね!」

 今日も実年齢よりも子供に見られたばかりのセリは、頬を膨らませて抗議した。

 そんなセリの様子など気にせず、男達は杯を酌み交わす。

 結局、セリは大男達に阻まれ、絶品と名高いリタの葡萄酒にありつく事は出来なかった――。

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