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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
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7.奇妙なお茶会

 セリが頷いたことにアレクシスは満足気に息をつくと、椅子に深く身を預けた。

「私達はね、セリ。オクタヴィアン・バシュレ公は単なる金儲けの為の行動ではないと睨んでいる。これは小さな小さなきっかけにしか過ぎない。敵は――大きいよ? それでも、一緒に行ってくれるかい?」

 最早頷くしかないとセリは考えていた。ここで断っても王家の秘密を握ってしまっては自分の身が危ない。ならばいっそ懐に入り込んで守ってもらった方が得策だ。

 今度は迷わずに力強く頷いた。


 グランフェルト王国には、宮殿がある王都ロウズヴィルと、四つの地方都市とで形成されている。

 ロウズヴィルを中心に東西南北にそれぞれの特色を持って位置する四都市は遠い昔、建国の王がそれぞれ第二王子から第五王子に与えた領地だった。

 現在、北の鉱山都市ディヴィングはアンセルム・フォルタン公爵が。東の農耕都市フォーリッジはグレゴワール・デュアイン公爵が。南の海岸都市クウォールはフィリップ・ベシエール公爵が。そして、西の森林都市ラングドンはオクタヴィアン・バシュレ公爵が治めている。

 とはいえ、四大公爵は政治にも深く関わっている為、殆どの時間を王都の邸で過ごす。実際に地方都市を管理しているのは元よりその地域の領地を一部所有していた地方の有力貴族だった。

 建国してから数百年、このようなやり方で地方の有力者を地方都市に留め置く事に成功し、四大公爵家は王都で着実に実績をあげ力をつけていったのだ。

 今までは四大公爵の力関係はさほど開いてはいなかったが、ここにきて南北と東西で大きく差が出始めている。

 グランフェルト王国には側室制度が無い。建国の王が子供達に領地を与えた時、今後王家に王子が生まれなかったり、身体が弱く王位の継承が難しかった場合、継承権を四大公爵家の子息にも与えると決めた為だった。

 それは現在まで守られ、現国王ベシエール・ボージェ国王陛下にも妻はたった一人だけだ。

 建国の王が自分の子供達を平等に愛した為に取り決められた継承権の行方だったが、それは何百年の月日が経ち、歪んだ形で王家と公爵家を結びつける事となる。

 我が子を国王にと願う為、四大公爵家は常に王都で政治に関わり、王族とのより濃い関係を望んだ。

 だが、王都には順調に王子が誕生し、外交問題もあって王妃を外国から娶る事も増え、四大公爵家との血縁関係も薄くなっていた。

 変化が現れたのは二代前の事――。

 若くして亡くなった当時の国王に代わり王位に就いたのは、西のバシュレ公爵家の長男だった。そして、現国王は大恋愛の末、妃にと東のデュアイン公爵家の令嬢を迎えた――今や王妃の兄である東のデュアイン公と、前国王の弟である西のバシュレ公の力は絶大で、陰では二大公爵家とも言われている。

 南北の公は領地を守り、かろうじて中央政治に関わっているのがやっとの状態。領地の貴族達からは肩身が狭いとぼやかれてさえいた。それが名産品である塩が売れなくなったとなれば、南のベシエール公にしてみれば危機的状況だった。ましてやその事件の裏にバシュレ公が関わっているかもしれないともなれば面白く無いだろう。

「……ややこしいわ」

 貴族の力関係など考えた事もなかったセリは頭が混乱してきた。眉間に皺を寄せ、思わず腕を組み考え込む。

 セリのそんな姿を見て、アレクシスとエリオットは苦笑した。

「バシュレ公が最近特に羽振りが良いのは確かだ。それに……」

 それまで滑らかだったアレクシスの口調が、初めて戸惑いに止まった。

「それに……何ですか?」

「バシュレ公は、一人娘を王妃にしたかった。だが、父上はそれには目もくれず、母上を……デュアイン公の娘を選んだ。公爵は結局グランフェルト王国での権力は諦めて、娘を隣国の王に嫁がせたんだ。だが、隣国で女児を産んですぐに国王は暗殺されてしまったんだ。その後国王の弟が玉座につき……そうなると、彼女達は居場所も無い。バシュレ公は悩んだ結果、娘と孫娘を呼び戻した。それから一年後――この国で、とある事件が起こった。私達は、バシュレ公が深く関わっていると推測している」

「ある……事件?」

 一瞬にして、部屋の空気が重くなったのを感じ、セリは思わず声を潜めた。なぜかエリオットまでセリを指でチョイチョイと呼び、小さな声で告げた。

「王妃殺害計画」

「……え……」

 その言葉に、セリは背筋がひやりとするのを感じた。

 ふたりで顔を寄せ合ってヒソヒソと話すのを、アレクシスは苦笑しながら眺めている。自分の母親の話なのに、なぜそんなにゆったりと構えていられるのか、セリは不思議でならなかった。

「母上が亡き者になれば、その座に滑り込めると思ったのさ。自分自身が嫁ぎ先の国で体験し、その座を追われた悲劇をこの国で起こそうとしたんだ。公爵令嬢は父上や母上とは幼馴染だったから、悲しむ父上を傍で慰めようとでも考えたんだろう。私も兄上も幼かったから、例えば計画が成功して彼女が王妃の座に着き、男児を産んだら……その子を次代にする事だって出来るわけだ」

 どうしてそんな事を淡々と話せるのか……アレクシスの姿を見て、セリの胸は締め付けられそうだった。そんなセリの感情が通じたのか、アレクシスはセリに視線を向けると、唇の右側だけを器用に上げて見せた。

「結果、失敗に終わったんだ。だからこうして冷静に話せる。だが、犯人は捕まっていない。厳密に言えば、現行犯は捕まったが、バシュレ公まで辿り着かなかったんだ」

「でも結果的に被害が無かったのなら、公爵も諦めたのでは? だってそんな事があったのなら国王夫妻も警備を強化したんじゃ……」

「……王妃はね、ご無事だった。でもねセリちゃん。犠牲者が出てしまったんだよ」

「……え」

「バシュレ公には跡取り息子が居ないと話したね? 公爵家だけの話なら問題は無い。出世しそうな下級貴族の息子を婿に迎えれば良い話だからね。実はデュアイン公の嫡男は兄上の補佐に就任した。その事で時期宰相と囁かれている。そうなると、デュアイン公の力が益々強まる……。だからバシュレ公が闇市の件に関わっているならまた何か企んでいるとも考えられる。今度は失敗したくない。あの時私達は小さくて何も出来ない子供だったけれど、今は戦える。今度は私達の手で捕まえたいんだよ」

 そう話す二人の目は険しかった。

 静まり返った室内に、ふんわりと甘い香りが漂い、セリの意識はふとそちらに惹き付けられた。

「焼き菓子でございます。甘いお菓子でお茶を頂きましたらまたご気分も落ち着きましょう」

 いつの間にか手に光り輝くトレーを持ったセドリックが傍らに立っている。甘い香りの発生源はセドリックの持つトレーからだった。

 ついついセリの視線はトレーに釘付けになる。アレクシスとエリオットの瞳からも剣呑さが抜け落ち、セドリックを見上げた。

「――すまない。セドリック」

 発した言葉からも硬さは消えている。それを確認すると、セドリックは眼鏡の奥の瞳を細めてテーブルの上に小さな焼き菓子が乗った皿を置いた。

 大きく見開かれたセリの目は、流れるようなセドリックの手の動きを追い、今は目の前に置かれた小さな焼き菓子を見詰めていた。小さな手はささやかな胸の上でぎゅうっと握り締められている。

「お嬢さまもどうぞ」

「これは、これは何ですか?」

 小さくまぁるいタマゴ色の物体はほわほわした柔らかな湯気を出している。それは冬になると屋台で一番人気となるタフィーのような甘い香りがしていた。

「バターをふんだんに使ったデュアイン家伝統の焼き菓子でございます。どうぞ」

 言われるがままに手にとってふたつに割ると、割れた箇所からふぅわりと濃厚なバターの香りが立ち上った。

 セリは思わず目を閉じて思い切り息を吸った。その瞬間、身体の隅々にまで甘い香りが行き渡った気がして、セリの頬がふにゃりと緩んだ。

「甘い香り……こんなの初めてです!」

 セドリックにお礼を言おうと目を開けると、目の前でアレクシスがじっと見ている事に気付き、セリは急に恥じらいを感じた。上流階級にはこのような食べ方をする人間などいないのだろう。

「ご、ごめんなさい。私、こういうの食べた事なくて。きっとちゃんとした食べ方ってあるのよね?」

「いや。美味しく食べてもらえればそれでいいよ」

 そうは言うが、アレクシスはセリから目を離そうとしない。先程までの感動は一瞬のうちに萎み、セリは焼き菓子を急いで口に放り込むと紅茶で一気に流し込んだ。

「えと、とりあえず今日はこれで失礼します。あの……出来れば出発は一週間以内がいいんだけど……」

「え? どうして? 何か予定でも?」

「ううん。来週はもっと冷え込むから、出来ればラングドンに雪が降る前に行きたいの」

「ああ、そうだね。道も不便になるだろうからな。分かった。早々に準備をして正式に《ことり》に依頼しよう」

 セリはその言葉に「お願いします」と返事をすると、いそいそと立ち上がりドアへと急いだ。するとセドリックが素早く近寄り、ドアを開けてセリを通すと、セリに小さな包みを差し出した。

「え?」

「焼き菓子でございます。お気に召して頂けたようですので、少しですがお持ちくださいませ」

 口調の割には強引に手渡され、セリがとっさに受け取るとドアは閉じられた。

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