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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
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4.非日常への誘い

「じゃあ、先に行くね。今日はもう一回り出来そうだから店に戻らなきゃ」

「えっ!? セリ、もう朝渡された分終わったの!? まだお昼なのに!」

 アンナが驚いたように声を上げた。抜け道を上手に使う事で配達時間は大幅に短縮する事が出来る。だが、ライバル店に知られては困る為、セリはその存在を身内にも内緒にしていた。抜け道の存在を他人に話したのは一度だけだ。

(あの人達、大丈夫だったかな……)

 ふとそんな考えが頭をよぎった。

 店に戻る途中、商店街に寄る事にしたセリは来た道を戻り馴染みのパン屋に向かった。今日は普段よりも銅貨を多めに巾着に入れ、大切にショルダーバッグの中に仕舞いこんでいる。前金を渡してパンを帰りまで取って置いてもらおうと考えたのだ。

「こんにちは!」

 声を掛けると、すぐに店の奥からパン屋の主人のドイルが顔を出した。火の前に居たのだろう。肌寒い季節だというのに頬を赤くして汗ばんでいる。

 ドイルはセリを見ると顔を綻ばせた。

「セリちゃん、今日はご機嫌だね。テオが帰って来るのかい?」

「そうなの。おじさんが帰って来るのよ! だからね、ブールを少し残しておいて欲しいの。そうね……おじさんきっと沢山食べるから、五つ」

「あいよ。まったく、テオが帰って来る時だけじゃなく、普段から焼きたてを食べなよ。マリアからちゃんと給金はもらってるんだろう?」

 その言葉に先程アンナにも似たような事を言われたのを思い出し、セリは苦笑した。

 普段セリは売れ残りのパンをドイルから安く譲ってもらっているのだが、それは大体が硬いバゲットだった。それは焼き上がりから時間が経つにつれて更に硬くなる。セリはそれを三等分して一日かけて食べるのだ。

「だって。売れ残りは千切って鳥の餌になるか、捨てちゃうんでしょう? 勿体無いじゃない! それにドイルおじさんのパンは少し位硬くなったって美味しいもの。歯も丈夫になって一石二鳥よ」

 そう言って綺麗な歯並びを見せて笑うセリを見て、ドイルは肩を竦ませた。

「それが年頃の娘の言う事かね」

「え? ドイルおじさん、何か言った?」

「いいや。それより早く行きな。まだ仕事中だろう? マリアに寄り道がばれるぞ。テオが帰るなら野菜も少し要るだろう? そっちも手配しといてやるから」

「ありがとう! じゃあ……えっと」

 セリは慌てて銅貨の入った巾着を取り出したが、それをドイルが手で制した。

「取りに来た時でいいよ。早く行きな」

 セリは逡巡したが、もう一度ドイルにお礼を言うと外に飛び出した。

 手にしたままの巾着を走りながらもしっかりとまたバッグの奥底に捻り込む。『手にした金はすぐ仕舞え』これはマリアの教えだった。セリの住む下層階級地区では小さな犯罪は日常茶飯事だ。中でも多いのは窃盗である。

 テオは元々育ちが良いのか、あまりお金に執着が無い。この町でトラブルに巻き込まれず平穏無事に生きていく為のルールは全てマリアが二人に教えてくれた。

 だが、それでも食べ物や生活必需品ではなく、服を買おうと手紙に書いてくるあたり、テオの根本は変わっていないようである。

 セリが考えていたよりも時間が経ってしまったらしい。肌に触れる風と太陽の位置からそう気付いたセリは、足を更に速めて店に駆け戻った。

「セリ、ただ今戻りました!」

「おや、セリおかえり! 待ってたよ! そっちの配達は無事だったかい? だいぶ寒くなったから大変だったろう」

「た、ただいま……」

 出迎えたマリアはいやに上機嫌だ。昼頃セリが一度戻って来るであろう事は予想していただろうに、少し遅くなっても怒りの色は見えない。それどころか優しく労いの言葉までかけられ、セリは戸惑いを隠せなかった。

「マリア……? ど、どうかしたの?」

「上客が出来そうなんだ! しかもあんたに指名が入ったよ!」

「え? 本当!?」

 すると、マリアは笑みを深めて一通の書簡を見せた。

「あの身なりはお貴族様だね。数ある配達屋の中から、なんでウチに頼むんだろうって思ったけど、あんたの書いた店のチラシを持ってたよ」

 その言葉に、セリは飛び上がって喜んだ。

「て事は、営業成功!? マリア、その配達はいつ?」

「早速今から行ってもらえるかい? これからもウチを使ってもらうには、すばやく配達したいところだね。これが終わったら今日はそのまま上がっていいからさ。今日はテオも居るんだろう」

「行くわ! 勿論!」

 セリは差し出された書簡に飛びついた。貴族が顧客になったら別の貴族への口添えも期待できる。

 だが、その浮き足立った気持ちは書簡に記された宛先を見て一気に萎んだ。

「この住所って……」

「どうしたんだい? 確かにこの辺は中流階級層が多くて王都でも分かり辛い場所だけど――」

「ううん。大丈夫よ。――行って来ます」

 不安げに声を掛けるマリアに笑顔でそう言うと、セリはまた外に飛び出した。

 冬が近い空はどこまでも高く、ほんのり色づいてきていた。

「今夜は雪になるかなぁ」

 まだ夕暮には少し早い時間帯だが、これが終わったらそのまま上がっていいという有難い言葉ももらった事だ。テオも帰って来るし早く帰れるに越した事は無い。

 だが、久しぶりに会えるテオを思ってもセリの心はざわついたままだった。

 下層階級地区は、人の入れ替わりが激しい。その為空き家も多いし、反対に昨日まで空き家だった家に今日は住人が居る、なんて事も多い。セリが作った抜け道の目印を他に言いふらせないのはその辺りの事情もある。

 そしてこの階級独特の造りとしては、本来建物の大きさからひとつと定められている表玄関とは別の通りに通じる第二のドアや、自分達で掘った隠し地下や板を張って壁と同じ色に塗っただけの隠し部屋などがある。貧乏人には貧乏人の事情があり、逃げたり隠れたりしたい人が少なくないのだ。

 かたや中流階級地区は浮き沈みが激しい。仕事の成功で邸を増築し大きくする者、反対に生活が苦しくなり成功者に邸宅の一部を売り渡す者も居る。そんな理由で中流階級の街は通りそのものの様相も変わるのだ。通り抜け出来ていた路地が増築の為に行き止まりになっている事も稀にある。大通りは国が管理しているが、路地までは手が回らない。書簡の宛先もまた、増改築や売り渡しなどで建物が削られたり足された一角にあった。

(ここを手に入れた人が居るなんて……どんな人だろう?)

 逸る気持ちがセリの足を忙しなく動かし、路地を急ぐ。目的地までは細い路地をいくつか通過する。どの路地も曲がってから目の前に現れる景色はさほど変わらない。その光景は普通の人間なら自分がどこに向かっているのか混乱してしまうだろう。だがセリは迷う事なく足を進め、やがて周りに較べて一際大きなドアの前に立った。

 そのドアからは、随分前にセリが自分で結んだ青い布も赤い布も取り外されていた。

 一際分かり辛い場所にあるこの建物は、少し変わった造りをしており、セリの知る中では唯一、抜け道も隠れ部屋も隠れ地下室もあるという不思議な建物だった。セリはこの不思議な建物が好きで、好んで使っていたのだが……ここを見つけ、買い取った人物が居るとは……。

 セリは、自分の顔の高さに取り付けられている大きなドアノッカーに手を伸ばした。錆び付いていたドアノッカーも取り替えられ、今は真新しい真鍮がにぶい輝きを放っていた。


 コン、コン。


 少しすると、薄く開けられたドアから難しい顔をした痩せた老人が顔を覗かせた。

 小さな眼鏡を高い鼻の上にちょこんと引っ掛け、薄いレンズの奥に見えるグレーの瞳の周りには細かな皺が沢山刻まれていた。真っ白な髪は綺麗に後ろに撫で付けられている。だいぶ高齢のようだが、真っ直ぐな背筋と強くしっかりした視線は老いを感じさせなかった。

「お嬢さん、何用ですかな?」

「あっ、すみません。私は配達屋ことりのセリと言います。お手紙を持って来たんですが……ええと、ここは《ビコロール商会》ですか? 間違いなければ、受け取りの署名を頂きたいのですが」

 すると、老紳士はセリが差し出した書簡を受け取る事無く、セリを建物の中に招き入れるかのようにドアを開けると、身体を横にずらし薄暗い室内を真っ白な手袋をした手で流れるような仕草で示した。

「お待ち致しておりました。どうぞ、中へ……」

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