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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
25/34

25.仲間

 真新しい傷ひとつない金のブローチをした沢山の新入生が学院の一角にある掲示板に張り出されたクラス分けの紙に群がっている。

 質素な服装の者も居るが、大抵は裕福層の人間が多いそうだ。だが、この国の識字率を考えるとそれは仕方が無いのかもしれない。

 セリも掲示板の集団に加わるも、一際小さな身体ではすぐに人ごみに埋もれてしまって、なかなか自分の名前を確認する事が出来ない。

(少し落ち着いてからにしよう……)

 早々に諦めて集団からなんとか這いつくばって抜け出すと、セリは目の前に輝く物を見つけた。

(銀貨っ!!)

 そのままの体勢で飛びついたセリは、手の下に感じる丸いひんやりとした感触にニンマリした。

 すると、視線を上げたその先にもまた……。

(銅貨! しかも穴開きじゃないし!)

 ぴょこんと四つんばいで飛びつくセリの姿は傍からみたらさぞかし滑稽だろうが、本人はそれどころではない。周りは掲示板に集中しているし誰も気にしていないだろう。

(他には?)

 キョロキョロするセリの視界に、また光る物が入った。

(また銀貨!)

 ピョコピョコと不自然な格好で掲示板前の集団から離れていくが、そんな事はどうでも良かった。

「はぁぁー! また!」

 ピョコピョコ移動を何度か繰り返し、五枚目の硬貨を手にしたセリは、いつの間にかひとつの部屋の前まで来ている事に気付いた。

 更に、目の前に今度は硬貨ではなく、よく磨かれた茶色の革靴が現れた。

「まったく……君を呼び寄せるのは簡単だね。セリ」

 少し甘く耳に響くその声に、セリの心臓がどきんと跳ねた。

 そろそろと視線を上げると、面白そうに目を細める紫の瞳がこちらを見詰めていた。

「あ、アレク!?」

 思いのほか大きな声が出てしまい、周りの視線がいくつかこちらに向けられるのが分かった。

「あれ? クリストフ殿下……じゃないか?」

「は? そんなわけないだろ」

「でも……ほら」

 周りのざわめきを感じ取って慌てて立ち上がり、アレクシスの腕を取ると、セリはそのまま横の部屋に引っ張り込んだ。

「おっと。どうした? 私に会えて嬉しいのか?」

 セリは余りにも慌てていて、アレクシスの言葉に笑いが含まれている事に気付いていない。

「駄目じゃない! ここで何をしているの? 皆が気付いちゃったら……」

「ここで? だって私も学院の生徒だからね」

 ほら、とセリと同じ真新しい金色のブローチを指し示す。エリオットもまた同じようにセリに自分のブローチを見せた。なぜかエリオットは胸を張ってさえいる。

「え? 生徒? え? どういう事? ふたりも、入学したの?」

「実は僕等だけじゃないんだけど……」

 エリオットが含みをもたせ発した言葉に、セリが聞き返そうとした時、部屋の外がにわかに騒ぎ出した。

「クリストフ殿下が? え? 本当か!?」

「本当だって! 向こうにいらっしゃったぞ! 学院長と話しているの、見たんだって!」

 その言葉に騒ぎは瞬く間に広がった。

「え? どういう事?」

「国王陛下が、これからの時代国王になる為には広く世界を知る事が必要だとおっしゃってね。クリストフ殿下も今年学院に入学したんだ」

「ええっ!? でも……二人は表に出たらマズイんじゃ……」

 セリの言葉にアレクシスとエリオットはお互いの顔を見合う。

「あのね、僕とアレクは表に出る事になったんだよ。敵が僕等の存在を知ってるなら、隠れていても意味がないだろ? なら、堂々と出ようって事になったんだ。その方が動きやすい時もあるし、色々牽制にもなるしね」

 確かに、二人の存在が公になると秘密裏に存在を消すような事は出来なくなる。それはよい考えのようにも思えるが……。

「え……。じゃあ密偵っていうのは? 辞めるの?」

「それは内緒にするんだよ。アレクと僕は身体が弱くて療養の為フォーリッジのデュアイン公爵家に居た事になっているんだ」

「そうなの? じゃあ、また会えるのね?」

 セリの素直な反応に、アレクシスは思わず微笑んだ。

「え? あっ!」

 アレクシスの腕を掴んだまま身体が密着している事に気付き、セリは慌ててその手を離し飛びのく。

 すると、急に真面目な顔になったアレクシスが声を潜めて話し出した。

「少し前、闇市で塩が売られているという匿名の情報があって、その場に現れたクロード・セドラン男爵が捕えられた」

「えっ! じゃあ、解決したの?」

 その言葉に、アレクシスは苦々しい表情で首を振る。

「今回も、実行犯だけが捕えられ、バシュレ公爵にまで捜査の手は及ばなかった。――荷馬車が消えたろう? 国境の村という場所も利用し、一旦隣国のバルテールを経由していたんだ。バルテールはオクタヴィアン・バシュレ公が娘アドリエンヌを嫁がせた国……バシュレ公とはまだ個人的な交流がある。それを利用してバルテールからの他の荷に紛れ込ませたと考えられる」

 それを聞いてセリは不思議そうに首を傾げた。

「そこまで調べて分かっていて、どうして――」

「今回はね、相手が上手だったんだ。クロード・セドラン男爵の経歴がいじられていた。あの男は生まれも育ちもラングドンなんだ。以前、元々闇市に出入りしていた男で男爵の爵位を買った男だと話したね。だが、なぜか事件を追及していったら田舎がバルテールの北部という事になっていた。つまり、それを利用した単独犯という事になったんだ」

「ご丁寧に、その田舎には“セドラン邸”があってね。没落した貴族という経歴までが用意されていて、気持ち悪いたら無かったよ」

 二人はこの一ヶ月程、なんとかこの“作られた経歴”に穴を見つけられないかと奔走したのだという。だが、高齢で記憶があやふやになった元執事なる人物までが居り、今回はそれ以上の追求を諦めなければならなかったのだと悔しそうに話した。

「そんな!」

「何度も逃がしてたまるもんか! いつか僕等が尻尾を掴んでやる!」

「そうよ! 男爵を利用するだけ利用して罪を全て擦り付けて、自分はまんまと逃げるだなんて! 許せないわ! あっ……」

 また大きな声を出してしまい、セリは慌てて両手で口を押さえた。

 そっと廊下を覗くと、こちらの声には気付いていないようだ。廊下に居る人々は、まだクリストフ王子殿下の入学の話題で盛り上がっているようだ。

 その様子にホッとして二人を見ると、二人ともセリをじっと見ていた。

「……え? 何?」

「学院での生活が本格的に始まる前に、セリちゃんにこの事を伝えておきたかったんだ。なにせ、彼は君のお母上の事件にも深く関わっていると、僕達はまた強く思ってるから」

「うん……」

 エリオットが何を言わんとしているのかが分からず、セリは戸惑った。

 エリオットの言葉を繋いだのはアレクシスだった。

「セリ、バシュレ公の件は君の人生をも大きく狂わせた。それて私達からの提案なんだが――」


 ――私達の仲間にならないか?


 アレクシスは、セリの目をじっと見詰めた。

「頼りないかもしれないけれど、でも今度こそ絶対、守ってみせるから」

 そう言って差し出される二人の手を、セリは躊躇する事なくしっかりと握り締めた。

「勿論よ! あたしだって真実を知りたい! ――二人と会えなくて、この一ヶ月とても寂しかったもの……」

 二人の手を握りながらはにかむセリの様子に、二人は笑みを深めた。

「ありがとう。実はね、セリちゃん。この件はアレクシスが言い出して、国王陛下と後見人になった僕の父上に直訴したんだ」

「えっ……」

「エリ……! それは……」

 珍しく不機嫌そうに顔をしかめ抗議するアレクシスに、エリオットは面白そうに先を続ける。

「まぁ、ツバつけておきたい気持ちは分かりますけどねー」

「おっ、おい! エリ!」

 だが何の事だがセリはピンとこない。

「ねえ、なんの事? それに、どうして学院生活が始まる前に確認したかったの? ツバつけるって何に? ねぇってば!」

 訳が分からないとばかりに質問を連ねるセリに、またもやエリオットが面白そうに答える。

「セリちゃんがリストに載っちゃったから」

「は?」

 質問に対して、またもや訳の分からない答えが返ってきて、セリは焦れたようにエリオットの腕を引っ張った。

「リストって何? ねぇ、一体何の事なの?」

「イテテッ。クリストフ様のお妃候補だよ!」

「は!?」

 セリは頭が真っ白になった。オキサキコウホ? 何を言っているのだろう。

「だってそうだろう? セリちゃんは平民とはいえデュアイン家の血をひき、王妃様の姪に当たる。父上が最近後見についたとあって、噂には尾ひれがついて……女の子が居ないデュアイン家が放った秘密兵器って事になっちゃってるんだよね。クリストフ様は成人を迎えられ、婚約者を選ぶ年になられた。これまでの候補者はアナベルも含む有力貴族の令嬢の名と、外国の姫君の名……ざっと五人位居たのかな? 皆セリちゃんの存在に戦々恐々としてるみたいだよ?」

「だよ? じゃないわよ! 何よそれ!」

「そんな噂が流れたところに、クリストフ様の学院入学ときたもんだ。セリちゃんがもう入学準備をしてるって情報がどこかから漏れてさぁー。大本命か!? ってなって、花嫁修業に勤しむはずだった候補達も学院受験を決めたらしいよ」

「は!?」

「噂って怖いよねー。クリストフ様が学院に入る事を決めた背景には、お相手にはダンスや刺繍なんていう女性らしさよりも、国政や外交について対等に話せる教養を求めておられる、なーんてもっともらしい理由までついて回ってね」

 セリは真っ青になった。

「て事は……そんな貴族のご令嬢までが今年は沢山入学してるって事!? あ、でも同じクラスとは限らないし……」

「え? 同じだよ? クラス分けは貴族も平民も関係ないけどね。今年は初めて第一王子が入学するって事もあって、アレクも僕も、セリちゃんも同じクラスになってるんだ。えーと……アナベルも一緒だけどね。だから、本格的な学院生活が始まる前にセリちゃんの気持ちを確認しておきたかったんだよ」

 セリは純粋に地図屋になるために勉強したいのだが、既に別の争いに巻き込まれているようだ。

 盛大に顔を顰めるセリを見てエリオットは笑い出してしまった。

「全く。ここで光栄です、なんて言わないとこがセリちゃんらしいよね。アレクも焦る事ないと思うんだけど――」

「エリ! いい加減にしないか!」

「私、地図屋になりたいだけなんだけど……」

 するとなぜかアレクシスが苦笑した。

「セリはそのままでいいんだよ。なんだか可笑しな展開になってしまってすまない」

「アレクがセリちゃんの事を国王陛下と父上に進言した時点で、一体誰に対しての牽制なのかって感じだけどねー」

 なぜかいつになく強気なエリオットだが、やっぱりセリにはその言葉の半分も理解できない。

 その言葉の意味を、セリが知るのはまた別の話。セリの恋心は蕾どころか芽すら出ていない種のようだ。

「さあ、行こう。セリ」

 小さく溜息を落としアレクシスが改めて手を差し伸べる。エリオットもそれを見て嬉しそうに笑うと、同じように手を差し出した。

 あれきりだと思っていた二人とまた同じ時を過ごせる。その事実にセリは大きく頷き笑顔で手を取った。

 セリの人生はこの数ヶ月で大きく動き出していた。でもそれは、セリが自分自身で選んだ道。

 二人が一緒なら、大きな流れにも負けないとそう思えた。


                              《第一章 完》




 

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