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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
20/34

20.集めた欠片

 セリの家を後にしたアレクシスとエリオットは、会話もせずに黙々と大通りに向かって歩いていた。

 二人の姿を見て巡回中だった警邏隊は、足を止めて様子を窺っていたが、くたびれているとはいえ高価な外套を着るアレクシスを見て詮索するのは躊躇われたようで、そのまま足早に去って行く。

 大通りに差し掛かると、黒光りした大きな馬車が止まっていた。その馬車に繋がれている馬は四頭とも大きな黒馬で、丹念に手入れされているのが一目で分かる見事な毛艶だった。

 御者は二人の姿を見とめると、礼をとり静かにドアを開けた。

 二人はそれに軽く頷くとすぐに馬車に乗り込む。すると、ドアはすぐに閉められ、静かに馬車が動き出した。

「見つけたのですか」

 中に乗っていた人物が、アレクシスの疲労感の滲む顔を見てそう口を開いた。

「ええ……あなたと同じ、金色の輝く目を持った娘です。――デュアイン公」

 馬車の窓から注ぐ月明かりに照らされ、金色に輝く瞳をすっと細めたのは、東の公、グレゴワール・デュアイン公爵その人であった。

「父上……では、目星はついていたのですか? ならばなぜ話してくださらなかったのですか」

 グレゴワールは隣に座る息子の肩に大きな手を乗せると、宥めるように話し出した。

「先にお気づきになったのはアレクシス殿下だ。私はそのお手伝いをほんの少ししただけにすぎない」

「気付いた? いつです?」

 焦れたようなエリオットの質問に、グレゴワールは息子の肩に置いていた手を上げエリオットを制した。

 いつの間にか馬車が止まっている。

「――旦那様、報告がございます」

「うむ。聞こう」

 グレゴワールの声を合図に再び開けられたドアの先には、顔の下を布で覆った闇夜に溶け込むような黒づくめの男が居た。

 男はチラリとアレクシスとエリオットに視線をやると、口元の布を押し下げた。

「お、お前……!」

「エリオット、黙りなさい。サジ、報告を聞こう」

「は。アンリはまだ家に居ります。逃亡の危険は無いかと思われますが――」

「皆戻って良い。この状況で逃げる男ではない」

「は」

 その言葉と同時にサジは口元の布をまた押し上げる。その時一瞬だけサジの視線がエリオットに向けられた。

「な――っ!」

 哂われた気がして文句を言おうとしたが、ドアの外に姿はもう無かった。

「父上っ! 僕達を監視していたのですかっ!」

「そのつもりは無かったのだが、どうやら情報が漏れているようだったのでね。何人か動かした――だが……」

 日頃穏やかなグレゴワールの瞳に冷たさが宿り、アレクシスとエリオットを交互に見た。

「だが、その判断は間違いでは無かった。殿下もお前も、まだ若い。様々な知識を得て、剣術に磨きをかけても、二人だけで背負い、行動するのは容易な事では無い。今回、その事がよく分かっただろう。いいですか、貴方は簡単に命を投げ打って良いお人では無い。国の為、お父上の為、そして大切な人の為とお思いなら、手下となる集団を作り、動かす事も必要です。全てを抱え込み、自分達で動いているだけでは、一度に出来る事は少なく、狭い。やがて全体像が見えなくなりますぞ」

 馬車で赤髪の男に短剣を差し出した事が思い出され、アレクシスは思わず唇を噛み締めた。

(怖い人だ――本当にギリギリで、私がどう動いたかも見ておられる……)

「――ヒューガルドの遺体は故郷に運んでおきました。親族の手によって、手厚く葬られる予定だと聞いております。それとセドリックですが……勝手ながら少し休みを与えました」

「……ありがとうござます。公爵」

 アレクシスは素直に頭を下げた。

「殿下も含め、色々考える事がおありだったでしょう。ですが、全て動き出している。セドリックも、お二人に会う時には普段通りになっております。お二人も、経験した事全てをそのまま受け止めて、前に踏み出して頂きますよう」

 その言葉にアレクシスとエリオットは神妙な顔つきで頷いた。

 馬車の周りからいくつかの気配が消え、馬車は再びゆっくり動き出した。

「ですが……公爵が動いた理由は、偶然とはいえセリが関わっていたからではありませんか?」

「そうだ! セリちゃん! 殿下はいつお気づきになったのです?」

「初めて会った時から……気にはなっていた。髪に挿しこんだ繊細な彫刻のペン、光の加減で金色にも見える瞳。店の看板につけられたリューシスの幼鳥……最初はそれだけだった。でも……お前も覚えているだろう? 小さな頃、よく遊んでくれたアンリを。あんなに背の高い人はそうはいない。お前ですら裾が余るマントの持ち主……名は変えていたが、姓はそのままエストレを名乗っていた点。なにより、セリの名だ。攫われた娘の名は、セリーヌ。セリ自身が言っていただろう? あの辺りでは名前を略して呼び合うのだろ。セリーヌとは、母親であるミレーヌ様が名付けた名……アンリはセリの名まで変える事は出来なかったのだろう。一つ一つは小さな欠片だった。だが、それを繋げてみると……セリーヌだった。セリーヌに違いなかった。あの焼き菓子の食べ方もね」

 そう話すアレクシスの目は優しく細められている。

「一口大の小さな焼き菓子を、二つに割って食べるんだ」

「それは我がデュアイン家特製のあの焼き菓子ですかな?」

「ええ。小さな手でお菓子を割って、バターの香りににっこり笑って……彼女はあのままでしたよ」

「そう、ですか……」

 グレゴワールの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。脳裏には、小さなセリーヌが向ける愛らしい笑顔が思い浮かばれた。

 幼い頃、まだろくに歩けないのに自分達と一緒に遊ぼうとよちよちとついて歩いては何度も尻餅をついた小さな女の子。それは二人にとって大切な従妹であり、グレゴワールにとっても目に入れても痛くない程に可愛い姪だった。

「明日、ビコロール商会に二人揃ってやって来ます。デュアイン公も同席して頂きたく思っております」

「ええ、ええ。勿論そのつもりでおります。ですが――」

 不揃いな石畳に大きな音を立てて速度を上げた馬車に、その先の言葉はかき消された。


 朝早く、霜が降りて濡れた石畳を歩く三人の心の中は重苦しいものだったが、それとは対照的に空は晴れ渡っていた。

 雲ひとつない快晴が、いびつな石畳に三人の影を映し出す。広い肩を持つ細長い影と、それにちまっとした小柄な影が寄り添う。そしてむっちりとした二の腕を持つ逞しい男の影は、横の二人を気遣うように時折視線を送っていた。

 程なくして現れた路地に入り、更にいくつかの角を曲がる。

 普通の人間ならば、今居る場所がどこなのか方角さえも曖昧になり分からなくなるだろう。だが三人の足取りには迷いが無い。

 セリは自分の過去とテオの事に思考が囚われていて、コニーの足取りの確かさにまでは気が回らないでいた。

 三人の目の前に、突然大きな邸が現れた。濃い色の煉瓦を使った重厚な邸は豪邸と言っても良い造りだったが、日の当たらない細い路地では暗い石畳の色に同化して目立たないという不思議な邸だった。

 その邸の前で、テオが愛しそうに煉瓦を撫でている。先に進んでいたセリが、立ち止まっていたテオに気付いて声を掛けた。

「おじさん、こっちよ。この裏」

 その声にテオが無防備な表情で振り向く。昨晩からセリの視線を避けていたテオが、この日初めてセリの瞳をまともに見た瞬間だった。

 感情が抜け落ちていたテオの瞳に、ゆらりと炎を宿った気がした。

「お、おじさん――」

 それに気付いたセリが更に呼びかけると、テオは覚悟を決めたかのように頷き、力強く一歩を踏み出した。

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