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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
19/34

19.十五年前の真実

 彼らは一体何の為にテオをこんな目に合わせるのか……セリは痛い程に握り締めてくるテオの手を、空いている手で必死に撫でながらアレクシスを見た。

「そんな目で見ないでくれ……。これは君の為でもあるんだ」

 アレクシスの紫の瞳が苦しげに揺らぐ。

「あたしの……? どうして?」

「事件が起こったのは十五年前……王妃の命が狙われていると情報が入ったのは、バシュレ公のご令嬢アドリエンヌが隣国バルテールから娘のアナベルを連れ帰ってしばらくしてからだ。バシュレ公の指示か、アドリエンヌもまだ父上に未練があったのか……きっかけは最早どうでもいいな。とにかく、西の公の血筋、そして国王夫妻の幼馴染という立場を利用し、アドリエンヌは頻繁に宮殿に出入りするようになった。最初のうちは大人しかったが、徐々に宮殿内の様々な事に口を出すようになった。周りも夫を亡くし国を追われた形となったアドリエンヌに同情し、我侭を聞いた。それで調子に乗ってしまったのか、今度は兄――クリストフには遊び相手にとアナベルを送り込んだんだ。そしてまるで自分が女主人であるかのように振舞うようになった。それでも国王夫妻にとっては大事な幼馴染だ。嫁ぎ先で辛い思いをしてきたのだろうと、寛容に受け止めていた。――王妃の毒見係が倒れるまでは」

 毒――聞き慣れない恐ろしい言葉がセリの耳の中にとろりと入り込み、身体がぞくりと震えた。

「……その毒見係が犠牲になったの?」

 喉が渇き、掠れた声で訊ねたセリの言葉に、エリオットは首を横に振った。

「ううん。数日寝込んだけど、助かったんだ。それほど強い毒ではなかったみたいでね。アドリエンヌは自分専用の部屋を要求し、更には食事やお茶、お茶請けの菓子にまで口出ししていて、王宮に用意させた自室に隣国の調味料や茶葉なんかを持ち込んでいたから勿論すぐに疑われたんだよ。でも恐ろしい事に、彼女の毒見係もその後倒れたんだ。アドリエンヌ側の侍女は可哀相に……後遺症が残って城を出た。一転してアドリエンヌは容疑者から被害者になったというわけ」

「待て。そんなら犯人は他に居るんじゃねぇか」

 コニーの言葉にセリも同意したが、エリオットはきっぱりと否定した。

「城を出た侍女は、その後家族共々王都を出た。そして今はラングドンに住んでいる。遠縁を頼ったという話なんだけど、僕達の調べでは彼女はラングドンには縁戚関係は居ない。それどころか、両親は共に高齢で仕事に就いているものは居ないのに、生活は城に居た頃よりも潤っているらしい。つまり、何者かが援助しているってわけ。悔しい事にそれがバシュレ公かどうかはまだ分からないんだけど……」

 テオの手が益々強くセリの腕を掴む。指はセリの柔肌に食い込み、指先は痺れてきた。

「テオ、それ以上力を入れたらセリちゃんの腕が折れちまう」

 コニーがテオの指を一本ずつ緩ませ、そっとセリの腕から外していく。じわんとした熱が腕全体に広がり、セリの腕は解放された。

「そこまで調べられたのは最近になってからなんだよ。当時はアドリエンヌも被害者の一人として扱われていて、毒見係は役目を続ける事が出来なくなって城を出た。それだけで終わっていたんだ。そうして真犯人を捜す方に集中した。でも、実は国王陛下はアドリエンヌを疑っていた。常に近くに居るアドリエンヌの目を欺かなければ王妃様を守れない。王妃様を守りながら真犯人をあぶりだすにはどうしたらいいか……選ばれたのは、王妃様の身代わりだ。そっくりな女性を身代わりとして置き、本物の王妃様をアドリエンヌから引き離す目的だった」

 セリはまだ何が自分に関係するのか分からず、ただただじんわり熱を持つ腕を擦っている。そんなセリの視線の先で、アレクシスが重い口を開いた。

「王妃の身代わり――それが、君のお母上だよ。セリ」

「えっ!?」

 大きな声を上げて驚いたのはエリオットだった。

 セリはアレクシスの突拍子も無い話に言葉も出ず、ただ口をぽかんと開けていた。

「……気付いてなかったのか? エリ」

「全然!」

「ちょ、ちょっと待って! どういう事? まさか、本当にそんな血生臭い話におじさんとあたしが関係してるって言うの?」

「――残念ながら……。君のお母上が犠牲になり、亡くなってしまったんだ……。そして、お母上の護衛だった、君がテオおじさんと呼んでいるアンリ・エストレも被害に遭い、毒の影響で声を失った……。君達二人は血が繋がっていないんだよ。君はアンリをお母上の兄だと思っているようだが、事実は違う。君のお母上は、私の母――王妃の実の妹……つまり、デュアイン公爵家のご令嬢だ。アンリは、公爵家に仕える男だった」

 アレクシスの告げる言葉が、次々にセリを襲う。

 セリはもう、腕を擦る事も忘れ混乱する頭を抱えてペタリと床に座り込んだ。

「もう……勘弁してやってくんねぇか。それ以上はちゃんと落ち着いたとこで話してやってくれ。頼む」

 無関係なはずのコニーでさえ、打ちひしがれた様子で二人に頭を下げた。


 気が付くと、外はすっかり闇に包まれ、いつの間にか出て行ったのか家の中にアレクシスとエリオットの姿は無かった。

 家の奥にある寝室はたった一つで、テオの大きな寝台の横にセリの小さな寝台があるだけだ。

 テオは入り口に背を向けて横になっているが、きっと眠ってはいないだろう。

 そのままどれだけの時間、テオの背中を見詰めていただろう……寝室の入り口で立ちすくむセリの傍にコニーがやって来て、すっかり冷えたセリの身体を毛布で包み込んだ。

「悪い……あいつらにはとりあえず帰ってもらったよ。明日、ビコロール商会に二人を連れて行くって条件はつけられたけどな」

 なぜか謝るコニーに、セリは弱々しく首を振った。

 そのまま小さな暖炉の前に連れて行かれ、前に置かれた椅子に座らされると、セリは目の前でパチパチと火の粉がはぜるのを見詰め、ほうっと息をついた。

「ううん……コニーおじさんが居てくれてすごく有難かった。でなければ、あたしもっと取り乱してたと思う。こんなおじさん初めてだもん。なんだか怖いよ……」

 コニーも椅子を持ってくると隣に座り、セリを元気づけるように背中を撫でた。

 毛布の上からでもコニーの大きな手のぬくもりが感じられ、セリは涙が込み上げ喉が焼けるように熱くなるのを感じた。

「おじさんはね、お母さんの事沢山知ってるの。好きな色も、口癖も、あたしの知らないお母さんの事、沢山教えてくれた。お母さんの事をね、『僕の大切なお姫様』って言うのよ。お父さんの事も知りたかったけど、おじさんが書いてくれるのはお母さんの事ばかりで……でもそれでも嬉しかったの。おじさんの書く言葉を全部知りたくて、一生懸命文字も覚えたわ。あたしの名前はお母さんがつけたんだって。書き方を教えてくれたの。おじさんはお母さんのお兄さんなの?って聞くと、にっこり笑うのよ。だからお父さんの事をあまり知らなくても仕方ないんだなって思ってた――。でも……違うのね。明日……行かなきゃ駄目かな……」

「――行かなきゃな。あいつらの話が本当なら、本当の“伯父さん”に会える。セリちゃんは本当の家族をもっと知りたくはねえのか? テオを――あいつを慕ってるのは分かってるよ。でもな、このまんまじゃ前みたいには居られねえだろう。それにな……俺、テオには何かあるなって薄々気付いてたんだ」

「え……」

 意外な言葉にコニーを見上げると、コニーは少し寂しそうに笑った。

「テオはどんな仕事でも請け負うんだ。少し期間が長くても、遠くても。危険な道のりでもだ。だがな、決して受けない仕事があった。貴族の護衛だ。始めは何でだろうって思った。貴族の護衛は給金がいい。そりゃ偉そうな物言いをするいけ好かねぇヤツは居るさ。でもあんま無理はしねぇから楽に稼げる相手なんだ。でもな、気を使う相手は嫌だと誤魔化すんだ。でもよぉ、正直何でもがさつな俺とは違って、あいつの動きはどこか優雅なとこがあった。字も上手いしよ。だから勿体無ぇって言ったんだ。でもあいつは頑として受けなかった。今思えば、相手が貴族だと自分の過去を知ってる人間に会う可能性があるからだろうな」

「そうだとして、おじさんはどうしてあたしを連れ出して二人で暮らそうと思ったの? もしかして、あたし本当の家族に……す、捨てられたのかな?」

 大きな毛布の中で身を縮こまらせるセリを、コニーの大きな手が力強く抱き締めた。

「ばーか。んなわけねーだろ。それは明日、ちゃんと聞くんだ。な? でかい地図屋開くんだろう? それにはまず、ちゃんと自分の人生受け止めにゃなんねぇだろ」

 言い聞かせるようにゆっくりと話すコニーの言葉にセリは暫く考えて、そしてしっかりと頷いた。


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