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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
18/34

18.異変

 《ことり》に着くと、既に仕事を終えた配達員は帰宅しており、マリアはまだ戻ってきていない数人の配達員を待っていた。

「ただいま、マリア!」

「おや、おかえり。もう少し時間がかかると思ってたがね」

 セリに視線を向けたマリアの目が目ざとくアレクシスを見つけた。

 マリアは入り口で待つアレクシスの後姿に笑みを深めると、意味深な視線をセリに投げかけたが深く追求する事はなく、すぐに証明書を作ってくれた。

「こんな無理を聞くには追加料金が高くつくんだけど……あんな格好の割には姿勢も良いし、あの外套……だいぶくたびれてるけど、最高級品だね。支払いには困らなさそうだ」

「勿論よ! しっかり頂いて来るから!」

 思わずそう言い返したセリだったが。マリアが書いた追加料金の請求書は目玉が飛び出るかと思う程の金額が書かれていた。だがマリアは平然とそれをセリの手にねじ込んでくる。

「銅貨一枚たりともまけないからね」

「わ、分かったわ。だい……じょぶ。うん、きっと」

 三ヶ月分の給金に匹敵する追加料金の請求書と通行証明書を持ち、セリは泣きそうな顔で自分達を見送ったエリオットを思い浮かべた。


 セリが外に出ると、アレクシスはきょろきょろと街並みを見ていた。

「おまたせアレク……どうしたの?」

「いや……この辺りの建物は不思議だと思ってね。小さな建物に色も質感も違うドアが複数ついていたり、ひとつしかドアが無いのに何家族も入って行ったり、無理な増築で建物がいびつな形でせり出して極端に路地が狭くなっている場所もある」

「そうね。貧乏になると、王都の丘の麓の方でも一軒家を持つのは難しいもの。小さな建物でも、中で分かれていて何世帯もが一つ屋根の下で暮らしているのよ。そんな集合住宅もあるし、急にお金持ちになって丘の上に引っ越す人もいるけど、場所を変えずに住まいそのものを増築したり……この辺りは日々変わってるわね」

「それを全て覚えているのか?」

 アレクシスは驚いたように目を見張るが、セリには当然の事だった。それでなければ配達屋は務まらない。

「そうよ。仕事だもの。それに地図屋になりたいって言ったでしょ? 当然よ。世界堂の地図を見て思ったわ。私達の階級の人間が使える地図じゃないって。だからこそ、私は一人一人の目的に合った、本当に役に立つ地図が作りたいの」

 下級層地区には街灯が少ない。大通りや丘の上の富裕層地区は成人男性の背丈程の位置にランプが吊り下げられ、夜道を巡回する警邏隊が消えかけた火を補充する為、朝まで石畳の道は明るく照らされている。だが、希少な灯石は時として盗難の被害に遭う為、自然と下級層地区は価値が低い質の悪い灯石ランプがぽつりぽつりと設置されているだけであった。

 セリの家がある場所も、街灯はあるもののその感覚は開いており、警邏隊の巡回も少ない為に夜の内に火が消えてしまう事が多々あった。

「送ってくれなくてもいいわよ? 慣れてるし……」

 街灯から離れた位置では、アレクシスがどんな表情をしているのかも分からない。

「いや、送らせてくれ。――それにしても灯りが少ないな。これも報告しておこう」

「うん……あの、こっちよ」

 セリの家は、店がある場所よりも更に坂の下にあった。

 滑らかだった石畳は徐々にいびつな形になり、気をつけないと躓いてしかうほどだ。街の整備は富裕層の地区が優先される。だがこの辺りはまだ良い方だ。麓に行くにつれ石畳は土がむき出しになった部分が多くなり、あちこちに雑草が生えている。

「そこの路地を入るの」

「更に暗いじゃないか」

 吐き出すように呟かれたその声は闇に紛れて表情は見えなくても、アレクシスが顔をしかめたのが分かる程だった。

「でもすぐそこだから」

 そう言って路地に向かうと、反対側の暗闇から大きな人影が現れた。

 一気にアレクシスに緊張が走る。体勢を整え、セリを背に庇おうと手を伸ばした。

「あれ? セリちゃんじゃねぇか?」

 大きな影から明るい声が響き、セリの頬も自然と綻ぶ。

「コニーおじさん!」

「えっ!? セリちゃん!? うわぁ、ほんとだ! アレクもいる!」

 騒がしくコニーの後ろから飛び出してきたのは、なんと南門で別れたはずのエリオットだった。

「エリオット! どうしてここに居る?」

「そうよ。証明書が無いのに、どうやって門を通れたの?」

「この人が助けてくれたんだよ! 事情を話したら証明書を貸してくれて、セリちゃんに会わせてくれるって言うから……わぁ、ほんとにすぐ会えた!」

「そういうこった」

 さも良い事をしたといわんばかりに、分厚い胸を反らせるコニーだったが、セリは信じられない思いでいっぱいだった。話せないテオの代わりに、何かと世話を焼いてくれるコニーはテオの証明書を持っているはずだ。つまり――。

「つまり、おじさんの証明書をエリに貸しちゃったって事!? じゃあ、おじさんが帰って来られないじゃない!」

 セリの訴えを聞いても、コニーはたいした事じゃないさ、と肩を竦めた。

「テオなら大丈夫だ。そもそも今日は別行動だったんだが、もう帰って来てるだろうよ。ホラ」

 路地に入った先をコニーが指し示す。その先には周りの建物に押しつぶされそうに小さく佇む二階建ての一階に、ほんのり灯りが点っていた。

「セリ……君の家はあそこか?」

 なぜだかアレクシスの声が硬い。不思議に思いながらもセリは素直に頷いた。

「うん。……え? でもおじさん先に来てるって……門を通れたの?」

「だな。あいつにゃ証明書なんて、あっても無くても意味はねぇんだ」

「……行こう」

 先に立って歩くアレクシスの勢いに遅れを取って後ろから追いかけると、追いついたのはアレクシスが目の前でドアを勢いよく開けた後だった。

 セリが帰って来たと思ったのだろう。いつものようにドアに背を向けて座っていたテオが穏やかな笑顔で振り向く。

 が、入り口に立ちはだかるアレクシスの姿を見ると、その顔から一瞬のうちにストン、と表情が抜け落ちた。

 ドアを開けたままその場に立ち止まったアレクシスの横をなんとかすり抜け、セリが室内に入ってもテオはセリに目を向けようとはしない。

「お、おじさん? 大丈夫よ。この人達、今回ことりの仕事で一緒だった人達で……」

 テオの異様な雰囲気に、セリは慌てて説明するがその言葉は途中喉の奥で凍りついた。

 “幽霊”でも見たかのように顔を強張らせたままのテオがゆらりと立ち上がる。

 そして、息を飲んで見守るセリの目の前で、テオの大きな身体は力が抜けたようにその場にくず折れた。


 ――ドスン。


 鈍い音を立てて膝をついたテオはぶるぶると大きく震えている。

 その瞳は相変わらずアレクシスに向けられていた。

「おじさん! ねえ、おじさん。どうしたの!?」

 寄り添ってテオの広い肩を力一杯揺すってみても、テオの瞳はセリを映さない。いくら呼びかけても、テオがセリの方を向く事は無かった。

 セリが不安に駆られてアレクシスを見上げた。

「アレク? どうしたの? 何があったの? おじさん、どうしてアレクを見てこんなに震えているの?」

 ドアを開けてからずっと何も話さなかったアレクシスがようやく口を開いたが、それはセリの問いかけへの返事では無かった。

「――久しぶりだな。――アンリ」

「……アンリ? 何言ってるの? おじさんの名前はテオよ!」

 アレクシスの言葉にセリは反論したが、驚いたのはエリオットも同じだった。

「え!? セリちゃんのおじさんが、アンリ!?」

 テオの身体がビクン、と一際大きく震えた。

 たまらずセリは力の限りテオを抱き締めるが、テオの震えは止まらない。

「何? どういう事?」

「おい。お前達が何をしようとしてるか知らんが、ちゃんと説明してやったらどうだ。そんな二人、見てられねぇ」

 コニーが割って入り、ドアを閉めて外の世界から切り離した。そしてそのまま怖い顔で部屋の中央の粗末なテーブルにどかりと座り込む。

「俺は部外者だろうが、見届けさせてもらう。こんなテオは初めてだし、そんな中セリちゃんを置いて出て行くわけにはいかねぇ」

「……いいでしょう。アンリの相棒のようですしね。ただし、ここで聞いた事は他言無用です。いいですね?」

「当たり前だ! 俺はこう見えても口は堅い!」

 憮然とした表情を見せるコニーに対して更に口を開きかけたエリオットを制し、アレクシスが静かに話し出した。

「――王妃暗殺未遂事件があった事は話したね?」

「うん……聞いたわ。王妃様はご無事だったけど、犠牲者が出たって……」

 その時、セリの腕をテオがぎゅうっと強い力で握った。その上に、ぼつりと何かが零れ落ちた。

 テオが、泣いていた――。

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