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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
14/34

14.強さと弱さ

 通された部屋には小さな寝台とテーブル、隅に小さな暖炉があり、すぐに火が入れられた。

 宿屋は小さく古めかしいが、綺麗に手入れされた居心地の良い場所だ。一部屋ずつに小さな暖炉が用意されているというのも嬉しい。聞けば女将の趣味のような宿屋で、あんあぶっきらぼうな口調だが、客が疲れを取ってくれ、また利用してくれたらそれが一番嬉しいのだという。

「藁とシーツも貸してくれるって。もらって来なきゃいけないから手伝ってくれる?」

「? あ、あぁ……」

(藁を借りる?)

 それが一体何に使われるのか、アレクシスにもエリオットにも想像がつかない。

 三人で両手に抱える程の藁を持ち込み、部屋の片隅に下ろすと、セリはそれを一箇所に集めて手際よくシーツでぐるりと包み込んだ。すると、あっという間に即席の寝台が出来上がった。

「へぇ! すごいね。まさか寝台を作るとは思っていなかったよ」

「言っておきますけど、ここは二人が使ってね。寝台はあたしが使うから」

 その言葉に、不思議そうにエリオットが首を傾げた。

「あのね、あたし怒ってるの」

 セリは両手を腰にあてて下から二人を睨みつけるが、ちっとも迫力が無い。

「まぁまぁ、セリちゃん。どうしたの?」

「まぁまぁ、じゃないわ! あのね、密偵とは言っておきながら、紋章が入った外套を着込んで貴族だってバレバレの格好で来るし、馬車にしろ宿にしろ、予約じゃなくてその場で借りるべきよ! 敵に入り込む隙を与えすぎだわ!」

 どうやらセリは本気で怒っているようだと二人も気付き、神妙な顔つきになる。だがそれはもう遅かった。セリの口は止まらない。

「相手がどんな素性の人間か分からないのに荷物を渡して! お陰で荷物は馬車に――あいつの手に渡っちゃったわ! 何が入ってたか知らないけど! それで国王様のお立場が悪くなったりしたらどうするの!? あなた達の密偵はお遊びなの!? でもね、あたしは違うの! 生活と、夢の為に多少の危険を覚悟してでも仕事するのよ。抜け道を調べるもの時間短縮の為、荷物をこうしてまとめてずっと身につけておくのも、お金と安全の為だわ。自分で考えて自分で守るしか無いんだもの。それなのに……あなた達、自覚が足りないわ!」

「セリちゃん、それは言いすぎ――」

「よせ。エリオット」

 エリオットが顔色を変え、セリを止めようとするが、アレクシスはそれを制した。

「ですが……」

「いや、いいんだ、セリの言う通りだ……。お遊びだなんて、そんな事は勿論思ってはいない。だが、確かに私達の行動は……父上が知ったら情けなくお思いになるだろう。……あんなに、犠牲を出したくないと言った矢先にこれかと、失望なさるだろう……」

 おろおろするエリオットに対し、アレクシスは静かな目をして俯いてしまった。そして二人に背を向けると、暖炉の前に座り込む。

「……ヒューガルドは……セドリックの甥だ。子供が居ないセドリックは自分の息子のように可愛がっていてね。――セドリックはきっと、彼の最期を知っても私達を責めないだろう。それどころか、彼が身を挺して私達を守った事を誇りに思うと言うだろう。心の中では泣いていても、決して口に、態度に出す事は無い。だが、それではいけないんだ……!」

「あ、あの……アレク、あたし言い過ぎて……」

 だがセリの言葉の続きを待つ事無く、アレクシスは首を横に振った。

「いや、君が正しい。私は――」



  ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。



 重苦しくなった部屋の空気を変えたのは、どこまでも暢気なエリオットのおなかだった。

「あの……ごめんね? さすがに僕おなかがすいて……」

 思わずセリは吹き出し、アレクシスも苦笑を洩らす。部屋の空気も少し和らいだ。

「いいわ。食事にしましょう。でも、あたしが持ってるのって硬いバゲットと干し肉よ?」

「セリちゃん、食料も持ってるの!? 干し肉は食べた事ないんだけど、今なら何でも食べれるよ!」

 子供のように両手を差し出すエリオットに、セリは苦笑を浮かべるとパンを一切れだけ残して後は全てエリオットに渡した。

「エリ一人の分じゃないわよ? アレクにも渡してね」

「うん! ありがとう!」

「手で千切るとボロボロ落ちちゃうから、そのまま齧り付くのがコツよ」

 食べ物を手にしたエリオットは笑顔でお礼を言うと、早速アレクシスの隣に座り込んでバゲットを取り出した。

 数日経って硬さを増したバゲットなど、二人は食べた事が無いのだろう。なかなか噛み切れずに苦労していたが、それでも空腹には勝てず黙々と口を動かす。

 セリも濡れたブーツを暖炉前に置くと、マントを脱ごうと手をかけた。すると、なにげなく手を入れた上着のポケットの中で何やら硬く冷たい物に指先が触れる。

(……何か入ってる?)

 不思議に思い取り出して見てみると、ラングドン行きの話を聞いた時、アレクシスに渡された銀貨だった。

「……忘れてた……」

 そっと横目で二人を見やると、二人とも今度は揃って干し肉に噛り付いていた。

(仕方ないなぁ……)

 セリは銀貨を握りしめたまま、そっと部屋を出た。


 セリが部屋を抜け出した事を、アレクシスは気付いていた。

「大事な人が犠牲になっても、こうして腹は減るのだな……」

「――殿下」

 セリが出て行った事にも気付かず、噛み切れない干し肉と格闘していたエリオットは呟くようなアレクシスの声に動きを止めた。

「ショックだったよ……。私はまだまだ考えが甘いんだな……」

「…………」

「セリの言う通りだ。勝手にセリを巻き込んでおいて、それでもセリも守れると思って……結局セリと、ヒューガルドに守られた。色々教わって頭と身体に覚えさせたつもりでも、実際はこのザマだ。セリが居なかったら、私達はもう戻れなかったかもしれない」

「……そうですね。お金も、食べ物も無くなって……それでもこの期に及んで高級宿屋の方に行っていたかもしれませんね」

「待ち伏せされてたかもな」

「……はい。セリちゃんは……強いですね」

「違う。私達が、弱いんだ」

「……そうですね。こんなはずでは無かったのに……そんな事、起こってからでは遅いんですよね……」

 神妙な顔つきで再びバゲットに齧り付いたと思ったら盛大に咳き込んだ。

「ゴホッ……ゴホゴホッ! すみません……むせて……日にちが経つとバゲットって硬くなるだけじゃなくて水気が無くなって口の水分が無くなりますねぇ。知らなかった」

 目を丸くするエリオットにアレクシスが冷たい視線を送った。

「……お前とは真面目な話が長続きしないな……」

「え? ふぁんれすか?(なんですか?)」

 今度は干し肉に再戦を挑んでいる。アレクシスは嘆息すると、自分でも干し肉に噛り付いた。


「……静かね」

 部屋に戻ってきたセリは、湯気がたつスープと小さなグラスが乗ったトレーを手にしている。

「それ、硬いしボソボソするでしょう? カスレに浸しながら食べた方が食べやすいと思うわ。それと、……少しだけど葡萄酒もあったの」

 脇に抱えた小さな瓶を見せると、エリオットは顔を輝かせたが、一瞬にしてその表情は暗くなる。

「でも……僕達お金が無くて――」

「あの時の銀貨、まだ上着のポケットに入ったままだったの。あれで帰りの宿代や馬を借りる位は出来ると思うわ」

「ええっ? それだけ? だってあれ、銀貨だよ?」

 銀貨が残っていたと聞いて一瞬顔を輝かせたエリオットだったが、セリの話に驚いたように声を上げた。

 銀貨と言えば、贅沢さえしなければ馬車を用意してきちんとした食事のついた宿にも泊まれるはずなのだが……。

「着替えだって必要でしょう? 悪いけど、鞄が手元にあったとしても貴族然とした格好じゃ目立って仕方ないわ。途中で馬を乗り換える必要だってあるかもしれないし、贅沢は控えないと。それに口止め料も少し女将さんに渡しておかなきゃ……女将さんだって、訳アリだって分かってるわ。カスレと引き換えに、アレクの外套を預かるわね。お湯ももらえたから、汚れを落としておかないと」

「すまない。銀貨は倍にして返すよ」

「当然! 奮発してもらいますからね!」

 外套を手にして一旦部屋を出たセリは、自分の分のカスレを持って戻ってくると、二人の隣に座り込んだ。

「ねぇ、セリちゃん……このカスレ、インゲン豆ばかりで肉らしき物が全然見当たらないよ?」

「……庶民なんてこんなもんよ」

「そっか……」

 エリオットは心底残念そうな顔をして、木製のスプーンでスープから見え隠れするインゲン豆をくるくると回した。


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