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幽霊王子のお抱え案内人(ガイド)  作者: 雪夏ミエル(Miel)
幽霊王子と配達屋の少女
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11.脱出

 振り向いたアレクシスの目には何の感情も無い。そこにはただ、見たものが震え上がってしまう程の冷たさを湛えていた。

 その感情が抜け落ちた冷たい瞳に、セリは胸が締め付けられ泣きそうになった。

 その瞳に、セリは見覚えがあった。

 テオは時折何も寄せ付けない冷たい目をする。――人を殺めた者の目だ――。テオは決して教えてくれないが、セリにはテオがどんな仕事をしてきた後か目を見れば分かった。

 そんな時、セリはただただテオを抱き締める。セリがどんなに手を伸ばしても、大きなテオにしっかりと腕を回す事は出来ない。それでもテオの目に温もりが戻るまで、その瞳にしっかりと自分を映してくれるまで、セリは力一杯抱き締めるのだ。

 今のアレクシスの目は、そんな時のテオの目と似ていた――。

 アレクシスの感情を映さない冷たい瞳があまりにも寂しくて、セリは思わず手を伸ばした。

 その時だった。

 ぐいっと強い力で横に引っ張られる。痛さにセリが顔を向けると、そこには血走った赤い目があった。口には歪んだ笑みを浮かべている。

「ふざけた事してくれるじゃねぇか……」

 ヒューガルドは赤髪の男の足元に崩れ、男の動きに合わせてずるり、ずるりと落ちていく。

 その動きは、もはや彼が動けない事を物語っていた。

 それでもヒューガルドの手は男の血で染まった白いシャツをしっかり握っていた。

「ちっ」

 男が煩わしそうに動かなくなったヒューガルドを蹴り上げると、男のシャツはビリリと裂けヒューガルドの身体が仰向けになった。

「……っ!」

 空を睨むように見開かれた瞳は、もう何も見詰めてはいない。開きかけた唇は血で染まり、もうどんな言葉を発する事も無いのだとセリには分かった。

「雑魚が……手こずらせやがって!」

 裾が破れた男の薄汚れたシャツは血と汗を吸い、べっとりと男の肌に張り付いている。

 生々しい血のにおいに顔を背けたセリだったが、すぐにその顔は苦痛に歪んだ。

 ギリギリと腕を捻り上げられ、口からは鋭い悲鳴が飛び出る。

「セリちゃん!」

 右腕にロープを掛けられ、動きが不自由になっていたエリオットが左手だけで男に殴りかかるが、男はいとも簡単にその動きをかわすと、思い切りエリオットの腹部を蹴り上げた。

「うぐっ!」

 そのままロープを強い力で乱暴に振り回され、あっという間にエリオットの身体は馬車の外に投げ出された。

「エリ!!」

 ロープはドアの床の隙間に挟まり、ギシギシと音を立てて滑り落ちるのを止めた。

「エリ! エリ!」

 男に後ろから羽交い絞めにされ、セリはエリオットの名を呼ぶ事しか出来なかった。

 セリが捕まり、アレクシスは男と睨みあっている。

「条件を言え。何でも飲んでやる。ただし、その子を放せ」

「まだ言ってやがんのか。上の命令が絶対だ。最悪は全員殺しても構わないとさ。その場合報酬は減るが、こうなっちゃ仕方ねぇ。てめぇ、このガキの為にその命を差し出すつもりか」

「……いいだろう」

 セリは耳を疑った。国王の密偵が、この国の王子が、何の力も持たない平民のセリの為に命を差し出すと言ったのだ。そんな事があっていいはずが無い。

「アレク! 何を言って――」

「くくくっ。こいつぁ面白え。――なら、まず短剣をこっちに寄越しな」

 狂人のような歪んだ耳障りが笑いの後、男は冷たい声でアレクシスに告げた。その言葉にアレクシスは素直に短剣の柄を男に向ける。

「近づくんじゃねえ! 足元に滑らせるんだ」

 アレクシスはカシャンと短剣を足元に落とした。その目にはまだ何の感情も無い。

 セリは息を飲みアレクシスを見詰めた。

 アレクシスが蹴った短剣は男の足に当たって簡単に動きを止める。

 セリは、頭上で男がニヤリと笑ったのを感じた。

「ったく……手間掛けさせやがって……」

 男はそう言うと、アレクシスを睨みながら短剣を取ろうと長い手を伸ばした。すると、セリを押さえていた腕の力がほんの少し緩んだ。

 今だ――。セリは、大きく口を開けると思い切り男の腕に噛み付いた。

「ぎゃあっ!!」

 拘束されていた身体が解放され、セリは楽になった喉に新鮮な空気を吸う。

 すると、目の前で驚いたように目を見開いているアレクシスに思い切り体当たりすると、そのまま車外へと飛び出した。

「ば、バカな! 止まれ! おい!!」

 男は叫ぶが、人の言葉など理解せぬ馬はその声に従う事は無く、馬車は猛スピードで走り続けた――。



「う……」

 思い切って飛び降りたものの、下は崖――。だが、セリの予想通りなら助かるはずだ。それでも打撲はまぬがれないだろう……そう覚悟してその身を縮こまらせたが、予想以上に衝撃は少なく、セリは不思議に思い目を開けた。

「……大丈夫かい?」

 すぐ近くからアレクシスの低い声が聞こえる。

 そして暑い吐息が頬をくすぐった。

 セリはアレクシスに背中から抱きこまれる格好で、草が生い茂る崖下に倒れていた。

 ダリルカム村は森が大半で、道脇の崖下も鬱蒼と緑が生い茂っている。それを見越して飛び出したのだが、目測は正しかったようだ。セリはホッと胸を撫で下ろした。

「もしかして、落ちる時庇ってくれたの!? アレクこそ大丈夫!?」

「ああ……。大丈夫だ。少し背中を打っただけで済んだ」

 周りの景色を確認すると、視界に一際大きな森が入ってきた。思った以上に馬が馬車を先に進めていたようだ。となると、敵は戻ってくる可能性がある。これより先は道が狭く、馬車では先に進めないからだ。一人残された赤髪の男は馬を宥めて馬車を止め、またアレク達を捜しに来るだろう。

「危ないわ。追っ手が来るかも……エリは大丈夫かしら?」

「……うん、大丈夫だから、そろそろどいてくれるかな……」

 下から突然くぐもった声が聞こえて、驚いたセリが下を向くと、先に車外に落ちたエリオットが二人の下敷きになって伸びていた……。

「はー。下が草地で助かったよ。それにしても、一人でロープに捕まっているのもやっとだったのに、二人が飛び出して来たから驚いたよ」

 エリオットが言うには、二人に手を伸ばしアレクシスの外套を掴んだと思ったら、重みでロープが切れ、そのまま落ちて下敷きになったのだと言う。

 起き上がって確認すると、エリオットは走る馬車にロープ一本でぶら下がっている状態だったのだが、ここでも分厚い外套に助けられたのだろう。外套はもうボロボロだったが、エリオット自身は手に擦り傷が出来たのと足に軽い打撲があるだけで済んだ。

「とにかく大きな怪我が無くて良かったよー。初っ端からこれだと先が思いやられるけどね。……ところでセリちゃん、ここはどこだろう。分かるかい?」

「目的地のダリルカム村の少し手前よ。あたしが連れて行きたかった場所はあそこよ」

 二人はセリが指差す方向を見た。

「あそこ? ……何も無いよ?」

 見渡す限り、緑だ。そして、空の青。そこに秋の終わりの冷たい風が吹き、緑がザザザと音を立てる。闇市に出回っているという良質の塩の出処を探しに来たのだが、保管倉庫のような建物も見えない。

「厳密に言うと、あそこよ。あの木々の向こう。一際大きな森の中」

 セリはそう言って、南の方角にある大きな森を再度指差した。

「実際に見て確認した方がいいわ。とにかく行ってみましょう。村は本当にすぐ近くなの。道が細くなって馬車が止まったら、赤髪の男が追ってくるかもしれないわ」

 今居る場所は、崖の下だがそれ程高さが無い為、通りからでも簡単に見つかってしまう。

 ロープを捨てて先を進もうとしたエリオットに、セリはロープを捨てないように言うと、セリはずっと胸に抱えていた荷物を改めて背中に背負い、先に立って歩き出した。

 膝上にまで茂っている草に足を取られなかなか森に近づけない。一方のセリは腰ほどの高さの草に覆われているにも関わらず、普段と変わらない足取りで進む。

 苦労しながらもなんとか森の入り口が見えたその時、木々の隙間から奇妙な物が見えた。




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