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元人間で元男で元勇者で現魔王の恋人?

元人間で元男で元勇者で現魔王の恋人候補?

作者:

前作の二人の出会い編です。

最初の設定はありきたりで痛い内容かもしれませんが、後半はコメディを多く入れたつもりです。

拙い文章ですが、最後まで読んで頂けたら幸いです。

 真っ白シーツに、フカフカのベッド。

 部屋はキングサイズのベッドが置かれているにも関わらず、まだまだスペースにゆとりがある程に広い。家具は最低限度の物しか置かれていないが、そのどれもが一級品だということがわかる。

 部屋全体がシックな色合いでまとめられており、とても落ち着く空間になっている。



 しかし、落ち着いている場合ではない。

なぜなら―――




 「知らない天井だ」




 いやいやいや、そんなボケをかましている場合じゃないだろう!!ここどこだよ!?待て待て待て、一回落ち着くんだ。そうだ、深呼吸をしよう。




 「すぅ――――――、はぁ――――――――」




 よし、落ち着いた。とりあえず状況の整理をしてみよう。

ここは俺の知らない場所で、ベッドで寝た記憶もない。うん、それは確かだ。

 じゃあ、俺はなんでこんな場所にいるんだ?確か俺は―――











 不気味な獣の声が響き、月明かりすらも届かない夜の闇に支配された場所。通称「魔の森」。

 人間が決して立ち入ろうとしないこの森を、今一人の若者が歩いていた。




 「はは、俺は大馬鹿者だな」




 俺はこの一年間の出来事を、ついさっき見た光景を、聞いた事実を頭の中で整理していた。






 俺は一年前まで普通の男子高校生だった。戦争もない平和は国で、毎日を同じように、何も考えずに過ごしていた。

 しかし、ある日曜日の朝にその平穏は突然に終わりを告げた。



 小説などでよく見た、異世界召喚というやつだ。目的なんかもありきたりで、勇者になって魔王を倒してくれとかいうものだった。

 正直、「なんで俺が見ず知らずの奴のために命がけで戦わなくちゃいけないんだ」とか思ったりもした。しかし、もう元の世界には返してやれないと言うし、役立たずとして放り出されたら、こっちの世界のことを何も知らない俺は生きていける保証なんてどこにもなかった。



 魔王を倒すという選択しか与えられなかった俺は、仕方なく聖剣を貰い、仕方なく修業をして、仕方なく旅に出た。

 だが、旅をして良いこともあった。

旅の途中で出会う人との交流。そのおかげで知れた人の優しさや温もり。戦場の中で命の尊さなんてのも学ぶことができた。日本であのまま暮らしていては、一生学ぶ機会が訪れないかもしれないことだった。その点に関しては、異世界に来れてよかったと思っていた。

だが、何よりも俺の中で支えになっていたのは、俺を召喚した国「ザイラック」のお姫様であるセリア=ザイラックの存在だった。

最初は、自分たちの身勝手な理由で俺を召喚した国のお姫様として毛嫌いしていたが、一緒に旅をしている間にその考えは変わっていった。怪我をしている人や病気の人を自ら治療して周り、貴族や平民といった差別意識を嫌う、心優しい少女であった。いつしか俺は彼女に惹かれるようになっていた。気付けばいつも目で彼女を追いかけていた。



彼女が夜盗の集団に誘拐されたのはそんな時だった。

俺は残った仲間たちと共に、野党の住処へと奇襲を仕掛けた。すでに人を斬ることに慣れていた俺は、野党たちを斬り伏せながら必死になって彼女を探した。牢屋の中で助けに来た俺を見て笑った彼女の顔に深い安堵が胸に広がったのは今でも覚えている。そして彼女を無事救出した日の夜。皆が寝静まっている中、彼女は野営地から少し離れた場所に俺を呼び出した。




 「あなたのことを愛しています」




 正直、夢だと思った。自分の頬を抓り、頭を木にぶつけて、夢でないことを確認。その後、彼女に言い間違いではないか、人間違いではないかを確認して、ようやく俺はこれが現実で彼女から告白されていることを認識した。


 返事?もちろん「俺もあなたを愛しています」しかないだろう?いや、実際は緊張でかなりどもっていたけど、そこはまあ相手に自分の気持ちが伝わればいいのさ。




 それからの俺は破竹の勢いで成長した。剣技、魔術、サバイバル術、ありとあらゆる技術をがむしゃらに学んでいった。

彼女を守るため。

なによりも、魔王を倒したら、彼女と一緒に暮らしていくという目標があった。はいそこ、死亡フラグだとか考えない。本当そんな未来を思い描いていたんだから。



 うまく踊らされているとも気が付かずにね。






 魔王の城があると言われている魔の森に着いた俺たちは、数日近くの村で休養することになり、その間は自由行動となった。村に来た初日、野営の見張りの癖であまり眠られなかった俺は、月の明かりを頼りにしながら村の中を散歩していた。だから、その会話を聞いていたのは本当に偶然だった。




 「もうすぐだ。もうすぐ終わる」



 「はい、ですが――」



 「大丈夫、僕が傍にいる。セリア一人に罪は背負わせない。全てが終わったら勇者リンは僕に任せて」



 「いえ、それも私がお父様より承った任務です。リン様は奴隷の魔術がかかったネックレスを身につけていますので、最初の計画が駄目でも問題ありません。ですから、最後まで私が――」



 「セリア、約束しただろ。ずっとセリアの傍にいるって、そのためにも最後は僕に任せてくれ」



 「っ!!あ…り……がとう、ありがとう、アッシュ」




 ………………………えーと、なんて言ったらいいかな。ようするに話をまとめると、僕は捨て駒で、彼女は僕をやる気にさせるための餌のようなもので、彼女には前から一緒にいる約束を交わした騎士ナイトがいたと、そういう解釈でいいのかな?


 いろいろ言いたいことはあるけど、その前に一つ言わせてもらえるなら、こんな重要な話を借りている民家の一室でするってどうよ!?いや、そりゃあ真夜中だしね、誰も起きていないと思うよ。でもさ、不用心すぎない?一応は消音の魔術もかけているみたいだけど、こんくらいの魔術なら簡単に解除できるし、俺みたいに大きい魔力を持っている人にとってはこんな魔術あってないようなものだしね。




 俺はそんなことを考えながら足は自然と魔の森へと向かっていた。別に何か考えがあったわけではない。ただ、少し疲れただけだ。

 家族にはもう会えない。友達にも会えない。二度と日本の大地に足を付けることもできない。そもそも、戻れたとしても俺は前のように暮らしていけるのだろうか?魔物とはいえ俺は多くの命を奪ってしまった。夜盗や山賊とはいえ、人の命だって数えきれないくらいに奪った。それがこの世界で生きていく方法だったし、後悔はしていない。だが、前のような暮らしに戻るには、俺はあまりにもこの世界に染まり過ぎた。


 元の世界には帰れない。この世界にも居場所がない。俺が存在してもいい場所はどこ?




 「はは、俺は大馬鹿者だな」




 あれ、俺は泣いているのか?やだな、こんなことでなくなんて。余計情けなくなってくるじゃんか。ほら、泣きやめよ俺。泣いたら試合終了だぞ。



 霞む視界の中で俺の目に飛び込んできたのは、さっき彼女の話の中に出てきたネックレスだった。




 (ほら、このネックレス私とお揃いなんですよ。私たちの旅が無事に終わることと、私とリン様がずっと一緒にいられるように祈りを込めた物なんです。――――受け取って貰えますか?)




 ガキンッ!!




 俺はいつの間にか首からネックレスを引き千切り、近くの岩に叩きつけていた。しかし、魔術がかけられている道具は比較的頑丈になっており、傷一つ付いていなかった。




 「やだなぁ、こんな不吉な物は早く壊さなくちゃいけないのに」




 そうだ。同じように魔術がかかっている聖剣なら壊せるかも。



 俺は腰に提げていた聖剣を抜くと何の躊躇もなくネックレスに向かって振り下ろした。

 その時俺が感じたのは、森の闇を打ち消すような膨大な光と、身の内で暴れまわる熱だった。











 「う、うーん………い、生きてる………それとも、死んでる?」




 俺は自分の身体が湿った地面の上に倒れていることを確認すると、なぜか節々が痛む体を起きあげて、現状を確認した。


 まだ辺りが暗いことから、気を失ってからそんなに時間は経っていないらしい。また、どうやら自分は半径五メートルほどのクレーターの中心にいるようで、先程持っていたはずの聖剣も壊そうとしたネックレスも見当たらない。




 「なにがどうなっているのやら―――――ん?」




 あれ?なんか違和感が――




 「あー、あー………あえいうえおあお………隣の客はよく柿食う客だ………………」




 なんか、声が一オクターブ高いような。



 俺はなんとなく予想できているものの、最後の希望を持って自分の身体を見降ろした。



 ぶかぶかになった服からちょこんと出ているのは透き通るような白い肌をした小さな手。脱げた靴から見えているのも同じように小さな足。また、先程から視界にちらつくのは腰のあたりまで伸びた綺麗な銀髪。さらに、服の襟もとからは僅かなふくらみがある胸が見えている。




 少女化キタ―――――――――!!キテシマッタ―――――――――(悲)!!




 「どうすんの俺、どうすんのよ」




 しかし、残念ながら俺のポケットにはラ○フカードは入っていない。






 ザッザッザッザッ




 俺が自分の身に起きた出来事に絶望し打ちひしがれていると、こちらに近づく複数名の足音が聞こえた。



 音からして三人か。人間……なわけないか。こんな真夜中に魔の森をうろつくような人間がいるわけがない。いや、ここにいるか。




 「あなたは何ですか?」



 「なっ!?」




 俺は突然後ろから聞こえた声に飛びのいた。



 コイツいつの間に!?足音はまだ遠かったはず、それに気配をまったく感じなかった。



 俺は自分の力が絶対だと思ってはいないが、仮にも勇者と呼ばれている人間だ。普通の人間よりかは戦いのセンスも良いし、感も悪くない。魔力だけなら測れないほどに持っている。それなりに戦闘も経験してきた。



 だが、目の前にいるコイツは簡単に俺の背後に移動してきた。明らかに俺よりも実力は上か。



 俺は改めて目の前にいる存在を観察した。


性別はどうやら男のようだ。背丈は俺が軽く見上げる程大きく、肩まで伸ばした漆黒の髪に、血のように紅い目が不気味な印象を与えている。それなのに顔の造形が良いせいで、それすらも視線を集める要因の一つにしかならないだろう。見た目は二十歳程度にしか見えないが、纏っている雰囲気がそれを否定していた。



 魔物か。それも人型となると、かなりの力を持っているか。武器も持っていない今の状況じゃ、まず勝ち目はない。どうすべきか――




 「魔王様!!勝手に先に行かないでください。私たちが護衛として共に来た意味がなくなります!!」




 俺が打開策を考えていると、黒髪の男の傍に降り立つ者がいた。背中から黒い翼を生やし、パーマがかかった茶髪を持つ燕尾服の男と――




 「その通りだ。主にはもう少し我らを頼りにしてほしいものだ」




 銀色の鎧で身を包み、赤銅色の短く刈られた髪を持つ大柄な男だった。


 彼らは黒髪の男に話しかけながらも、俺の僅かな動きでも見逃すまいとするように鋭い視線を俺に向けていた。




 「いえいえ、私は十分にあなたたちを頼りにしてますよ」



 「そうですか?なら良いのですけど。ところで―」



 「主よ。この者はなんだ?」



 「さあ、それを今お尋ねしていたところですよ。さて、もう一度聞きましょう。あなたは何ですか?」




 どうすんの俺、どうすんのよって言ってる場合じゃないな。明らかにこの状況はまずい。どうにかして逃げないと。こんなところで魔王に見つかるなんて………。ん?魔王?




 「魔王!!?」



 「はい、私が魔王ですが」




 あまりの驚きに指を指して叫んでしまった。落ち着け魔王だと、なんでこのタイミングで出くわすんだ。最悪だ。だが、俺の背後に回り込めたのも相手が魔王なら頷ける。違う違う、納得している場合じゃない。どうにかしてこの状況から脱しなければ……………。いや、ちょっと待てよ。倒してしまえばいいんじゃないか?幸運(?)なことに今の俺の身体は少女。魔王も少しは油断するはず。弱っている振りをして近付けばひょっとしたら…………。やめとこ。魔王を倒しても、その後俺は確実に周りの側近っぽい魔物に殺されるだろうし、命を懸けてまで魔王を倒す理由がもうないもんな。




 「お、私は近くの村に住むものです。魔の森に興味があって入ったのですが、迷子になってしまいまして」




 役者よ、役者になるのよ俺。よく言うじゃないか、女は誰しも女優だと。元男だけど。




 「そうでしたか。それは大変でしたね」



 「は、はい」




 よっしゃあ!!成功だ!!




 「ところで、私たちはこの近くで大きな魔力を感じたので来たのですが、何か知りませんか」



 ドキンッ



 「い、いえ何も」




 内心冷や汗をだらだら流しながら平静を装って答える。




 「そうですか。ところで、あなたはなぜサイズの合っていない男性の服を着ているのですか?」




 そう言われて自分の格好を見てみると、ズボンがパンツと一緒に足元までずり落ちていた。




 「きゃあ!!」




 きゃあってなんだ!!きゃあって!!



 などと内心ツッコミを入れながら、その場にしゃがみ込んだ。同性だとしても知らない奴に下半身を見られるのは男でも恥ずかしいはずだ。幸いシャツの裾で太股までしか見えていないはずだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。




 「それに、どうしてこのようなクレーターの真ん中にあなたはいるのですか?」




 そう言いながら魔王は俺に近づいてきた。

 もはや言い訳はできないと、俺は咄嗟に逃げようとした。だが気が付いたときには腕を掴まれており、逃げることはできなかった。




 「くっ」



 「さあ、正直に答えて貰いますよ」




 こうなっては仕方がない。肉体言語にて語り合おうぞ!!




 「はっ!」



 「っ!!」




 俺は掴まれていた腕を捩じり拘束を外す。




 「掌底!!」



 「くっ!!」




ドゴンォォォォォン!!




 「「魔王様(主)!!」」




 拘束を外した俺は、腰を落として体勢を低くすると魔王の腹部に向かって掌底打ちを叩きこんだ。もちろんただ打ちこんだだけじゃない。魔力で自分の筋力を上げるのと同時に手に電気を纏わせ威力を上げている。その結果、魔王はクレーターの壁に激突するまで飛ばされたわけだ。残念ながら男のときより威力は落ちているが、あの距離でくらえばそこそこのダメージは負っているはずだ。



 よし!!今のうちに逃げましょうかね。




 「彼の者に戒めを、呪縛の鎖」



 ジャラジャラジャラ



 「な、なにごと!!」




 魔王の声が聞こえた途端、俺の周りの地面から鎖が現れ、腕と胴をグルグル巻きにした。




 「くそっ!!上位の拘束魔術の詠唱を短縮するなんて!人間か!?」



 「いえ、魔王ですよ。なかなかにやんちゃな子供のようですね」




 魔王は何事もなかったように俺の前に立っており、服にも埃ひとつ付いていない。




 「どうやら戦うことになれているご様子で、ますますあなたがなんなのか気になりますね」



 「いえ、そんなことはありませんよ。私はただの村娘ですよ」



 「ほお、最近の村娘はあのような変わった技を身に付けているのですか?」



 「ご、護身術程度です」



 「一体どんな化物から護身するつもりなのでしょうか。私でなければ即死でしたよ」




 そう言って普通に会話をしているが、魔王から先程みられた油断はもうなくなっている。どうやら認識がザ○からシャア○クにランクアップしたらしい。




 「さて、今度こそ全てを話して貰いますよ」




 どうする、万事休すか。ここで「自分は勇者です」なんて言っても自分の首を絞めるだけだし、そもそもこの姿じゃ信じてくれるかも怪しいし、何か言い訳を考えないと――




 「ふう、どうやら素直に教えてくれる気は無さそうですね」




 必死に言い訳を探す俺の姿をどう見たのか、魔王は残念そうに呟いた。




 「本当なら子供を殺すような真似はしたくないのですが、あなたはなかなかに危険そうなのでしかたがないですね」




 そう言った魔王は俺の頭に手を置いた。




 「?」




 不思議そうにしている俺に気が付いたのか、魔王が微笑みながら教えてくれた。




 「この方法が一番簡単にあなたを殺せるのですよ」




 その笑みは凍てつくような寒さを感じさせるものだった。



 寒い!!人生の最後に見る笑顔がこんなにも寒いものだなんて!!




 「では、おやすみなさい」




 そんな俺の心の声が聞こえるはずもなく魔王は別れの言葉を紡いだ。



 次の瞬間、自分の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。それはとても優しい温もりを持っていて、体の隅々にまでそれが流れ込んでくるのが分かった。思考がふわふわとして、これから自分が死ぬとは思えない程に幸せな気持ちだった。



こんな気分で死ねるならそれでもいいのかな



 しばらくすると魔王から流れてくる温もりはなくなったが、体の中にはまだ温もりが残っており、ふわふわとした感覚もそのままだった。




 「これは」



 「魔王様!!まさかこれは――」



 「落ち着くのだ、ネルフィン。主よこの者を如何なさいますか?」



 「そうですね―――」




 魔王の声が遠くで聞こえるような気がする。



うるさいなぁ、今はいい気分なんだから静かにしてほしいよね。






 体に急激な変化が訪れ始めたのはそれからすぐだった。




 ドックン




 な、なに!?



 体が跳ねるように大きく心臓が脈打つと、先程までの心地良さが嘘のように体が強烈な熱を持ち始めた。それはとても甘い熱で、疼くような感覚が体中を支配している。息も自然と荒くなり立っていることも苦しくなってきた。




 「やはり、間違いないようですね。これは面白いことになりました」




 魔王の声が聞こえる。




 「お、前、俺に、何を、した」



 「おや、まだ意識があるのですか?これは想像以上に相性が良いみたいですね」




 俺の質問の答えることなく魔王は嬉しそうに笑っている。




 「ふざ、けるな!お、れの、質問に、答えろ!!」



 「まあまあ、焦らないでください。あなたの質問には後でちゃんと答えてあげます。ですが、今はその前にやらなくちゃいけないことがあるんですよ」



 「やらなくちゃ、いけない、こと?」




 魔王は俺の疑問に笑みを深くした。

 決して冷たい笑みではないのに、俺の背筋にはなぜか寒気が走った。

 この先を聞いては聞けないと本能が警告しているが、体を熱に支配されているせいで指一本動かせそうになかった。




 「そう、やらなくてはならないことです。体は熱くありませんか?」



 「………熱い」



 「ええ、そうでしょうね。それは、欲情しているからですよ」



 「よ、欲情?」



 「そうです。今あなたの体は、私に触って欲しくて仕方がないと思っているのです。私にむちゃくちゃにして欲しい、この熱をどうにかして欲しいと疼いているのですよ。」



 「そ、そんなわけがあるか!!」



 「本当ですか?」




 魔王は怪しく微笑むと、鎖に繋がれて立っている俺の背中に手を回し、首筋を指先で撫で上げた。




 「ひゃあぁ!!」



 ビクンッ



 「あなたは本当に嘘つきですね」




 俺はクスクスと笑う魔王を睨みあげた。

 魔王にからかわれていることも悔しかったが、何よりも魔王の言っていることが間違っていないと認めている自分が悔しかった。




 「いいですね、その表情。あなたは魔力も器も、その強気なところも大変に私好みです」



 「なに、言って――」



 「私と結婚をしましょう」



 「なっ!!勝手な、こと、を、言うな」



 「フフ、あなたに拒否権はありませんよ」




 そう言うと魔王は顔を近づけてくる。




 「な、にを、する」



 「そのままじゃ辛いでしょうから、魔力を少し抜いて差し上げようかと思いまして」



 「余計な、ことを、すんっ!?」




 お、おおおお、男にキスされた!?しかもこれがファーストキスじゃないか!!!




 そのまま俺の意識は体の中から何かが抜けていく感覚と共にフェードバックしていった。











 「そうだった、魔王にエンカウントしたんだ。ということは、ここは魔王の城の中か?」



 「そうですよ。正確に言えば私の私室になりますね」




 独り言への返事が返ってきたことに驚き振り向けば、ちょうど魔王が部屋の扉を開けて入ってくるところだった。




 「てめぇ!!よくも俺のファーストキスを!!」



 「おや、そうだったのですか?あなたの初めてが私とは嬉しい限りですね」



 「ふざけるな!!」




 俺は怒りのままに魔王へと掴みかかった。とはいかずに体に力が入らず、そのままベッドにうつ伏せで倒れてしまった。



 ど、どうなってんだ!?




 「ああ、駄目ですよ、急に動いたら。あれほどの量の魔力をやり取りしたのは初めてでしょう?」




 魔王はうつ伏せに倒れたままの俺の両脇に手を入れると、そのままベッドの縁に座り自分の膝の上に俺を乗せた。



 「………おい」



 「はい」



 「下ろせ」



 「お断りします」




 とてもいい笑顔だった。




 「ふざけるな!!早く下ろせ」



 「それよりも昨日のことが聞きたくありませんか?」



 「そ、そりゃ聞きたいが――」



 「では、お話しましょう」




 そう言って魔王は昨日俺の身に起きたことについて話し始めた。正直、魔王の膝の上に乗せられていることは屈辱的だったが、今は昨日ことを知ることを優先すべきだと思い耐えた。決して俺の髪をく奴の手が何気に気持ちよかったから許したとかではない。




 魔王の話をまとめると、昨日魔王は俺の中に自分の魔力を注ぎ込んで俺を殺そうとしたらしい。水が高い所から低い所へと流れるのと同じで、魔力も高い人から低い人へと流すことができるらしい。魔力の量が普通の者同士なら魔力を流しあっても相手の魔力に酔う魔力酔いが起こるだけで終わる。しかし、そこは腐っても、そう腐っても魔王。魔王の持っている魔力は膨大で、その魔力を流された者はその魔力の量に耐えきれずに自己崩壊を起こすらしい。なんて物騒な!!だが俺の魔力の量は、魔王と同程度くらいにはあるようで自己崩壊を起こすことはなかった。そして極稀にお互いの魔力の相性が良いことがある。それが今回の俺と魔王だった。魔力の相性が良い者同士が魔力のやり取りを行っても魔力酔いは起こらずに昨日のような、えと、あの、その……………




 「発情してしまうのですよ」



 「ええい、うるさい勝手に人の心を読むな!!」




 まあ、そういうわけだ。さらに厄介なことがあって、魔力を流した者は、自分が魔力を流した相手の感情がある程度読めるようになってしまうらしい。どの程度読めるようになるかは魔力の量や相性、その者の技術や才能に依存するため、読めない者は全く読めない。つまり―――




 「あなたの考えはお見通しということですね」




 神様、俺なにか悪いことをしましたか?






 「さて、では自己紹介でもしましょうか。私の名前はジェイド=ウォズ=ランドレイと申します。ジェイドと呼んでください」



 「……………リン」




 相手が名乗ったのにこちらが名乗らないのも悪い気がして、俺は不承不承名前を口にした。




 「リンですか、あなたに似合う素敵な名前ですね。では、リン」



 「なんだよ」



「式の日取りはいつにしましょうか?」



 「は?」



 「本当なら今すぐにでもしたいのですが、やはり準備というものは必要でしょう。あなたの衣装も選ばなければなりませんし――ああ!!エンゲージリングも用意しなければなりませんね。後で一緒に見に行きましょうか。それに――――」



 「ちょ、ちょっと待ってくれ」




 俺は嬉々として話し始めた魔王を止めた。




 「一体なんの話をしているんだ?」



 「なにって、もちろん私とリンの結婚式の話ですよ?」




 (なんでそんな当たり前のことを聞くんだ)って顔に書いてやがる!!




 「俺が、一体、いつ、おまえと結婚することを了承した!?」



 「いやですね、あなたに拒否権はないと言いましたよ」




 朗らかな笑みで言い切りやがった!!




 「はあぁぁぁぁ、しょうがねえな」



 「おや、私との結婚に納得してくれましたか?」



 「ちげえよ。いいか、よく聞けよ。俺は―――」




 俺は自分の関することを話した。元は男であることや、自分が勇者で魔王を倒しにやってきたこと。お姫様に嵌められていたことを知って森でネックレスを壊して気が付いたら今の姿になっていたことなどだ。


 殺されるかもしれないと考えたが、いまさら死を怖がってもしょうがないと開き直っていた。




 「はあ、なるほど、そうでしたか」



 「わかったか。つまり俺はおまえとは結婚できな―――」



 「恐らくリンが今の姿になったのは、そのネックレスを破壊したせいでしょうね」



 「え?」



 「簡単に言ってしまえば、強力な魔術がかけられている者同士がぶつかりあって壊れた際に膨大な量の魔力が放出されたのでしょう。そしてその魔力は持ち主へと向かった。元来リンが持っていた魔力、そして異世界から来たというリンの肉体。この三つの要素がリンを成人の男性から少女へと変えたのでしょう」



 「あ、ああ、そうか」




 なるほど、そういう理由で俺は―――




 「いや、そうじゃなくて!!」



 「はい、なんでしょう」



 「なんでしょうじゃなくて、だから俺はおまえとは結婚できなといってるわけ」



 「どうしてですか?」



 「どうしてって、そもそも俺は人間だぞ」



 「いえ、リンはもう人間ではありませんよ」



 「え?」




 人間じゃない?




 「どういうことだよ?」



 「そもそも人間と人型の魔物の違いは、羽や角があると言った容姿が違う点、基本的に魔物の方が人間より長命であるという点、子供が出来にくいという点、そして魔力の質が違うといった四点です。容姿の点ではリンは人間のように見えますね。寿命も判断の材料にはできません。子供は私と作るまでわかりませんね。しかし、魔力の質は確実に魔物ものでした。先程も言ったように、リンの体は膨大な魔力で一回作り変えられました。その時に変わったのでしょう。ですから、リンは間違いなく魔物ですよ」




 なんか不穏な言葉が混じっていたようだが、驚くべき事実が発覚してしまった。

なんということでしょう。俺は気が付かない間に男どころか人間すらやめていたようです。




 「で、でも男だったんだぜ。気持ち悪いとか思うだろ!?」



 「ですが、今は女性ですよね。なら問題はありませんよ」




 む、無駄に懐がでかい!!




 「だ、だが勇者だ。おまえを殺すかもしれないし、周りのやつらも納得しないだろ?」



 「リンの話を聞く限りでは、リンに私を殺す必要はもうないでしょう。それに周りの者は皆歓迎していますよ。ようやく私が身を固めてくれるとね」




 なんて役に立たない奴らだ!!自分たちの王様の嫁だぞ、もっとちゃんと選べよ!!




 「あきらめてくださいね。私はリンを逃がすつもりはありませんから」




 魔王は膝に抱いていた俺をベッドに寝かせると覆いかぶさってきた。




 「だ、だけどさ、ほら、結婚ってやっぱり好きな者同士がすることだろ」



 「私はリンのことが好きですよ」



 「昨日殺そうとしただろうが!!」



 「ですが今は好きです」




 殺そうとした奴のことを一日も経たずに好きになるような馬鹿がいるわけないだろ!!えっ?まさか、目の前にいる奴がその馬鹿だって言うの!?




 「大丈夫ですよ」



 「………なにが?」



 「リンもすぐに私のことを好きにさせてみせますから」



 ボンッ!!



 「な、な、な、なるわけないだろ――――!!!」






 その時俺の顔が赤くなったのは怒りのためであって、決して魔王が見せた本当に愛しい者を見るような笑顔に見惚れたわけではない。そう、ないったらない。誰が何を言おうと違う。











 これは、元人間で元男で元勇者が現魔王の恋人と噂されるようになり、後に魔王妃として慌ただしく暮らす物語の二人の出会いのお話である。





最後まで読んで頂きありがとうございました。

前作より長くなってしまいました。まだ、自分の中で温めているお話や、ちょっとした小話なんかがあるので文章に起こせたらいいなと思っています。その時は目を通して頂けたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく…続きが楽しみです… 次はぜひノクタ(ry [気になる点] とくにないです [一言] 知らない天井だ が 知らない天上だ になってます
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