第5話 苦悩
「昨日は疲れたなぁ…。」
講義が行われる広い教室の、
後ろの片隅で私は昨夜あった出来事を思い出していた。
やっぱり結婚できないと父に言おうと思ったが、
あれからまた会社へ戻ったようで、家には帰ってこなかった。
もし帰ってきていたら、きっと大喧嘩していただろう。
当たり前だ。
娘の結婚を勝手に決めるなんて、やっぱりどうかしている。
“流行りの、親が子供の代わりに婚活するってヤツ…?”
違うな。あの父親は絶対に自分の会社のことしか考えていないだろう。
会社のことなんて私にはわからない。
だから、口をはさむつもりなんてないが、
自分が政略結婚の道具にされるというのなら話は別である。
「投げやりでも、あんなこと言わなければよかった…。」
“わかりました”と言ってしまった。
今から父に抗議しても、もう遅い気がする。
父が今回の話を断るとは到底思えない。
なら、向こうから断ってもらうしかないか…。
“でも、どうやって?”
「美緒。どうしたの?“あ~”とか、“う~”とか言って。」
どうしようかと頭を抱えて悩んでいると、
友達の裕子が空いた隣の席に座る。
「おはよ。声に出てた?」
「うん。“あ~”とか“う~”とか、
猛獣みたいなうめき声出してたし。」
「あははは」と豪快に裕子は笑った。
何が猛獣だ。
自分だって、猛獣もびっくりするぐらいの笑い方するクセに。
裕子の笑い声はかなり離れた場所からでもよく聞こえる。
「ホント裕子は失礼だなぁ。」
「美緒もたいがい失礼だからね。」
二人で顔を見合わせて笑った。
裕子は大学に入ってすぐにできた友達で、今では私の一番の親友である。
趣味も話も合うので、気兼ねなく話せるて一緒にいるとラクだ。
「今日って午前中で講義終わるじゃない?
駅前にできた新しいカフェに行ってみない??」
「前に裕子が言ってたところ?
行く!パフェがおいしいんでしょ?」
共通の趣味の一つであるカフェめぐり。
甘いものに目がない私たちは、カフェを見つけてはしょっちゅう行っている。
甘いものは良い…。
かわいい盛り付けは見ているだけで楽しいし、
食べると幸せな気分にしてくれる。
お金を払うだけの価値は存分にある。
「じゃあ、この講義が済んだら行こう。」
「了解デス。」
今日は新しいカフェに行ける。
そう思うと、今から始まる眠くて退屈なだけの講義も我慢して聞ける。
楽しみだ。
「じゃあ、今日はここまで」と言って、教授が部屋から出て行った。
まったく、つまらない内容だった。
こんな話を聞いて何の役に立つのだろうか。
まぁ、教養を身につけるための講義なんだから仕方ないか…。
「よ~っし!美緒行くよ~!」
早々と筆記用具を片づけて、かばんに仕舞い込んだ裕子は、
席を立って扉の方に歩いていった。
普段は優柔不断でマイペースな彼女だが、
こういうことになるとてきぱきと行動する。
「ちょっと、待ってよ~!」
私も急いで机の上の筆記用具をかばんに詰め込み、
彼女の後を追った。
横に並ぶと、さっきの講義の話をしたりなど、
他愛のないことを話しながらキャンパスの門に向かう。
すると、門のあたりに女の子が大勢集まっている。
女子大なのだから、女の子が大勢いてもおかしくはないが、
それにしても人数が多い。
しかも、きゃあきゃあと騒いでいる。
何かの取材でテレビ局でも来ているのだろうか?
と不思議に思っていると、裕子も不思議に思ったらしく、
「何騒いでんだろ?」と私に問いかけてきた。
女の子の人だかりに近づいて行ってみると、その原因がわかった…。
それは、きゃあきゃあと騒ぎたくもなるだろう。
そこには、昨日会ったばかりの四條恭哉がいた。




