第56話 親子の溝
「利益重視でいくなら、きっととんでもない男と結婚させられてる。
金持ちの男っていうのは女好きが多くてね…、
愛人なんて片手で数えられたらいいほうじゃないか?
金を持っててろくでもない男なら、その辺にごろごろいるけど、
そんなやつと結婚させたら、君は絶対に幸せにはなれないし、
例え、相手が嫌になって離婚することになっても、
女の君が生きて行くにはかなり肩身が狭くなるだろうね。
だから、如月社長は君を幸せにできる相手を探していたんだ。」
「僕は君以外の女には一つも興味がないから安心して」と、
ときめきそうなことを言われたが、その時の私には彼の言葉が頭に入ってこなかった。
“相手を選んでいたというのは、つまりただ単に金持ちの相手ではなくて、
結婚しても安心できる相手ということ…?”
「君のことを幸せにできそうな相手を何人もピックアップして、
その中からより良い相手を選んでいたようだね。
政略結婚には変わりないけど、父親としては少しでも君に幸せになってほしくて、
必死で探していたみたいだ。」
「…知りませんでした。
でも、にわかには信じられません。
私は、ずっと父に強いられて生きてきたんですから…。」
何をするにも、いつも口挟んできてことごとく私の意見を無視した。
まるで、“お前は言うことだけ聞いていればいい”と言われているようで、
そう感じると、腹が立って反抗した。
「本当だよ。僕が本人から聞いたんだから。」
「聞いたって…いつ?」
父は彼に何を言ったというのだろうか…。
「僕が写真で君を探し出して、
なんとか自分が婚約者になろうと如月社長に直談判した時。」
直談判なんてしてたのか…。
これもまた初耳だ。
「どんなことを父に言ったんですか?」
「“今候補に挙がっている男よりも、僕の方が娘さんを幸せに出来ます”、
“利益などは望んでいませんので、政略結婚の相手を探しているのなら、
僕にするべきです”って言ったんだ。」
そんな恥ずかしいことを…。
いきなりそう言われて、父はどんな反応をしただろうか……。
「そしたら、“娘を幸せにできる確証はありますか?”って。」
「父が…?」
意外すぎる…。
父の口から私の幸せを案じる言葉が出るなんて…。
「“遊びのつもりなら、他を探してください”なんて言われたから、
僕は何年も前から君が好きだったこと、ずっと探していたことを話した。
それでも、なかなか信じてもらえなくてね。」
なんとなく、父が彼の言うことを信じられないのはわかる気がする…。
うちの会社など比べ物にならないぐらいの大会社の御曹司が、
娘との結婚を望んでいるなんて簡単に信じられないだろう。
それに、彼はただの御曹司とは違って、容姿も完璧な人だ。
余計怪しんだに違いない…。
「だから、仕方なく奥の手を使った。」
「奥の手…とは?」
「“婚約者にしていただけないのなら、娘さんが結婚しても、
僕はどこまでも追いかけて結婚の邪魔をしますよ”と言ったんだ。」
なっ何てことを言うんだ…!?
やんわりと言ってはいるが、言い換えると…。
“結婚をだめにしてぶち壊してほしくなければ、娘を婚約者として寄こせ”
になるのでは…?
確かに本気度はこれ以上ないぐらいに伝わる…。
父にそこまで言えるとは…さすがだ…。
恐れ入る…。
「なんて言ってました…?」
「青い顔をしてたけど、“そこまで言うのなら…”って言われて、
なんとか婚約者の相手として認めてもらったんだ。
未来のお義父さんだから、出来る限りにこやかに対応していたのが良かったのかも。」
違うだろう…。
完全にそれは脅しだ。
彼のような美貌の持ち主に微笑みかけられながら、脅されたら、
父も断れないだろう…。
承諾せざるを得ない。
「“あなたのように娘を想ってくれる人なら、娘も幸せになれるでしょうね”」
「え…?」
「そう言ったんだ。如月社長は、君の幸せを願っていたんだよ。
でも、社長という立場もあるから会社のことも考えないといけない。
割りとポーカーフェイスだから、表情には表れないけど、
心の中では“父親”と“社長”で葛藤してたんじゃないかな?
僕も同じような立場だからよくわかるんだ。」
葛藤…?
“父親”と“社長”で…??
「君は昔、“おとうさんはみてくれない”って言ってたけど、
昔から今も変わらず、君を見て、考えて想ってくれてる。
僕は男だからあんまりなかったけど、姉さんはよく父からねちねち言われてたよ。
門限作ったり、交友関係にうるさかったり…。
姉さんは中学から大学までずっと女子校に行かされていたし。」
私に似ている。
彼のお姉さんも、そうやって強いられてきたのか…。
「姉さんは元から気が強いっていうのもあって、
父親が言うことは全てにおいて反抗していたな…。
うるさく言われるのが我慢できなかったんだろう。」
「私も一緒です…。」
押さえつけられるから、反抗する。
仕方がないことなのだ。
「でも、姉さんにうるさく言っていたのは、
女の子だから色々と心配していたからだった。
現に僕は割とほったらかしだった。男親なんて、そんなもんじゃないの?
もっと前から、お互いがしっかりと話合えていたら良かっただろうね…。
親の心子知らずでもあるし、子の心親知らずでもあるな。
君たち親子には話合う時間が必要だよ。今からでも遅くない。
十分間に合う。だから、腹を割って話してみなよ?」
“心配”…。
父が私に……?
そんなこと全然気付かなかった…。
父の気持ちなんて、今まで考えたこともなかった…。
“知ろうとしなかった…”